三重県・熊野古道と言えば、『伊勢神宮』から熊野三山へ続く“巡礼の道”にあたるエリア。古くから「よみがえりの地」と信じられ、巡礼は“生まれ変わりの旅”とも言われてきた。最近では、自分を見つめ直す旅ができる場としても注目を集めるが、ハードルが高いと感じる方も少なくないのではないだろうか? ここでは、初心者でも歩きやすい松本峠や『鬼ヶ城』を巡り、「三反帆」の遊覧体験を通して文化と歴史を体感する、1泊2日の旅をお届けしたい。
巡礼の入口へ、熊野古道・伊勢路のはじまり
熊野古道が「よみがえりの地」と呼ばれる理由は、熊野三山が“死後の世界に近い場所“と考えられていたから。当時の人々は、奥深い山々や海の彼方にあの世を重ね、熊野を巡ることで「一度死に、再び現世へ戻る」と捉え、巡礼は再生の儀式を意味していたそうだ。
「もともと日本人にとっての旅とは、“巡礼の旅”のことを意味し、その起源が熊野詣です。江戸時代の旅行ブームを牽引しました」と語るのは、熊野古道語り部友の会・ボランティアガイドの西山さんだ。今回、足を運んだ松本峠は、巡礼者が『伊勢神宮』から熊野三山へ向かう際に通る伊勢路の人気区間のひとつ。
熊野古道というと山深い巡礼路のイメージが強く、筆者も熊野古道初心者なのでどきどきしながら足を運んだのだが、実はそうしたエリアは和歌山側の話。三重県側のこの周辺は海を望む絶景が特徴的で、初心者でも歩きやすいことで知られている。
静寂に浮かぶ苔の道、石畳が語る熊野の神秘
松本峠の一番の見どころといえば、青々と苔むした石畳と竹林だ。石段の道は、独特の神秘的な空気をまとっている。
「このエリアの石畳は、自然石をほとんど加工せず、形や大きさの違う石をそのまま組み合わせて積む“野面(のづら)乱層積み”で江戸時代に形成されたものです。豪雨に見舞われても崩れにくいよう、頑丈に作られています」(西山さん)
しばらく歩くと、穏やかな表情のお地蔵さまが姿を現す。ふと足元に目を向けると、その姿にふさわしくない、弾丸の痕がある。
「江戸時代、この場所を訪れた鉄砲の名人・大馬新左衛門が、建立されたその日に妖怪と勘違いしてこのお地蔵さまを撃ったという伝説が残されています」(西山さん)
鉄砲傷のお地蔵さまは、今もなお、昔と変わらない姿でゆったりと行き交う旅人を見守っている。
海と森に包まれる巡礼路、七里御浜を望む松本峠
鬼ヶ城ハイキングコースの方面に向かい、200メートルほど歩いた休憩小屋、『東屋(あずまや)』は、必ず足を運んでみてもらいたいスポットだ。約22kmにおよぶ日本最長の砂礫海岸『七里御浜』や雄大な山々、熊野市街を一望することができ、清々しい空気に包まれながら圧倒的な開放感に浸れる。「日本の渚百選」にも選ばれた、景勝地だ。約30分で峠に到達できる松本峠は、ハイライト的なポイントも多いので、初心者にとっては満足度の高いコースなのではないかと思う。
絶景の世界遺産・鬼ヶ城と熊野のやさしい美食
道を下っていくと、断崖・洞窟群が1kmほど続く『鬼ヶ城(おにがじょう)』に到着。迫力のあるユニークな景観は、まるで自然が生んだ現代アートのよう。熊野灘の強い波で岩盤が削られ、数回の大地震で凝灰岩が隆起したことによって、この形が完成したそうだ。
岩壁には約1キロの遊歩道が整備されており、『千畳敷 』では、大パノラマの熊野灘を鑑賞できる。
散策を終えたら、車を十数分ほど走らせ、閑静な高台に建つ宿『熊野の宿 海ひかり』にチェックイン。夕食は、熊野灘直送の海の幸や地場の野菜を取り入れた「熊野会席」に舌鼓! 梅肉や紅葉おろしとともにさっぱり楽しむ「刺身薄造り+野菜」や、やさしい味わいの「和風出汁南瓜のすり流し」、シャキシャキとした食感がたまらない「ヒロメのしゃぶしゃぶ」など、彩り鮮やかで素材の味わいを堪能できる料理尽くし。血糖値の上昇を抑えたメニュー構成で、おいしさと健康の両方を追求しているところが魅力的だ。
