本誌でも大活躍中のカメラマン・鵜澤昭彦氏による、美味なるマグロ探訪記。第二回は築地場外市場近くにある『千秋』の「おすすめ丼」。丼の中に「味のパラダイス」を作りたいと語る鎌田板長の意気込みによるハーフ&ハーフの丼の世界にお連れいたします。
画像ギャラリー築地界隈で仕事が終わるとき、俺は必ずこの店に立ち寄る。店名は『千秋』だ。
昼のマグロ赤身の『づけ丼』はそのコスパのよさにただただ唸るしかない。
そんな『千秋』で今日、初めておすすめ丼を頼んでみた。首尾はいかに!!
天然のインドマグロと板長の腕・心意気に惚れた!
豊洲市場での仕事終わりの朝8時過ぎ、いつものように市場をぶらぶら歩いていると、バッタリ『千秋』の板長、鎌田さんに会った。
「おーっ、うーちゃん毎度! どーよ調子は」
「おっ、鎌田さんおはようございます! いつもこの時間ですか?」
「そうよ、俺んところみたいな小さな店は扱う魚の量も少ないから、大手の買い付けが終わって、仲卸がひと息ついたこの時間からが相手と顔を合わせてしっかり買い物ができる時間なの。『旬ゆえに新鮮で、大量に出回るからお手頃価格になる』魚たちを探すのさ」
「へ〜っ、そうなんだぁ! それにしても、今日は機嫌がよさそうですね、なんかものすご~く良い事あったような?」
「俺、そんなうれしそうな顔してた?」
「うん」
「そっかー! わかりやすいな俺(笑)。
布長(仲卸)さんが出してくれた天然のインド(マグロ)を解凍したら強烈に良かったのさ! しかも今、すご〜く良いスズキを仕入れられたんだよ、旬のスズキさ! これで今日のランチは最高に美味しいよ~へへ~。やっぱり、気分良く狙いの魚が買えた時って顔に出ちゃうんだな〜」
「なぬっ! 聞き捨てならない事をいま、軽々しく言いましたね」
「なんだよ~、悔しいのかい、この食いしん坊カメラマン。今日はインドにこのスズキの白身、さっき買ったこれまた旬のアジで『おすすめ丼』だ。ねぎ鮪汁と一緒に出しちゃうもんねーっ。」
「ぬぬぬっ! 悔しい、猛烈に悔しい。よし、一度事務所に戻ってから昼飯に襲撃だ!」
通常なら俺の目当ては、鎌田板長特製の『まぐろづけ丼』なのだが、ときどきマグロが半分季節の魚が半分入った、ハーフアンドハーフの『おすすめ丼』を食べている人を見ると、今度こそ、あっちも食べなければなるまいと密かに想いをつのらせていたのだ!
「まぐろづけ丼」1000円
和食は引き算と言われるが時には足し算もアリなんだなぁと感じる一品。インド(マグロ)を漬けにすることで身質から粘りを引き出し食感を変える、この複雑な味わいが俺は大好きだ!
ところで、数あるまぐろ丼を提供する店からなぜ俺がこの店に通うのか?
