世界のへんな夜

パンツ一丁のおばさんと鼻ピアスの女子大生の秘密 @ヒューストン【世界のへんな夜】第四夜・後編

メキシコから自由の国、アメリカへ……と、鼻息荒く国境を越えてみれば、ルール、ルールとうるさいアメリカの不自由さにすっかり幻滅。おまけにユースホステルで相部屋となったふたりの女性は謎だらけ。テキサス州ヒューストン編前編に続き、意外すぎるアメリカの一面を知った後編もお楽しみください。

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怪しいと思わずにはいられない

ヒューストンの図書館を出ると外は夕暮れであった。私は駐車場に隠していたリュックを背負って宿に向かってタッタと歩きだした。治安は悪い町ではないのに、本当に車社会なのか誰も歩いていない。電話で予約していた簡素なユースホステル(以下ユース)にたどり着くと、二段ベッドがふたつ並んだ女性用の4人部屋に案内された。

そっと部屋のドアを開けてみる。ドアの脇にある2段ベッドには先客がいるようだ。「ハ、ハロ~!」と、挨拶をしながら、ベッドに目をやると思わずのけぞった。

まず、上の段には、本を読んでいる20代くらいの若い姉さんがあぐらをかいていたのだが、スキンヘッドで鼻ピアス、体は痩せて目はギョロリ、ごつごつした指輪や腕輪をはめている。バンド活動でもしているのか、ヘビメタファンなのか、挨拶が飛び交うほんわかしたユースの雰囲気のなかで、このベッドのまわりだけハードボイルドである。

姉さんは上から私を一瞥すると、片手を上げニヤッと笑って歯を見せたので、私も無理やり笑顔を作って歯を見せた。

一方、その下の段のベッドもこれまた強烈だった。60代くらいだろうか、100キロはありそうな小山のような体型のおばさんが寝ていたのだが、ブラジャーもせず、パンツ一丁である。クラッシック音楽が好きなのだろうか。大きなヘッドフォンから激しくベートーヴェンの曲が音漏れしていた。

2段ベッドには怪しい先客が!

上下のふたりは言葉も交わさず顔も似ていない。親子ではなく、おそらくひとり旅同士なのだろう。

連日の深夜バスでの移動でぐったりした私は、2段ベッドの上の段によじ登ると、その夜、ご飯も作らずに爆睡してしまった。

翌朝、ふと目を覚ますと、鼻ピアスの姉さんはやはりあぐらをかいて本を読んでおり、バリバリとスナックを食べている。そしておばさんはパンツ一丁で相変わらずヘッドフォンをつけたまま寝ていた。起こさないように、そろりそろりとベッドを降りた私はバスに乗って博物館めぐりに出かけた。

シンプルすぎる旅人の料理

夕方、スーパーで買った食材を手に帰宅すると、奇妙なことに、鼻ピアスの姉さんもパンツ一丁のおばさんも相変わらずベッドの上である。この人たち、何でずっと部屋にいるんだろう? と首を傾げながらも、私は共用キッチンで料理を始めた。

ひとり旅なので夜は出歩きたくないし、長い旅なので毎日、外食だと飽きてしまう。そんなわけで今夜は肉じゃがである。醤油さえ手に入れば、海外どこでも作れる日本人の旅の定番メニューだ。

数日分の肉じゃがをまとめて作ってしまおうと、大鍋に肉とジャガイモ、ニンジンを放り込んで炒めはじめた。すると世界各国からやってきた旅人たちが、自己紹介がてらかわるがわる鍋の中を覗きにやってくる

「ジャパニーズ料理?」

「そうだよ。肉とジャガイモをソイソースで炒めて煮るの」

「ずいぶん、手が込んでるねえ……」

「そう!? カットして鍋に放り込むだけだよ」

「いやあ、美味しそうだよ」

てっきりリップサービスだと思っていたが、本気の誉め言葉だとわかるのは、このすぐ後である。玉ネギの色が変わったので、弱火にしてコトコト煮込んでいると、そこに他の人も食材を持ちこんで料理を始めた

世界の手料理はどんなものであろう? 私は彼らの料理が気になった。まず、サンフランシスコから来たアメリカ人夫妻は、レジ袋からステーキ肉を取り出し、ささっと焼いて塩コショウを振って「パーフェクト!」……ってそれだけ? 付け合わせは一切なく、食パンを取り出し肉を挟んでワイルドにかぶりついた。

続いてイタリアの女子大生は、プラスチックカップに注いだワインをぐびぐび飲みながら、パスタを茹で始めた。何パスタを作るのだろうかと首を伸ばしたら、茹で上がったパスタを皿にもって、トマトケチャップをかけ始め……え、ケチャップだけ? 具はどうした? と思う間もなく、フォークで器用に巻いて食べ始めた。

もっとシンプルなのが、イギリス人の男性生のジャガイモをラップでくるみ、レンジでチン! 缶ビールを片手に塩を振って皮ごとかじっている。

そこへインド人と韓国人がやってきた。どちらも20代くらいの男性で留学生という。インド人はカレーのレトルトを皿に盛ると、ポケットからカレー粉の瓶を取り出し、懸命に降り始めた。アメリカのレトルトでは辛さが物足りないのだろうか。

続いて韓国人は刻んだキャベツや肉と冷凍の麺を炒め始めた。おそらく、今までの旅人のうちで一番、料理らしい料理である。そして、着ているスウェットのポケットからマヨネーズ型の容器に入った真っ赤な調味料を、これまた猛然と降り始めた。

「それ、なあに?」と思わず聞いたら、「韓国のチリ!」という。小指の先ほどの量を味見させてもらったが、あまりの激辛にさっそく舌が即死した。それなのに彼は麺を味見しては首を振り、また狂ったようにチリを振っている。小さいころから辛さに慣れているのだろうか。

何で肉とジャガイモが甘いの?

