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今でこそ世界で確固たる地位を築いている日本車だが、暗黒のオイルショックで牙を抜かれた1970年代、それを克服し高性能化が顕著になりイケイケ状態だった1980年代、バブル崩壊により1989年を頂点に凋落の兆しを見せた1990年代など波乱万丈の変遷をたどった。高性能や豪華さで魅了したクルマ、デザインで賛否分かれたクルマ、時代を先取りして成功したクルマ、逆にそれが仇となったクルマなどなどいろいろ。本連載は昭和40年代に生まれたオジサンによる日本車回顧録。連載第99回目に取り上げるのは1989年に登場した2代目ホンダインテグラだ。

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クイントが販売苦戦

1980年代初頭のホンダは、四輪事業の拡大のため車種を増やす必要に迫られていた。そこで誕生したのがクイントで、ホンダの屋台骨であるアコードとシビックの間を埋める5ドアハッチバックだった。シビックとアコードのコンポーネントをミックスさせ、プラットフォームはシビック、パワートレーンはアコードのものが与えられた。シビッククラスのボディに、ライバルよりも上級のエンジンを搭載していたことをセールスポイントとしていたが、ライバルよりも価格が高かったこと、地味なエクステリアデザインが災いしてホンダの思惑どおりにはならず販売面で苦戦してしまった。

5ドアハッチバックのクイントはアコードとシビックの間を埋めるために誕生したがデザインが地味

1985年に初代インテグラ登場

そこでホンダは1985年にクイントの派生モデルとしてクイントインテグラをデビューさせた。クイントの車名は5ドアハッチバックということでイタリア語の『5人組』『五重奏』を意味するクインテット(quintet)に由来。しかし、クイントインテグラは3ドア、4ドア、5ドアの3つのボディタイプをラインナップ。

苦戦していたクイントとは対照的に、リトラクタブルヘッドライトが与えられたわかりやすいカッコよさ、プレリュードの弟分のライトなスペシャルティカーとして若者に人気となり、販売面で大成功を収めた。

プレリュードの弟分として人気となった初代インテグラ

5ドアモデルは廃止

今回紹介する2代目インテグラは、成功した初代の後を受け1989年に登場。車名はクイントが外れてインテグラに変更された。ボディタイプは、5ドアが廃止され、3ドアが1989年4月、4ドアが同年5月にそれぞれ発表された。

3ドアクーペ、4ドアは当時大人気だったピラードハードトップというのは初代を踏襲していたが、ひとクラス上の質感が与えられていた。今では考えられないが、当時のホンダはラインナップは多くなかったもののCR-X、インテグラ、プレリュード、レジェンドと下から上までクーペモデルをラインナップしていた。

3ドアクーペは3次曲面のサイドウィンドウを採用するなどスタイリッシュなデザインで人気
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リトラクタブルをやめた
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この記事のライター

市原 信幸
市原 信幸

市原 信幸

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