水族館の中で、最も静かで濃密な時間が流れる場所――それが「クラゲコーナー」だ。クラゲたちの儚げな浮遊感がそうさせるのか、ここでは多くの大人が足を止め、一人静かに見入っている。
なぜ、私たちはこれほどまでにクラゲに心を奪われるのか?
日本唯一の水族館プロデューサーであり、最新刊『新版 全館訪問取材 中村元の全国水族館ガイド129』の著者でもある筆者が、クラゲ展示の仕掛けや裏話とともに、特に癒やし効果が高い「とっておきの水槽」を持つ4つの水族館を紹介する。
まったりと癒やされる「クラゲ展示」の魔力
クラゲはプランクトンである。自らの意思でどこかを目指すことはできず、水流のままに浮遊するだけだ。そして、多くのクラゲの寿命はわずか1年という儚さである。その「無力さ」や「儚さ」こそが、日々忙しく生きる大人のハートを掴んで離さない。
クラゲの前に立った大人は、知らず知らずのうちに自らと向き合い、癒やされていく。
そんなクラゲの代表格がミズクラゲだ。クラゲの中で最も人気が高く、頼りなげに漂う姿がとりわけ人を惹きつける。そして次に目覚めるのが、クラゲの「多様性」という沼だ。さまざまな繊細さ、美しさ、あるいは毒々しさ……。いずれも一度ハマると抜け出せない魅力に満ちている。
東北エプソンアクアリウムかもすい(加茂水族館)/世界一のクラゲ水族館! 圧倒的な没入感に溺れる「クラゲドリームシアター」
「かもすい」の愛称で親しまれる加茂水族館は、間違いなくクラゲ展示の世界最高峰である。正式名称よりも「クラゲ水族館」の方がはるかに通りがいい。
クラゲの種類数はダントツの世界一。展示水槽数も世界一。さらにクラゲ水槽の水量でもおそらく世界一だ。なによりも、廃館直前だった旧館を救ったのが「クラゲ」だったという実話は、映画化されたほど感動的である。
とりわけ無数のミズクラゲが舞う直径5mの円形水槽「クラゲドリームシアター」は圧巻だ。ホール全体が浮遊しているかのような圧倒的な没入感があり、まるで宇宙に投げ出されたかのような感覚に陥る。
ここにはもう、何時間でもいられる。この水槽の前に立つためだけに旅に出る価値がある、と私は思う。
かもすいのクラゲ種類数は常に100種類前後を誇る。館長自らが日本全国は言うに及ばず海外へまで採集に出かけるため、世界的なネットワークがあり、他では見られない様々なクラゲと出会うことができる。クラゲドリームシアター以外にも大型水槽が多く、世界中のクラゲ研究者が訪れるほどだ。
筆者は特別クラゲ好きというわけではないのだが、かもすいに行くと知らないうちに「クラゲ愛」が芽生え、撮影に夢中になってしまう。きっとみなさんも、スマホの写真フォルダをクラゲだらけにして大満足することだろう。
新江ノ島水族館/クラゲブームの生みの親! レジェンドが創った「クラゲファンタジーホール」
クラゲ展示を取り上げる上で、新江ノ島水族館(えのすい)は絶対に外せない。この水族館こそが、日本のクラゲ展示の老舗であり、先駆的な存在だからだ。
現在のクラゲ人気が起こるはるか前、旧江の島水族館時代からコツコツとクラゲの採集・飼育・繁殖の技術を培ってきた。その努力と歴史がなければ、国内どころか世界中の水族館で盛り上がるクラゲ人気はなかっただろう。まさに「クラゲ展示の生みの親でありレジェンド」なのだ。
そんなレジェンドが、約20年前の建て替え時に世界に先駆けて設置したのが、クラゲ限定の展示室「クラゲファンタジーホール」である。レジェンドによる当時最新の展示は、今なお色褪せない美しさと圧倒的な存在感を放っている。
ここの最大水槽には、大型の「パシフィックシーネットル」がわんさかと漂っている。通常、最大水槽には一番人気のミズクラゲを展示するのが定番だが、えのすいが本種にこだわるのには、代々受け継がれてきた「秘伝のタレ」にも似た物語があるからだ。
実は70年も前に米国モンテレー水族館から譲り受けたポリプ(クラゲになる前の小さな付着形態)がそのルーツ。このポリプをクラゲに育て上げて日本で初展示し、以来ずっと世代交代を継続して受け継いできた。本種は「江の島水族館時代からの家宝」なのだ。見た目の迫力だけでなく、その歴史の重みを感じながら眺めると、また格別の趣がある。