誰よりも早く作り始めたのに、私の肉じゃがは一番、最後に完成した。鍋で炊いたご飯と一緒に食べ始めたら、皆が一斉に首を伸ばして私の皿をじっと見ている

「た、食べる?」と聞いたら、「食べる! 食べる!」と立ち上がって寄ってきた。少しずつ、皿によそうと我先にと食べ始めたのだが……。

「うおっ、アヅサ、何でこれ甘いの!?
肉じゃがって、砂糖入れる料理だもの

「そんな! ジャガイモと肉が甘いなんて!」

「え~、ヨーロッパでも肉に甘いソースかけるじゃない」

なんとも残念なことに不評であった。しかしよく考えれば、今まで世界を回って食べた料理は、砂糖を入れる煮込み料理はあまり……というか、ほとんど食べたことがなかったかも。

みな、韓国人やインド人にチリやカレー粉を借りて、肉じゃがにかけている。ああ、肉じゃがの繊細な味が……。観光はもういい。こうなったらリベンジだ。私は明日の晩のメニューを考え始めた。

ついにふたりの正体が判明!

翌日、私は甘くない親子丼を作ることにした。これまた日本人の旅人が海外でよく作る料理である。日本のダシの素や日本酒は近くの小さなスーパーでは売っていなかったので、代わりに中華の素と白ワインを入れた。醤油さえあれば、なんとなく親子丼の味になるのだ

ぐつぐつと煮込んでいると、帰宅した旅人がリビングに集まってきた。どうやら、あっという間に「今夜は日本食が食べられるらしい」と広まったらしい。ユースのスタッフまでがウキウキしている。大量に作っておいてよかった……。

肉じゃがのリベンジがはじまった

「さあ並んで、並んで」と食堂のおかみさんのごとく、私は皿を持った人たちに親子丼をよそっていると、この3日間、ベッド以外の場所で見たことがなかった同室のふたりが部屋からゴソゴソと出てきたではないか。いつもはパンツ一丁のおばさんの洋服姿が新鮮だ。

「ユー! 昨日のこと聞いたよ。私たちにもジャパニーズ料理、プリーズ!」 

果たして砂糖を入れない親子丼は(私には違和感があるが)、大変、好評であった。日本食の名誉挽回である。ふと見ると、やはり韓国人はチリソース、インド人はカレー粉を親子丼にたっぷりかけていた……が、案外、いけるのかもしれない。食べ終わると、それぞれワインやビール、ナッツやスナックを持ち寄ってくれたので、わいわいと宴会になった。そこで思いがけない事実が判明したのだ。

別々に旅をしていると思っていた鼻ピアス姉さんとパンツおばさんは、なんと一緒に旅をしているふたり組だという。どういう関係なのかと尋ねたら、おばさんは笑って説明してくれた。

彼女(鼻ピアス)は医大生なのよ。ボランティアで病気持ちの私と一緒に旅をしてくれているの」

「知り合いなの?」

「ううん。私は家族もいないし、大学の掲示板で募集したの」

アメリカには旅のボランティアってあるのか、と感心していると、皆がいろいろ質問しはじめた。

「どうしてユースの相部屋なの? 他の人がいるからうるさいでしょ?」

「私、お金もあんまりないし、それに誰かがリビングにいたほうが話せて楽しいでしょ」

「ムリしないで、治してから旅行すればいいのに」

時間がないのよ。ガンであと半年なの。でもたまに調子のいい日もあるから」

私はちょっと感動した。アメリカとはガンだから、家族がいないから、お金がないから、と諦めず、やりたいことをやりたいと堂々と言える国なのだと。日本だったら迷惑をかけてはいけないと思いとどまる人も多いだろう。

「半年の命」と聞いても、アメリカ人夫妻は、さりとて驚くわけでもなく、「人生最後の旅ならマイアミがいいよ。イルカもいるし」 と話に加わってきた。

すると、カナダ人は、「カナダの秋こそ、素晴らしい」と力説し、イギリス人は、「秋なら、コッツウォルズのほうがいい。俺が車で案内するぜ」 と対抗する。インドの留学生は、「いや~イギリスは飯が……。インド本場のカレーを食べさせたい」と盛り上がる。

鼻ピアスの姉さんは話に加わらず黙っていたが、「オヤコドン、もっとプリーズ」と私に茶碗を出したので、大盛りにした。おばさんに寄り添っていたから、いつも間食だったのかもしれない。

あと半年の命だったら……私なら南の島でハンモックを吊って、毎日、エビ三昧だろう。もう体重を気にすることもなく、朝から晩まで、大好きなエビでお腹をいっぱいにするのだ。

文/白石あづさ

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