音楽の達人“秘話”

大滝詠一がヒットを生むきっかけになった名曲とは「筆者の私的ベスト3」 音楽の達人“秘話”・大滝詠一(4完)

国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。2022年最初の音楽の達人“秘話”は、大滝詠一の最終回。もちろん筆者の私的ベスト3の紹介です。本人から直接聞いたという「ヒットを生むきっかけになった名曲」も、その中に入ります。大滝詠一が初のソロ・アルバム『大瀧詠一』をリリースしてからちょうど50年の節目に、貴重な証言をお届けします。

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「12月の雨の日」 名盤『はっぴいえんど』収録

大滝詠一には名曲が多い。ヒット曲でなくともアルバムの中に珠玉の名曲がある。ナイアガラーと呼ばれる大滝詠一(1981年)の研究家とも言えるコアなファンと『A LONG VACATION』からファンになった人とでは、名曲の尺度も異なる。だから、はっぴいえんど時代、1970年代初期から大滝詠一を知るぼくの好きな曲は、少し読者の好みと異なるかも知れない。

ぼくが選ぶ大滝詠一の好きな曲、その1は1970年に発表されたはっぴいえんどのデビュー・アルバム『はっぴいえんど』に収められた「12月の雨の日」だ。作詞はドラマーだった松本隆。はっぴいえんどはアメリカのバンド、バッファロー・スプリングフィールドのサウンドに日本語詞を乗せるという細野晴臣のアイデアを参考に大滝詠一が作曲したのが「12月の雨の日」だった

『A LONG VACATION』がヒットした後、“ヴォーカリスト、大滝詠一が頂点を迎えたのは「12月の雨の日」だった”と記したこともある。これはデビュー・アルバム発表時はヒットとは言えなかったはっぴいえんどだが、その頃と『A LONG VACATION』以降の自分は変わっていないよというメッセージだった気もする。

2020年発売のデビュー50周年記念盤『Happy Ending』(右から2枚目)など大滝詠一の名盤の数々。14年の初のベストアルバム『Best Always』には、「12月の雨の日」や大滝詠一本人が歌った「夢で逢えたら」も収録されている

「夢で逢えたら」 多くのミュージシャンがカヴァーした名曲の中の名曲

「夢で逢えたら」は1976年の作品で作詞も大滝詠一の手による。はじめはアン・ルイスのために作られたが、当時の彼女の路線とは異なるということで没になった。そこで吉田美奈子とシリア・ポールがこの曲を歌った。大滝詠一が歌った本家ヴァージョンも、死後、2014年12月に公表されている。

「夢で逢えたら」は大滝詠一の残したスタンダードといえる作品だ。2018年には『夢で逢えたら(1976~2018年)』と題された4枚組CDも発売されている。全86曲、すべて「夢で逢えたら」のカヴァーだ。この曲がいかに愛されているかが伝わる4CDセットだ。

「夢で逢えたら」をいち早くカヴァーしたシンガーのひとり、桑名晴子から話を訊いたことがある。デビュー・アルバムが大ヒットした桑名晴子のプロデューサーは、現在のJ-POPの礎となったベルウッド・レーベルの創設者三浦光紀(こうき)だった。はっぴいえんどのラスト・アルバム『HAPPY END』や大滝詠一の初のソロ・アルバム『大瀧詠一』も三浦光紀が手掛けていた。そんな関係で桑名晴子は「夢で逢えたら」をカヴァーすることになった。

歌入れの前に桑名晴子は大滝詠一からひとつだけアドヴァイスを受けた。“「夢で逢えたら」の歌詞って、(夢でもし逢えたら~)で始まるでしょう。そこを歌う時、大滝さんは、(夢でもし逢えたら)と続けて歌わないで(夢でも)の後に微妙な間を空けて、(夢でも、しあえたら)と歌いなさいって。あっ、この曲にはセックスの意味合いもあるんだなと思った”と桑名晴子はぼくに教えてくれた。実際、この曲は都都逸(どどいつ)の“ひとり寝るのは 寝るのじゃないよ 枕抱えて 横に立つ”を参考にしたと大滝詠一は語っている。

「青空のように」 発表当時、ぼくは絶賛した

1981年のアルバム『A LONG VACATION』(中央上段左)と84年の『EACH TIME』(同右)。『EACH TIME』を最後に、2013年に亡くなるまで、新たなオリジナル・アルバムが作られることはなかった。「青空のように」が収録された『NIAGARA CALENDAR』(右から2枚目)

3曲目はアルバム『ナイアガラ・カレンダー‘78』に収められた「青空のように」だ。このアルバムには1月から12月まで各1曲、計12曲で大滝詠一の音楽的季節感を楽しめる傑作だ。「青空のように」は6月の曲となっている。この曲は1977年の早い時期に完成していた。

1977年晩春、ぼくは当時、大滝詠一が所属していたコロムビア・レコードの彼の担当ディレクター谷川恰(つとむ)に呼ばれた。ようやく大滝詠一がやる気になって、ヒットを狙える曲を作ってくれたので聴いて欲しいという話だった。その曲が「青空のように」だった。それまでの作品に比べて高いポップス性を持つ曲だと思った。そこで大滝詠一と逢うことになった。ぼくは「青空のように」を絶賛した。

“まあ、ヒット曲のパターンで書いたからね。でもどうかね、今のマーケットで”。そう大滝詠一は言った。結果的に「青空のように」はヒットに至らなかった。ただ『A LONG VACATION』の大ヒット後に逢った時に、“「青空のように」をきっかけに、ヒットさせるにはどうすればいいかを考えた”と語っていた。「青空のように」は、彼がヒット曲を生むきっかけとなった名曲だと思う

岩田由記夫

岩田由記夫

1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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