名店は、決して高級店という意味ではない。日々、驚くほどの謙虚さでひたすらに作り続け、磨き込んできた「味」がある店ゆえの、その冠。これからご紹介する3軒は、まさに珠玉。一度味わえば、人生が変わるかもしれません。 『Volo…
画像ギャラリー名店は、決して高級店という意味ではない。日々、驚くほどの謙虚さでひたすらに作り続け、磨き込んできた「味」がある店ゆえの、その冠。これからご紹介する3軒は、まさに珠玉。一度味わえば、人生が変わるかもしれません。
『Volo Cosi(ヴォーロ・コズィ)』 @千石
季節が巡るごと、また「あの味」が食べられる幸福
薄紙を重ねるような時間の先に、拓ける味。レシピの行間に生まれる深い場所。顧客たちは訪れる度、北イタリア料理店『ヴォーロ・コズィ』のテーブルで、そういうものを味わっている。
東京・白山で15周年。いや、西口大輔シェフの料理を追い続ける者に言わせれば25年だろうか。現地修業を終えた1996年から、代々木上原『ブォナ・ヴィータ』でイタリア好きを熱狂させていた西口さんが再渡伊したのは、ロンバルディア州に共同経営の店を構えたからだった。
修業で4年半、シェフになり5年のイタリア。ヴェネト州の真ダコのサラミ仕立て、ロンバルディア州の鰻のマリネ…。前菜の盛り合わせでは、彼が暮らした2州の街々と年代が、皿の上で交錯する。「この前菜はずっと作り続けていますが、内容は少しずつ変わっています」「変わる」の意味はふたつある。ひとつめは自分自身の成長。ふたつめは、同じ料理でも日々磨かれていくということだ。
ヴェネツィア風魚介の前菜の盛り合わせ
たとえばラヴィオリの中身は、ロンバルディア産のタレッジョチーズと、ポレンタである。トウモロコシの粉を水で炊くだけ、だからこそ料理人の造詣がくっきりと浮かび上がる北のソウルフード。彼のポレンタは、圧倒的にするりと軽い。「イタリアの山側は硬め、海側はやわらかめ。いずれにせよ、鍋底の焦げが1日浸け置いても取れないほど火にかけます」
ロートロは、ちりめんキャベツや赤チコリ、ベシャメルソースを卵黄たっぷりのパスタで巻く一品。この行間で堪能すべきは「一体感」である。苦い野菜を炒めた甘み、ミルキーなコク、なめらかなパスタの食感。それらを黒トリュフの香りが包むのだから高貴、まことに高貴。
早春、『ヴォーロ・コズィ』の顧客たちはそわそわし始める。ホワイトアスパラガスだ。西口さんが茹でると、まるで畑でもぎたてのみずみずしさに”還る”のだから不思議である。今回はこれを贅沢にもバターソテーと、むいた皮と根元はスフォルマート(フラン)に。特有の野性的な香りと甘苦い風味を存分に生かす副産物で、恵みのすべてを使い切る。
「料理人として、同じ料理を作り続けられるのは幸せなことです。食べ続けてくれる人がいる、ということですから」食べ手を代表して語らせてもらうと、巡る季節ごと、”いつものあの味”を楽しみにできる人生をありがとう、だ。
[住所]東京都文京区白山4-37-22
[電話]03-5319-3351
[営業時間]12時~15時(13時LO)、18時~22時(20時LO)
[休日]月、火のランチ
[交通]都営三田線千石駅A2出口から徒歩5分
『Ostu(オストゥ)』 @代々木公園
簡素な美の向こう側に、豊かな境地が広がる
何度でも惚れ惚れとしてしまう、美しく立った角。ローズマリーを挿しただけの侘び寂び感。凛、の文字が浮かぶ『オストゥ』のアニョロッティ・デル・プリンは、これ以上何も足し引きできない、完璧な工芸品のようだ。
アニョロッティ デル プリン 小さなラヴィオリ
「パスタカッターが違うんですよ」謙遜かと思いきや、宮根正人シェフは大真面目に語っていた。プリン=つまむの意を持つ、この小さなラビオリの故郷、イタリア・ピエモンテ州には専用のカッターがある。
刃が鋭利”ではなく”やや厚みを持ち、生地を潰しながら切るからぴたりと接着。すると茹で上がりが違い、「その味」になる。宮根さんは修業時代に買ったものを、2007年の『オストゥ』開店時から使い続けていた。
ここで肝心なのは「道具がいい」ことでは決してない。「違い」を感知するシックスセンスが、彼には備わっているということだ。同州で5年、うち4年をバローロ村の一つ星ただ一軒で修業した。師匠一家とファミリーになり、地元の肉、チーズ、グリッシーニの専門店でも学んで、土地に根を張り養ってきた第六感。
