動物写真家・小原玲さんを語る

「マナティ見に行かない?」家族で訪れた撮影地フロリダは寒かった 動物写真家・小原玲さんを語る(3)

マナティ(小原玲撮影)

最後のアザラシ取材で撮った写真 長女の方は、タテゴトアザラシである。琴子という。彼女が一歳のとき、家族全員でマドレーヌ島に行った。それきり、子ども達はアザラシに会っていない。兄達には幼少期の記憶があるが、娘は写真でしかア…

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「アザラシの赤ちゃん」や「シマエナガ」などカワイイ動物をカメラに収めてきた動物写真家・小原玲さん(1961~2021年)の“最後の作品”は、北海道に滞在して撮影した「エゾモモンガ」でした。その愛らしい姿を捉えたラストショットは、今夏の24時間テレビ「愛は地球を救う」で紹介されて注目を浴び、支えた家族の姿とともに大きな感動を呼びました。小原さんがガンで亡くなって、11月17日でちょうど1年。16日には遺作写真集『森のちいさな天使 エゾモモちゃん』(講談社ビーシー/講談社)が出版され、24日からは東京都内でメモリアル写真展が開かれます。写真集発売と写真展開催によせて、妻で作家・大学教授の堀田あけみさんが全4回の週1連載で夫の軌跡をたどります。第3回は「父の背中」です。

写真集『森のちいさな天使 エゾモモちゃん』(講談社ビーシー/講談社、1430円)

子ども達に現場で見せたい三種の生物

小原玲はもういないけど、彼の作品は生き続けている。永遠に。

なんてのは、幻想だ。それは言い過ぎにしても結構なレアケースであることは間違いなく、多くのコンテンツはすり減って賞味期限を過ぎていく。作者が生きてようが、鬼籍に入ろうがお構いなしで。私が若い世代にお勧めしたい本の筆頭に挙げる犬養道子の著作のほとんどが入手困難という口惜しい現実はどうだ。

彼の作品の中では、タテゴトアザラシ・アメリカマナティ・ホタルは永く遺っていくのではないかと思っている。それは、撮れなくなっているからだ。アザラシが子育てをする流氷は年々薄くなり、ヘリコプターの着氷に耐えられなくなりつつある。マナティは保護の観点から禁止事項が多くなり、以前のような幻想的な場面の撮影は困難だ。ホタルについても、既に災害や開発で撮影の当時から、姿を変えてしまった生息地がある。だから、守っていくし、忘れられないように働く。

だけど、今でも撮影可能な被写体については、新しく撮られた写真が評価される環境であって欲しい。

まあ、こんなこと言うと、ときとして嫌な顔されるんだけど。ごめんよ、期待通りの甘口のファンタジーにお付き合いできなくて。

その三種の生物については、小原玲の子どもであれば、是非、現場で見ておいて欲しい。それを見せるのが、私の責務だとも思っていたので、果たすことができて安堵してもいるのだ。だが、どの生き物も楽に行ける場所にはいない。

「あけみちゃん、子ども達、連れてきてよ」

写真家が気軽に口にするほど、簡単な仕事ではないのだ。

小原玲写真集『アザラシの赤ちゃん』(講談社ビーシー/講談社)より

親子のマナティを独り占め

マナティはフロリダの川で撮影する。海では個体を探すのは一苦労だが、大きく入り組んだ川を行き来しているときには、特定の場所で張り込んでいれば、そこを通りかかるのだ。寒さに弱いので、冬場には一定の温度で湧き出す泉のある川に来るという。だから、撮影時期は冬と決まっていた。冬でも半袖で大丈夫な地域なので、水に潜ることにも抵抗はない。

以前にも触れた通り、小原は父親としては頑固というか、絵に描いたようなくそ親父だった。長男が中学一年の年、父と息子の関係は最高に拗れまくって(と、当時は思っていた。その後、もっと拗れるとは知らず)、どうにかしたいと考えた夫が行き着いたのが、

「冬休みにマナティ見に行かない? ついでにディズニーワールドにも行こう」

それは魅力的な提案だが、結構な出費でもある。

「ボーナスあるじゃん?」

そうなのだ。私は、この年にようやく非常勤暮らしに見切りをつけて、専任の大学教員になったのである。だから夏冬ボーナスが出る。ちなみに、夏のボーナスは中古のエスティマを買うのに使った。これが、小原の最後の相棒になって、日本中を走り回った。

大きな出費ではあるが、また働けばいい。今を逃せば、小原の子どもをマナティに会わせるタイミングはいつ来るかわからない。何より長男は真斗(まなと)、マナティに因んで写真から文字をとって命名された子だったから、会わせないわけにはいかないのだ。終業式の翌日から一週間、アメリカに行くことにしたが、インターネットで現地の天気予報をチェックして、私は彼に訊いた。

「フロリダって、こんなに寒かったですか?」

「うん。やばいね。何しろ、真斗だからなあ」

長男は異常気象を呼ぶ子どもだった。アザラシの取材場所であるセントローレンス湾・マドレーヌ島に初めて流氷が来なかったのは、彼が生まれた年である。流氷がない、なんて状況は想像もしてなかったから、平常運転で親子三人で現地入りしたが、赤子をアザラシの赤ちゃんと遊ばせるどころの話ではなく、普通にアザラシウォッチングができなかった。長男には、海水温が高くなる現象の「エルニーニョ」と渾名がついた。早々に島を後にして、帰国便を待つ間、カナダ観光をしたが、ここでもナイアガラで濃霧に遭い、音はするけど滝は見えない、という事態になった。

