猫に恩返し ガタオ缶の売上の一部を寄付 すっかりガタオCANから離れてしまったが、ここで話を戻そう。冒頭では述べなかったが、ガタオCANにはもう一つ大切な「売り」がある。それは、「ワインを飲んで猫を救う」ことができること…
画像ギャラリー2022年2月22日は「2」が6つも並んで、何やらマジカルなことが起こりそうな日。「2×6」のパターンはなんと1222年(貞応元年)以来で800年ぶりなんだそうだ。貞応元年といえばまさに今年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代‥‥。2月22日は「猫の日」でもある。「にゃん(2)」がいつもより多く揃って例年以上に猫度がアップしそうなこの日、猫の絵のラベルで知られるポルトガルワイン、ガタオの缶入り「ガタオCAN」(250ml/参考小売価格:480円税別)が発売になった。
ポルトガルの“大猫村”
ガタオCANの話をする前に瓶入りガタオの話をしよう。造り手のヴィニョス・ボルゲス社は1884年創業の歴史あるワインメーカー。ガタオは100年以上の歴史を持ち、65カ国に輸出されている。白・ロゼ・赤・スパークリングがあり、日本でも「猫ワイン」として長らく親しまれてきた銘柄だ。「ガタオ」はポルトガル語で大猫の意味。ちなみに猫は「ガト」、子猫は「ガチーニョ」と言う。
そもそもなぜ猫の絵のラベルになったのか? 調べてみると、このワインが最初に造られた、ポルトガル北部の村の名前がガタオ(大猫村!)で、村名がそのままワインの名前になったようだ。1905年にヴィニョス・ボルゲス社がこのワインの製造を引き継ぎ、ラベルは初代の大猫の絵柄から民話「長靴を履いた猫」をモチーフとしたラベルに変わった。ラベルはその後も何度か変わり、2020年に現在のモダンないでたちとなった。
アルコール低め、そして環境にやさしい…世間の風潮を敏感に察知
さて、ガタオCANである。輸入元の説明を僕なりに解釈すると、この新アイテム(缶入りは微発泡の白のみ)の主な「売り」は以下の4つ。
(1)250mlの飲み切りサイズであること(グラス約2杯分)
(2)アルコール度数9%のセミスパークリングで、ほんのりと甘く、飲みやすいこと(昼飲みOK!)
(3)オープナーやグラスが不要だし、すぐに冷えるし、持ち運びも楽ちんであること(アウトドアにもバッチリ)
(4)ガラス瓶と比べてアルミ缶は軽量(輸送時のCO2排出削減)かつリサイクル率も高いことから、環境にやさしいこと(エコでサステイナブル)
缶ワインがちょっとした「現象」になっているという話題は、このコラムでもすでに2回取り上げてきたが、ガタオCANのコンセプトもまさに世界の風潮を敏感に察知し、いち早く取り入れたものと見て間違いなさそうだ。
テイスティングしてみよう(使用品種はアザール、ペデルナン、トラジャドゥーラ、ロウレイロ──いずれも土地固有の品種)。レモンの葉を指先で揉んで嗅ぐような溌剌たる香りが泡と共に勢いよく立つ。さらに白い花、リンゴの蜜のアロマが追いかけてくる。口に含むと、ほの甘く、ほろ苦い。ちょっと切なくなるような飲み口は柔らかな泡と程よい酸による仕業か。
缶から直接と、グラスに注いだものとの飲み比べもしてみた。両者の間には明らかな違いがあった。端的に言うと、缶から直接飲むと嗅覚が鈍るのだ。フランス語に「vin de soif(乾きのワイン=ガブ飲みワイン)」という言葉があるが、喉を潤すために飲むなら冷えた缶から直接に、ワインとしてきちんと賞味したければグラスに注いで飲むのが良さそう。中身は瓶入りのガタオとほぼ同じ「ちゃんとしたワイン」なのだから(缶入りは缶を損傷から守るために、少しだけガス圧を高めてある)。
意外に古い缶ワインの歴史 缶ビールの歩みとほぼ同じ