朝食はかますやさんまなど、セルフで焼き上げる自家製干物を、熊野産のコシヒカリとともに食べ放題できるのがうれしい。さらに、なめろうや漬け、しぐれ煮など、さまざまな調理方法で仕上げた地魚でパワーチャージしよう。
風を受けて進む、伝統の川舟「三反帆」体験
食後は、3枚の帆で風を捉えて進む伝統的な舟「三反帆(さんだんぼ)」の遊覧体験ができる「熊野川体感塾」に出発。熊野古道は川にもあり、平安・鎌倉時代、京の都から熊野三山を訪れる貴族は「川舟」で熊野川を下っていたそうだ。さらに、物資を輸送するための舟として庶民にも浸透していた。
そんな「三反帆」は昭和30年代に舟運の役割を終了し一時姿を消していたが、「熊野川体感塾」では、3月~12月の期間、今もなお「熊野川 川舟乗舟ツアー」(大人5000円、子供4000円)を楽しむことができる。風をとらえて進む舟に乗り、優雅なひとときを楽しもう。
舟は古くから使われる木造舟を参考にスギやヒノキ、ケヤキなどを使用し、工房で手作りしているそうだ。両岸のダイナミックな景観や鳥のさえずり、水の音に耳を傾けながら、ゆったりと熊野川を巡ろう。
ランチは、熊野市の旧街道の本町通りに面した『熊野古道おもてなし館』で、紀州・熊野地方に伝わる郷土料理、「さんま寿司・めはり寿司つくり体験」にトライさせてもらった。
郷土の知恵を味わう、めはり寿司づくりのひととき
「めはり寿司」とは、炊き立てのご飯を酢で味付けし、高菜の浅漬けで包んだシンプルな郷土料理だ。俵型に握ったおにぎりを広げた高菜漬けの真ん中におき、中に刻んだ高菜を入れ、左右を畳んでくるりと回したら出来上がり。この手軽さから山仕事や農作業、漁業などの合間に食べるお弁当として、人気を集めたそうだ。高菜特有の爽やかな辛みとシャキシャキとした食感が食欲をそそる。
太古のエネルギーに触れる、花の窟神社へ
旅の締めくくりは、熊野市に鎮座するパワースポット、『花の窟(はなのいわや)神社』へ。日本書紀にも記され、 “日本最古の神社”と伝えられる世界遺産だ。神々の母といわれるイザナミノミコトを祀る御葬所であり、季節の花を供えて祀ったことから、花窟という社号が付けられたと考えられている。
参拝前に手を清めるため、手水舎に向かうと、その横にはしめ縄がかけられた大きな丸石が・・・!実はこの石、「ご神体である磐座(いわくら)から落ちてきた」と伝えられているご神体なのだそうだ。「痛いところをさすってからこの石に触れると悪いところが治る」と伝えらえており、この日も多くの人がこぞって石に触れていた。
参籠殿を通り、いよいよイザナミが祀られている磐座(いわくら)の元へ。神社には社殿がなく、代わりに高さ約45メートルの巨大な岩がご神体としてそびえ立つ。磐座の下部のひょうたん状の穴がある場所の前に拝所が設けられ、そこで参拝を行う。
剥き出しの岩肌からあふれる、神聖なパワーは圧巻。太古のエネルギーに触れ、まるで解き放たれるような自然と心が満ちていくような、不思議な感覚を味わうことができた。
1000年以上にわたり「よみがえりの聖地」とされてきた熊野。日本最古のパワースポットや神々しい自然を巡りながら、自分を見つめ直すリセット旅を楽しんでみては。
写真・文/中村友美
フード&トラベルライター。東京都生まれ。美術大学を卒業後、出版社で編集者・ディレクターを経験し、現在に至 る。15歳からカフェ・喫茶店巡りを始め、食の魅力に取り憑かれて以来、飲食にまつわる人々のストーリーに関心あり。古きよき喫茶店や居酒屋からミシュラン星付きレストランまで幅広く足を運ぶ。休日は毎週末サウナと温泉で1週間の疲れを癒している。