結果、フロリダは私達が滞在した一週間のみの大寒波となる。農業における甚大な被害が新聞の一面に取り上げられるほどだ。ディズニーワールドで買った風船は寒過ぎて萎み、早朝に船を出そうとしたら、川面から露天風呂のように湯気が立ち上る気温である。家族全員ウェットスーツでシュノーケリングしようという予定は変更した。念のために日本から持って行った二着のドライスーツを夫と長男が着て潜り、私達は船上から見ている。当時七歳の長女は不満そうにしていたが、マナティ、特に子どもは船の艫綱(ともづな)が好きで、停泊していると向こうから寄って来る。哺乳類で肺呼吸をするから、水面にも上がってくる。船から手を伸ばせば触ることもできるのだ。遊んでもらっているうちに、機嫌が良くなった。

「マナティ」小原玲(動物写真家)のブログより

観光客で一杯の背が立つスポットでしばらく慣らしてから、小原とっておきの深い場所に移動する。折好(おりよ)く、ここで親子のマナティに会えたので、長男は彼らを独り占めして、二時間ほど夢中で戯れていた。どれくらい夢中だったかというと、途中、小原がカメラの不具合で何度も舟に戻ったことに気づかなかったほどである。

ここで、長男は自分の命名理由を朧げながら把握できたと言った。

最後のアザラシ取材で撮った写真

長女の方は、タテゴトアザラシである。琴子という。彼女が一歳のとき、家族全員でマドレーヌ島に行った。それきり、子ども達はアザラシに会っていない。兄達には幼少期の記憶があるが、娘は写真でしかアザラシを知らない。シマエナガよりエゾモモンガより、タテゴトアザラシの赤ちゃんこそが、一番可愛い生き物だと思っている彼女には、いつか本物に会わせてあげたいと思い続けてきたのだが、小学六年生のときに計画を立てたら、その年は流氷がなかった。高校一年の三月、本人の同意も得て、父親と二人のカナダ旅行が実現した。私達は本来、学校を休ませて、どこかに連れて行くことを是としていなかった。だが、アザラシだけは別格で。お前達のスタンダードはどこにあるのだと言われたら、小原玲の子だから行かなければいけないのだと、答えにならない答えを返すのみである。

それが小原玲の最後のアザラシ取材になった。死ぬ間際まで、あのとき、琴子と二人の旅ができて良かったと繰り返した。氷上でアザラシと向き合って、涙をぽろぽろと零した娘の写真が送られてきた。

小原玲さん

彼女は最小限の欠席で学年末試験に臨む予定だったのだが、カナダ滞在中にコロナによる一斉休校が決まった。幸か不幸か現地の天候も荒れて飛行機は飛ばず、彼女は心置きなく滞在を延ばして、現地の友達との時間を楽しんだ。

それが、友達と遊びたいのに、日本からきたお客様(彼女にとっては、面識のない大人)に会わせたいとか、工場や博物館の見学に行こうとか誘いに来る父とのバトルを招いたりもしたのだが。

「せっかく島にいるんだから、いろいろ見とかないと損じゃないか」
という夫のLINEには、
「あの年頃の女の子には、友達との時間が一番大切なんですよ。島の子だと、今度いつ会えるかわからないし」
と子どもに言うように言い聞かせた。

それに彼女はきっと目に焼き付けている。写真を撮る父の背中を。

その昔、二人きりの取材で私がそうしてきたように。

長男はマナティから、長女はタテゴトアザラシから、次男は……

大切な被写体の名前をつけた長男と長女の話をしたが、じゃあ次男はと言うと。

彼の愛した被写体の住む場所を。

海斗、と言います。

小原玲(おはら・れい)
1961年、東京生まれ。茨城大学人文学部卒。写真週刊誌『フライデー』専属カメラマンを経て、フリーランスの報道写真家として国内外で活動。1989年の中国・天安門事件の写真は米グラフ誌『ライフ』に掲載され、「ザ・ベスト・オブ・ライフ」に選ばれた。1990年、アザラシの赤ちゃんをカナダで撮影したことを契機に動物写真家に転身。以後、マナティ、プレーリードッグ、シマエナガ、エゾモモンガなどを撮影。テレビ・雑誌・講演会のほかYouTubeに「アザラシの赤ちゃんch」を立ち上げるなど様々な分野で活躍した。写真集に『シマエナガちゃん』『もっとシマエナガちゃん』『ひなエナガちゃん』『アザラシの赤ちゃん』(いずれも講談社ビーシー/講談社)など。2021年11月17日、死去。享年60。

堀田あけみ(ほった・あけみ)
作家、椙山女学園大学国際コミュニケーション学部教授。1964年、愛知県生まれ。名古屋大学大学院教育学研究科(後期課程)単位取得後退学。81年、高校2年の時に小説「1980アイコ十六歳」で、第18回「文藝賞」を当時最年少の17歳で受賞。同作は映画やテレビドラマ化され、大きな話題に。以降、恋愛小説を中心に数多くの作品を発表し、若い世代の共感を集めてきた。作家活動とともに、大学で心理学の研究者の道を進み、2015年から現職。主な著書に、小説では『イノセントガール』『やさしい嘘が終わるまで』など、小説以外では『発達障害だって大丈夫 自閉症の子を育てる幸せ』『発達障害の君を信じてる 自閉症児、小学生になる』など。1995年、動物写真家の小原玲さんと結婚し、2男1女の母。

カメラマン故小原玲 メモリアル写真展「モフモフ wa カワイイ」天国からの贈り物
期間:11月24日~30日(26日と27日は休館)
会場:セレモア紀尾井町本社セミナー会場(東京都千代田区紀尾井町3-12紀尾井町ビル6階)
時間:10時~17時
入場料:無料

カメラマン故小原玲 メモリアル写真展
カメラマン故小原玲 メモリアル写真展

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シマエナガちゃんTシャツ
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