「12月の雨の日」 名盤『はっぴいえんど』収録
大滝詠一には名曲が多い。ヒット曲でなくともアルバムの中に珠玉の名曲がある。ナイアガラーと呼ばれる大滝詠一(1981年)の研究家とも言えるコアなファンと『A LONG VACATION』からファンになった人とでは、名曲の尺度も異なる。だから、はっぴいえんど時代、1970年代初期から大滝詠一を知るぼくの好きな曲は、少し読者の好みと異なるかも知れない。
ぼくが選ぶ大滝詠一の好きな曲、その1は1970年に発表されたはっぴいえんどのデビュー・アルバム『はっぴいえんど』に収められた「12月の雨の日」だ。作詞はドラマーだった松本隆。はっぴいえんどはアメリカのバンド、バッファロー・スプリングフィールドのサウンドに日本語詞を乗せるという細野晴臣のアイデアを参考に大滝詠一が作曲したのが「12月の雨の日」だった。
『A LONG VACATION』がヒットした後、“ヴォーカリスト、大滝詠一が頂点を迎えたのは「12月の雨の日」だった”と記したこともある。これはデビュー・アルバム発表時はヒットとは言えなかったはっぴいえんどだが、その頃と『A LONG VACATION』以降の自分は変わっていないよというメッセージだった気もする。
「夢で逢えたら」 多くのミュージシャンがカヴァーした名曲の中の名曲
「夢で逢えたら」は1976年の作品で作詞も大滝詠一の手による。はじめはアン・ルイスのために作られたが、当時の彼女の路線とは異なるということで没になった。そこで吉田美奈子とシリア・ポールがこの曲を歌った。大滝詠一が歌った本家ヴァージョンも、死後、2014年12月に公表されている。
「夢で逢えたら」は大滝詠一の残したスタンダードといえる作品だ。2018年には『夢で逢えたら(1976~2018年)』と題された4枚組CDも発売されている。全86曲、すべて「夢で逢えたら」のカヴァーだ。この曲がいかに愛されているかが伝わる4CDセットだ。
「夢で逢えたら」をいち早くカヴァーしたシンガーのひとり、桑名晴子から話を訊いたことがある。デビュー・アルバムが大ヒットした桑名晴子のプロデューサーは、現在のJ-POPの礎となったベルウッド・レーベルの創設者三浦光紀(こうき)だった。はっぴいえんどのラスト・アルバム『HAPPY END』や大滝詠一の初のソロ・アルバム『大瀧詠一』も三浦光紀が手掛けていた。そんな関係で桑名晴子は「夢で逢えたら」をカヴァーすることになった。
歌入れの前に桑名晴子は大滝詠一からひとつだけアドヴァイスを受けた。“「夢で逢えたら」の歌詞って、(夢でもし逢えたら~)で始まるでしょう。そこを歌う時、大滝さんは、(夢でもし逢えたら)と続けて歌わないで(夢でも)の後に微妙な間を空けて、(夢でも、しあえたら)と歌いなさいって。あっ、この曲にはセックスの意味合いもあるんだなと思った”と桑名晴子はぼくに教えてくれた。実際、この曲は都都逸(どどいつ)の“ひとり寝るのは 寝るのじゃないよ 枕抱えて 横に立つ”を参考にしたと大滝詠一は語っている。