ところで、ガタオCANは2021年に「国際缶ワインコンペティション(International Canned Wine Competition=ICWC)」のパッケージデザイン賞を獲得している。このコンペは2019年にアメリカで始まったもので、タイプ別・品種別のカテゴリーごとに優れた缶ワインを選ぶもの。審査基準の第一は品質だが、パッケージデザインを競う部門もある。主催者の一人、アレン・グリーン氏は2400種以上の缶ワイン・コレクションを持つ缶ワイン蒐集家だICWCのウェブサイトにはグリーン氏がまとめた「缶ワインの歴史」が載せられているのだが、これが挑戦と挫折に彩られた不屈の物語で面白い。かいつまんで紹介すると──
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缶入りワインの試みは、1935年に初めて缶入りのビールが発売されたのとほぼ歩みを同じくしている。36年1月に雑誌に「イースタン社の純正サンキスト・カリフォルニア・ワイン 缶入り」という広告がある。中身はポート、シェリー、モスカテルで、「ナショナル社製の真空二重ライナーを施した缶」が用いられていた。12オンス(約355ml)入りで価格は25セント。初期の缶は上面が平らなスチール缶で、穴を開けるのに「チャーチ・キー」と呼ばれるオープナーが必要だった。当時缶詰されたワインはアルコール度数が20%前後の酒精強化ワインだったため、缶の腐食が避けられず、それが原因であまり成功しなかった。
40年代に登場した「スイート・アデライン・カリフォルニア・ポートワイン」は、上部が狭まった円錐型の形状で、瓶ビールと同じ王冠キャップで閉じられていた。以降しばらくはこのスタイルが缶ワインの主流になる。50年代、60年代にはいくつかの缶ワインが市場に出てくるが、いずれも短命だった。アメリカ以外で初めて造られた缶ワインはオーストラリアの「ベッリヴェール ピクニック ドライ・レッド」だった。1オンス(384ml)入りで、平らな上面。胴には紙ラベルが巻かれていた。ほぼ同じ頃に、フランスでベルナール・カイヤン社の「缶入りボルドー・シュペリウール」(350ml入り)が発売される。
白ワインの缶入りは70年代後半にオーストラリアの生産者によって初めて広く流通させられた。白ワインは酸度が高い分、缶内部の腐食どめの技術が追いつかなかったのだろう。81年にはイギリスが350ml入りのずんぐりとした缶にフランスワインを詰めた白と赤のペアを試験販売(この頃にはフランスはアメリカでの缶ワイン販売をあきらめて撤退している)。80年代、イギリスでは250ml入りのスマートな缶が主流となり、中にはドイツワイン、イタリアワインなど様々な産地のものが詰められ、選択の幅ができた。さらに大手スーパーが自社のロゴの入ったODM缶ワインを展開するようになった。
80年代、アメリカで缶ワインの世界をリードしたのはワインクーラーだった。カナダドライ社など大手がこの分野に進出、ワインクーラーはブームになった。80年秋、テイラー・カリフォルニア・セラーズ社がユナイテッド航空と共同で6.3オンス(186ml)入りの缶ワイン(中身はフランス産)を開発、82年にはデルタ航空も全便で缶入りワインの提供をすると決定したが、乗客の反応が悪く、早い段階で両社ともに瓶入りに戻している。そんな中、オーストラリアのバロークス社が9年の歳月をかけて、ワインの酸やアルコールに負けない缶の加工技術ヴィンセーフ(VINSAFE)を開発。5年間品質保証という基準を生み出す(10年くらい前から日本でも新幹線ホームのキヨスクなどで見るようになった豪州産缶ワインはここの商品だ)。
映画監督フランシス・フォード・コッポラ氏が興したワイナリーから2004年に発売された缶ワイン「ソフィア・ミニ・ブラン・ド・ブラン」はピンク色のおしゃれな外観。ストロー付きで売られた。この辺りから缶ワインはおしゃれな飲み物という認知がアメリカ市場に広がり始める。缶詰製造ラインがコンパクト化され、小規模なワイナリーが参入しやすくなったことも市場に活気をもたらした。11年にコロラド州デンバーのワイナリーが出した「ザ・インフィニット・モンキー・セーレム」の表には「缶に入った、ありえないほど高品質なワイン」と記されている。このキャッチコピーは缶ワインが「中身」で勝負するようになったことを象徴しているように響く。