海きらら/西の横綱! 地元の海だけで100種類を魅せる「クラゲシンフォニードーム」
前出の「かもすい」の世界一の種類数に匹敵するのが、長崎県にある「海きらら」のクラゲシンフォニードームとクラゲ研究室だ。まさに“西の横綱”と呼ぶにふさわしい。
こちらは、所在地である九十九島周辺で見つかる約150種類のクラゲの中から、常に100種類のクラゲを展示している。
「クラゲシンフォニードーム」では、クラゲの幻想的なイメージをより際立たせるために、ドーム内を音楽と映像で演出している。大型水槽こそないが、「万華鏡水槽」など工夫を凝らした展示が目を楽しませてくれる。また、「クラゲ研究室」では展示用だけでなく、育成や準備などの作業部屋がオープンにされており、無数の水槽が並ぶ。
地元の狭い海域のクラゲと侮ってはならない。多様な生物種を運んでくる対馬暖流が流れ込みつつも、多くの島々によって穏やかな環境を擁する九十九島の海は、繊細なクラゲにとって奇跡的な理想郷なのだ。
ここで出会うクラゲたちの多様性と複雑な美しさに、きっと驚かされるはずだ。特に小さなタイプのクラゲにこそ、繊細で複雑な美しさが宿っている。小さな命の姿に感動を覚えるようになったら、それはクラゲの魅力の虜になった証拠である。
サンシャイン水族館/都会の喧騒を一瞬で忘れる、国内最大級の癒やし空間「海月空感(くらげくうかん)」
今や多くの水族館にクラゲ展示があり、いずれもその浮遊感には癒やされるが、東京都心で手軽にアクセスできる大規模なクラゲ空間といえば、サンシャイン水族館の「海月空感(くらげくうかん)」がイチオシだ。
薄暗いギャラリーを進むと、目の前に左右に広く浮かび上がる無数のミズクラゲ。それはまるで、視界いっぱいに広がる「天の川」のようである。
この湾曲した水槽「クラゲパノラマ」は、横幅が約14mもあり、国内最大級の規模を誇る。対面の壁には柔らかなソファーベンチが備えられているため、座ってまったり時間を過ごすのも、一人で自分と向き合うのも、大人の静かなデートにも最高の特等席だ。
他にも、日本初の「クラゲトンネル」や天井の「クラゲドロップ」など見どころ満載だが、筆者の推しは長い触手を持つ大型クラゲが漂う「クラゲスクリーン」である。成長したアカクラゲやシーネットルが、リボンのような長い触手をたなびかせる姿は、まさに命が織りなす芸術品だ。こちらも対面にソファーが備えられているので、時間を忘れてゆったり鑑賞していられる。
水槽の前で何も考えずにクラゲを眺めているだけで、心が少し軽くなる――そんな贅沢な大人時間を、ぜひ体感してほしい。
ところで、日本全国の魅力的な「水族館」をもっと知りたくなったら――。筆者が日本全国の水族館を歩き、展示の仕掛けから舞台裏のドラマまでを徹底解説した『新版 全館訪問取材 中村元の全国水族館ガイド129』。水族館の見え方が180度変わるプロの視点を、あなたの旅のお供に。
【心ほどける水族館の旅へ出かける】
中村 元(なかむら・はじめ)
1956年三重県生まれ。成城大学卒業後、鳥羽水族館に入社。アシカトレーナーから企画室長を経て副館長を務める。TBS系『わくわく動物ランド』『どうぶつ奇想天外』への映像提供をはじめ、ラッコブームの立役者として手腕を発揮した。2002年に独立後は「集客請負人」として活躍。「新江ノ島水族館」「サンシャイン水族館」「北の大地の水族館」など、独自のマーケティングと弱点を強みに変える斬新な展示で、数々の施設を奇跡的な増客へと導く。現在も国内外のいくつもの水族館で最新の展示を開発し続けている。慈慶学園COMグループ名誉学校長ならびに北里大学学芸員コースで博物館展示論を講義。おもな著書に『水族館の通になる』(祥伝社)、『水族館哲学 人生が変わる30館』(文藝春秋)、『常識はずれの増客術 』(講談社)ほか多数。最新刊は『新版 全館訪問取材 中村元の全国水族館ガイド129』。










