『おとなの週末Web』では、グルメ情報をはじめ、旅や文化など週末や休日をより楽しんでいただけるようなコンテンツも発信しています。国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。“ユーミン”こと松任谷由実の最終回では、名曲誕生の秘密が明かされます。そして、筆者が推すユーミンのベスト3を紹介します。
失恋ソングがロックに仕立てになった「DESTINY」
松任谷由実~ユーミンと青春時代を過ごしたという方は多い。そういった方々には、個々それなりのユーミンの名曲があると思う。
荒井由実時代から約50年。ユーミンは名曲を次々と残してきた。ヒット曲ではないが、あの時の心境にぴったりだった、そういう曲も多いと思う。このコラムでは、登場ミュージシャンの最終回に、ぼくの好きな曲や個人的に思う名曲を3曲、紹介している。
ユーミンの数ある名曲を、3曲に絞るのは非常に難しい。目の前に好物を山ほど並べられて、どれを食べたいのが問われてるみたいだから。それでも登場ミュージシャンの最終回に、3曲を選ぶと決めたのは自分だから、個人的にとりわけ心に残る曲を紹介してみることにした。
まずはアルバム『悲しいほどお天気』(1979年)に収められていた「DESTINY」。ある女の子がモテモテで、プレイボーイらしき男の子にふられてしまう。そこで彼女は、自分を磨いて彼をもう一度、ふり返らせ、その上で彼をふって見返そうと思っている。それからしばらくして、女の子は自分なりに今の自分に満足できる状態になった。そんな時期、彼女は自分をふった彼に出会う。完璧にファッション・センスも磨いていたはずなのに、その日に限って彼女は、安いサンダルを履いていた。やはり、この恋は成就しないDESTINY~運命にあった。そんな舞台設定の曲だ。
普通なら、こんな失恋ソングを悲しいバラッドにしてしまう。だが、「DESTINY」は、ビート感のあるロック仕立てになっている。陳腐な失恋ソングにしなかったのは、ずっとコンビを組んでいる松任谷正隆氏のアレンジ力、プロデュース力だと思う。
ユーミンのあらゆる楽曲は、彼女のメロディー、詞、ヴォーカルと松任谷正隆氏のアレンジ、プロデュースが一体となった時に輝きを放ち始めている。
“私は、ピアノのある部屋に籠ってひたすら曲を作る、それだけ。曲ができたら彼に渡す。後はヴォーカルを入れる時まで、その曲がどうアレンジされるかは分からない。彼のプロデュース、アレンジを信頼しているから、私の方で、この曲はこうして欲しいとは一切言いませんね”
ユーミンの楽曲誕生の秘密を、かつての取材で教えてくれた。
若き日の失恋に重なる「DOWNTOWN BOY」
「DOWNTOWN BOY」は、名作の多いユーミンのアルバムの中でも、とりわけ人気の高い『NO SIDE』(1984年)に収められている。いわゆるお嬢さんが、ちょっと不良っぽい“DOWNTOWN”の男の子に恋した思い出だ。多分、その恋に反対したのだろう家族の中の兄は、彼からの電話さえ、取り次いでくれない。そんな恋もいつか忘れられない思い出になってしまう。二人が愛を誓いあった工場跡の夕陽の空き地には、今ではビルが建っている。そんなストーリーだ。
この曲を好きになったのは、10代終わりの自分と重ね合わせたからだ。3歳年上のその頃のぼくの彼女は、高級住宅街に住み、まだ1960年代、マイカーが珍しかった時代に自分の車を持っていた。ぼくの恋は彼女の家族の大反対にあった。結果、彼女はアメリカに留学させられ、恋は強制的に終わらされた。
「DOWNTOWN BOY」を初めて聴いた時、まるで自分の若き日の失恋が歌われているように思えた。ユーミンの楽曲のストーリーには、ああ、自分もそうだったと思われる方も多いと推測している。
愛し合う人間の宿命を描いた「Now Is On」
これまでの2曲ほど有名ではないが、アルバム『FROZEN ROSES』(1999年)の「Now Is On」も忘れられない1曲だ。ある恋の真っ最中、ふと、ふたりはずっとここにいられないから貴方を心に焼きつけておこうと思ってしまう。恋をして、愛し合っているから別れるのが恐い、そんな感情は誰でも持ちがちだ。
ストーリー構成はシンプルだ。少々、深読みになるかも知れないが、ユーミンはこの曲を別れ~死に結びつけていると思ってしまう。どんなに愛しあっていても、ふたりはずっとここにはいられない。恋が成就しても、いつかは死がふたりを引き離してしまう。これは愛し合う人間の宿命を描いている。ぼくはそう解釈し、だから、この曲が好きなのだ。
ユーミンの曲を愛している人は、誰もがその曲を自分の思いと重ね合わせる。そして、自分のストーリー~人生にその曲を取り入れてゆく。そこが、そうさせてしまうのがユーミンの凄さだと思う。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo」で、貴重なアナログ・レコードをLINNの約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。
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