(※グリーン氏の許しを得て、筆者が適宜コメントを加えている)
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猫に恩返し ガタオ缶の売上の一部を寄付
すっかりガタオCANから離れてしまったが、ここで話を戻そう。
冒頭では述べなかったが、ガタオCANにはもう一つ大切な「売り」がある。それは、「ワインを飲んで猫を救う」ことができること。ガタオ缶の売上の一部(1缶あたり2円)が保護猫の里親探しやTNR(野良猫に去勢・避妊手術を施して元の場所に戻す)活動を支援する団体に寄付されるのだ。
この取り組みを企画したのはガタオCANを輸入販売する木下インターナショナル株式会社の松下佳苗さん。実は松下さん自身、打ち捨てられていた赤ちゃん猫をレスキューし、そのまま飼い続けている人だ。ことの顛末をサクッと聞き取りさせてもらったところによると‥‥
2019年の春、近江八幡への旅行から家のある京都に戻ってきた松下さんは、道端で外国人ツーリストの家族連れが何かを囲んでうずくまっているところに出くわす。彼らの輪の中にいたのは生後1週間くらいの子猫だった。「目は閉じられ、鳴くのを諦めたように小さく丸まって震えていました」。近くに母猫の姿はない。外国人ツーリストも途方に暮れている。松下さんは、その場で保護してくれそうな施設に連絡をしてみたが、どこも受け入れてくれなかった。やむなく子猫を抱き上げ、動物病院に連れて行ったところ、獣医から「この子は衰弱が激しく、今日1日もつかどうかわかりません」と言われてしまう。松下さんは、その場で子猫を引き取って面倒を見ることを決意する。獣医は、購入しても無駄になるかもしれないからと、子猫用の哺乳瓶を貸してくれ、粉ミルクを少し分けてくれた。子猫を家に連れ帰り、3時間ごとにミルクを与えた。子猫の息を確認するまでは自分の呼吸ができないような緊張の時間を過ごした。それから数日のうちに、子猫は少しずつ生気を取り戻していったという。松下さんは好きな果物の名前から子猫に「ミラベル」と名付けた。3年近くが経った今、ミラベルはすっかり成猫になり、松下さんの家の主の座についているという。
今回の寄付の取り組みについて松下さんは「猫の絵のラベルで愛されているワインなので、何らかの形で猫に恩返しすることができたらと考えていたのですが、なかなかきっかけがなくて。今回のガタオCANの猫の日の発売が良い機会になりました」と話す。
缶ワインを追っかけて、3つのコラムを書いた。この動きはまだささやかなもので、ボトルワインを駆逐するとか、ワイン文化を根底から変容させるところまではすぐには行きそうにない。しかし、そこには確かな胎動が感じられ、ガラス瓶では届かない何処かへ我々を連れていってくれそうな予感がある。
「猫の日」がらみで2(にゃん)×6個の話に戻せば、前回の1222年は承久の乱の起こった翌年であった。つまり、それまでの朝幕関係が完全に逆転した時代。800年後の「猫の日」を境に、同じように大きな歴史的変革が始まると想像するのも夢があると思うのだがいかがだろう?
ワインの海は深く広い‥‥。
Photo by Yasuyuki Ukita, Kanae Matsushita
Special thanks to 木下インターナショナル株式会社、Allan Green (International Canned Wine Competition)
浮田泰幸
うきた・やすゆき。ワイン・ジャーナリスト/ライター。広く国内外を取材し、雑誌・新聞・ウェブサイト等に寄稿。これまでに訪問したワイナリーは600軒以上に及ぶ。世界のワイン産地の魅力を多角的に紹介するトーク・イベント「wine&trip」を主催。著書に『憧れのボルドーへ』(AERA Mook)等がある。