その訳は『千秋』が天然のインドマグロを使っていることにある、インドマグロはとにかく素直なくせのない美味しさが特徴で、本マグロのような爆発的な旨さや独特の酸味は少ないが、俺が昼に食べるにはバランスが良い。
それに加えてやはり鎌田板長の腕と心意気に俺が惚れ込んでいるからだろう。
「まぐろ丼」1000円
もっちりとしながら、たまらなくすっきりとした味わい、このシンプルさにリピートすること請け合いだ
魚を包丁で切る技術はダイレクトに美味しさに直結する。程よい厚さで切り口見事なマグロの切り身が酢飯と空気と醤油で混ざり合いながら口の中で一体化していくのを感じるのは、至高のひとときだ。
彼の包丁さばきがインドマグロの素直な味を何倍にも増幅させてくれるし、毎日食べても懐にやさしい価格帯の中で美味しいものを作ろうと努力している心意気はまさに尊敬に値すると思っている。
まあ、能書きはこのくらいにして早速お店に行ってみよう。
常連さんを飽きさせない、やさしさから生まれた丼
そんなわけで、やってきましたお昼の『千秋』さん。
「こんにちは〜」
「おうっ! うーちゃん毎度!! 座ってよ」
「今日は何にする、へへっ」
「さっき会ったくせに!! オススメをお願いしますよ、オススメね!! スズキ君が入っているやつね!」
決まっているのにわざと聞くところが憎い。
「あいよー、任しときなよ!」鎌田さんは丼を作り始めようとした。
「ところで鎌田さん! ちょっと良い?」
「何よ」
「なんでおすすめ丼なの?」
「なんでって、うーちゃんが頼むからでしょう」
「違う違う、なんでおすすめ丼作ったのよ」
「ああっ、その話し」「そう」
「だってさぁ、うちの店は知ってる通り、地元の人やサラリーマンさんに通ってもらってる店なんだから、いくら天然のインドでも毎日食べたら飽きるでしょう。だから飽きがこないように旬の魚を入れてるわけよ。
そんでもって、俺はお客さんの食べる丼の中に、お魚パラダイスを作りたくてさ! 第一その方が食べてる人にも楽しいだろう」
「なるほど」
「うーちゃんは初めてだから説明するけど、今日はスズキとアジが良かったからマグロ+スズキ+アジの三色丼。マグロ+ヒラメとの二色丼の時もあるし、ぶり、サンマ、カンパチ、いか、サクラマスなんかが入ってくることもあるよ、とにかく俺のおまかせを食べてみてよ」と言いながら刺身を素早く盛り付けた。
「できたよ〜、おすすめ丼だ!!」
「待ってたよ〜ん。いただきます」と俺はかぶりついた。
「おぉ!! スズキ君、君いい仕事してるね〜! もちもちねっとりして旨みがあるよ、しかもいい香り」
「香りまでわかるんかい! さすが食いしん坊カメラマンだ! スズキはさぁ海の表層で生息しているから住んでる海の香りが移りやすいんだよ。
海が汚れてくると一番初めに変わるのはスズキの匂いって言われるくらいだからね。でもさぁ本来は『すすぎ洗いしたようなきれいな身』に名前が由来するといわれるほど清らかな魚なんだよ」
おお、さすが魚料理店『千秋』の板長! ウンチクにいちいち頷けるぜ。
さて「悩むところだけど、次はアジだな」と俺。
「ああアジの鮮烈な味がまた素晴らしく良いよね〜。少しも生臭いところがない、良いアジですなぁ〜」
「そうだろ〜」
「そして、インドですよインド、いよいよインドにいくぞ! ガンダーラ発掘だ!!」
「何言ってるんだか?」と鎌田板長。
「艶っぽい赤色のインドマグロ、このコクのある甘味がたまらん」と俺。
「あぁ、スズキ→アジ→インドの繰り返しはまさにパラダイスですぜ」
俺はまた丼のスズキの刺身に箸を伸ばしながら言った。
「鎌田さ〜ん。目の前にガンダーラが見えてきましたよ! ついでに俺の原稿の上がりも見えてきました」
「おいおい、パラダイスとガンダーラ、近いようで遠いけど。その最後の『原稿の上がり』ってなんだ?」
「ハーフ&ハーフの『おすすめ丼』を記事にしますです、良いですか? 良いよね! 写真は後で撮りに来ますよ」
「いきなりなんだよ。まあいいけど、記事にするならいつも食べてる『まぐろ丼』と『まぐろづけ丼』、『中とろ丼』も味見しないと書けないだろう、まだ食べられるよな?」
「いや〜っ、もちろん全部いただきます。食べるのは自信あるから大丈夫です。でも〜写真は本業だけど記事は……どうかな?」
「お〜い、しっかりしてくれよ目が泳いでるぜ」
目の前には旨そうな中とろ丼が出てきた、オーシ、仕切り直しだ!
俺の昼食はまだまだつづくのであった。
「中とろ丼」1600円
千秋のお昼の中では高めな価格だが、食べてみる価値は絶対ある。
ものすごくやさしい酸味と、きめの細かい脂が口の中でとろけていく。
↑動画でも「おすすめ丼」をチェック!
■魚河岸三代目『千秋』
[住所]東京都中央区築地4-7-5 築地KTビル1階外裏手
[電話]03-3549-3334
[営業時間] 11時半~14時(13時45分LO)、17時半~23時(22時LO)
※土曜の夜は~22時(21時LO)
[定休日]日・祝
[席数]全11席
[カード]夜のみカード可(VISA・MASTER)
[テイクアウト]あり
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