名古屋で60年以上愛されてきた『寿屋』の焼売と餃子が、名古屋の駅弁メーカー『松浦商店』から販売されている。『寿屋』を買収した「松浦商店」にとって、結果的にその判断がコロナ禍の救世主となった。その理由・展開を4代目であり、専務に直撃した。
画像ギャラリー今思えば、母もたまには夕飯作りの手を抜きたかったのだろう。母は年に数回、中日劇場や名鉄ホール、御園座へ観劇に行くことがあった。その日は決まって名鉄百貨店の地下で買ってきた焼売が食卓に並んだ。
「『寿屋』で買ってきたから美味しいよ」と、いつも母はそう言いながら箱に入った焼売を皿へ盛り付けていた。そのせいか、筆者の心に『寿屋』の焼売は美味しいと刷り込まれていった。実際、焼売は本格的な中華というよりもご飯に合う味付けだった。普段の夕食よりもご飯がすすんだことを覚えている。
60年以上にわたって名古屋で愛されてきた焼売と餃子
月日は流れ、筆者は『寿屋』のこともすっかり忘れてしまっていた。フードライターとなってからは同じ焼売でも、中華料理として美味しい肉焼売や海老焼売を追い求めていた。そんな中、名古屋市中村区で弁当の製造・販売を手がける松浦商店が『寿屋』を子会社化したという話を耳にした。
あ、松浦商店のことを知らない方もいると思う。「天下とりご飯」や「こだま」と聞けば、ピンと来るだろう。そう、名古屋を代表する老舗の駅弁メーカーである。
「子会社化したのは、2019年です。まさかその翌年に新型コロナで弊社の駅弁部門が大打撃を受けるとは予想だにしませんでした。結果論になりますが、子会社化して本当によかったと思います」と話すのは、松浦商店の専務取締役、松浦浩人さんだ。
『寿屋』は昭和29年に名古屋駅前の名鉄百貨店の開業に伴い、コロッケや揚げ物の店として創業。焼売と餃子は昭和35年頃から販売を開始。現在は近鉄百貨店名古屋店の地下で営業している。
手作りならではの温もりとホッとする味わい
また、『寿屋』は焼売や餃子、中華まんの他、お惣菜の製造・販売を手がける『ゆきこおばさんの台所』や『仕度屋(まわしや)』という別業態のブランドも展開している。子会社化すれば、これまで松浦商店になかった名物を生み出すことができると考えたのだ。
『ゆきこおばさんの台所』は、名古屋駅と一宮駅にある名鉄百貨店や栄の名古屋栄三越、スーパーのパレマルシェ、ヨシヅヤなどに全9店舗展開している。筆者の自宅から近い店で「ポテトサラダ」(100g238円)と「マカロニサラダ」(100g238円)、「れんこんのきんぴら」(100g281円)、「切り干し大根」(100g260円)を買って食べた。
『寿屋』の焼売や餃子と同様に、際立ったインパクトはない。そもそも家庭の食卓に並ぶお惣菜にはそんなものは必要ないのだ。その代わり、手作りならではの温もりとホッとする味わいに心が和む。
「子会社化する前、お惣菜の調理工程を見学させてもらったときに衝撃を受けました。だし巻き玉子はきちんとダシからとっているし、黒豆を煮るときは鍋に錆びた釘を入れていました。当たり前といえば当たり前ですが、料理と向かい合う職人さんたちの姿勢に感動したんです」(松浦さん)
コロナ禍で誕生した冷凍商品と無人販売店
『寿屋』を子会社化して、さあこれから! というときに新型コロナウィルスの感染が拡大した。人々の外出や移動がなくなり、行事やイベントも軒並み中止。1回目の緊急事態宣言が発出されると、名古屋駅構内の店も臨時休業となった。
駅弁メーカーである松浦商店にとってもその影響は甚大、というよりも壊滅的だった。何しろ、駅弁の売り上げは9割減まで落ち込んだのだ。時間だけはあったので、松浦さんは企画や営業、製造の各部署に新しい事業のアイデアを募った。そこから生まれたのが、冷凍の焼売や餃子だった。
「昨年9月、中村区太閤に冷凍の焼売や餃子の無人販売店をオープンさせました。現在は、中区の上前津と北区の平安通、西区の浄心にも店があります。年内に5店舗を出店する予定です。無人販売店と並行して、自販機の設置も進めてきました。こちらは弊社1階の駐車場横とJR大曽根駅南口、JR鶴舞線名大病院口にあります」(松浦さん)
無人販売店や自販機で販売されている焼売や餃子は、すべて手作り。前にも書いたが、中華料理としての焼売・餃子ではなく、肉がたっぷり入った大ぶりな惣菜である。強烈な個性があるわけではなく、どこまでも素朴な味わい。ご飯のおかずはもちろん、ビールなどのお酒にもよく合う。
『ゆきこおばさんの台所』のお惣菜と『寿屋』の焼売、餃子。これらの技術が生かされた松浦商店の新たな駅弁もすでに登場している。それはまた別の機会に紹介しよう。
取材・撮影/永谷正樹
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