カルネクルーダは、本来なら牛肉を生で食べる料理。もちろんここは日本だから馬肉でチューニングしているが、ピエモンテの仕事はきっちりと施されている。タルタルとは言うものの、みじん切りではなく叩くのでもない。ましてやミンチでは決してない。
宮根さんは肉を、まず薄切りにし、千切りにし、最後にごく細かなサイコロ状に切っているのだった。「肉に粘りを出さないためです。リッチよりも、クリアな味になるように」熊本県産馬肉の、歯応えあるモモ肉。微かな脂もピンセットで抜き、赤身肉の純な旨みが冴え渡る。生の肉をして「爽やか」とさえ感じるのだからおもしろい。
ところで、ピエモンテでチョコレートといえば当然ヘーゼルナッツ入り。そしてトルタといえば、これを詰めて焼いたもの。『オストゥ』ではすべて自家製、焼きたてだ。フォークを刺すと、とろりと流れ出るチョコレート。開店初日から15年続く、濃厚な味わいには迷いがない。
「飾らない皿だからこそ、ちゃんとしないと説得力のある皿になりません。ピエモンテを掲げる以上、ピエモンテの味であることに責任があると思っています」簡素な皿には真実のみがある。だとしたら簡素とは、なんと豊かな境地だろう。
[住所]東京都渋谷区代々木5-67-6 松浦ビル1階
[電話]03-5454-8700
[営業時間]12時~14時半(13時LO)※ランチは土・日・月・祝のみ、18時~23時(21時LO)
[休日]水・木
[交通]地下鉄千代田線代々木公園駅3番出口から徒歩2分、小田急線代々木八幡駅南口から徒歩3分
※掲載メニューは予約時に事前にお問い合わせを
『ROZZO SICILIA(ロッツォシチリア)』 @白金高輪
母心にも似た、優しき”くたくた”料理にほっとする
背の高い無口な中村嘉倫(よしみち)シェフが、時々マンマに見えてしまう。目をこする。だけど確かに口は母の優しさに包まれているのだ。しみじみと、じんわりと。『ロッツォシチリア』はクロスのかからない、気さくなトラットリアである。つまみや前菜は何品でもどうぞ。パスタは〆でもいいし、食べなくてもいい。
実際、前菜が豊富だ。ホコホコとしたひよこ豆のパネッレ。シチリア料理の定番、オリーブ・ケッパー・オレガノ入りの濃厚なトマトソースをかけた、ゆで卵。一見朴訥(ぼくとつ)な面構えながら、シチリア州パレルモに軸足を置いた料理は、この店の輝く厨房のように磨き込まれている。
茄子のカポナータなど焦げ茶の山で、初めての人は「パプリカ入れないの?」なんて目をしてシェフを見る。カポナータは南イタリアで広く作られるが、彼が修業したパレルモでは茄子オンリー。
皮が焦げるまでギリギリ攻めた素揚げをし、シチリアのアグロドルチェ(甘酸っぱい)なソースに馴染ませる。逆に漬け過ぎても油が分離してしまうから、営業時間帯が頃合いになるよう、中村さんは逆算して揚げるのだ。2011年のオープン時から変わらない、変えたくない作り方。「なぜって? そういうものだからです」
くたくたに、ドロドロに。それらはイタリア伝統料理における最高の形容詞であり、『ロッツォシチリア』に共通する食感である。豚のアロースト(蒸し焼き)だってそう。塊のまま低温でじわじわ火を入れ、一滴の旨みも逃すまじと蓄えた豚肉。
山形 金華豚肩ロース カリフラワーとブロッコリーのロースト 3100円
その上に、ブロッコリーとカリフラワーのくたくたがのっかっている。まるでぶっかけご飯みたいなラフさでありながら、佇まいに品の良さを感じるのは、きっと作る人の清潔感に違いない。
ニンニクとトマトだけのパスタがある。強いニンニクを好まない中村さんが、「香り高くても舌に残らない」発芽ニンニクとフレッシュトマトを、これまたぐずぐずに煮ただけのソース。けれどこのパスタ、二日酔いの朝に食べたいほど舌も身体もいたわられている感じがするのだ。
訊けば中村さんは、パスタの茹で湯に塩をひとつまみも入れていないという。「必要ないな、と思って」「お酒が進む塩分強め」より「何度でも食べたくなる」ほうがいい。一点の曇りもない人の料理は、ほっとして懐かしくて、やっぱりマンマのそれに似ている。
[住所]東京都港区白金1-1-12 内野マンション1階
[電話]03-5447-1955
[営業時間]17時~23時(21時LO)
[休日]日・月
[交通]地下鉄南北線ほか白金高輪駅3番出口から徒歩5分
撮影/貝塚隆、取材/井川直子
※2022年6月号発売時点の情報です。
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