本誌『おとなの週末』の連載『往復書簡』でもおなじみ、タベアルキスト・マッキー牧元さんの「立ち食いそば」連載。第2回は数々の立ち食い蕎麦を食べてきたマッキーさんをして、はじめて食べた! という蕎麦について。場所は姫路の『えきそば』。どうやら、かなり衝撃を受けたご様子で。
画像ギャラリーホームの上に電車が乗っていた。
ここは姫路駅である。
姫路駅ホームにある『えきそば』は、電車の形にデザインされた、立ち食いそば屋なのであった。
これはずるい。
お腹が空いてないけど、そそられちゃうではないか。
だから吸い込まれるように入ってしまった。
「天ぷらえきそば」「きつねえきそば」といった定番に混ざって、「カレーえきそば」「とり天えきそば」「ごぼう磯辺揚げえきそば」「チーズえきそば」というオリジナルがある。
これはなかなかいいぞと、ほくそ笑んでいたら、謎に気がついた。
「天ぷら和そば」「きつね和そば」という品書きがあるではないか。
和そばとはなにか。
もともとそばは、和だろうと突っ込みたくなる。そこで店員さんに聞いてみた。
「和そばは普通のそばです。えきそばは、ラーメンの麺です」。
なんと和風出汁ツユに中華麺か。
高知・赤岡で、うどんダシに中華麺を入れた「中日」という麺料理を食べ、意外なおいしさに目を丸くしたことがあるが、そばダシに中華麺というのも良さそうだぞ。
人気は「とり天えきそば」のようで、店内にいる3人の客は、皆それを食べていた。いやとり天は想像がつく。ここはあえて「姫路たこ焼きえきそば」と、変化球でいってみよう。
そばにたこ焼きは、人生60年生きてきて、初の体験である。明石焼きは、ダシにつけて食べるので、そばツユとも相性がいいかもしれない。
しかし中華麺である。
中華麺とたこ焼き、この炭水化物同士の出会いは、想像がつかない。なんだかうれしくなってきた。
現れし「姫路たこ焼きえきそば」は、たこ焼きが3個乗り、カツオ節も入って、あとはネギという布陣である。
まずえきそばの麺をすする。
アリである。
関西風薄口醤油仕立ての昆布ダシが効いたツユを絡めながら、かんすいの香り漂う中華麺が口元に登ってくる。
なんだ中華麺は、ラーメンの油が浮いた濃厚肉系スープでなくとも、いいじゃないか。
和風ツユと中華麺には、食べたこともないのに、妙なノスタルジーがある。次にたこ焼きをちぎり、麺と合わせてみる。
これもアリである。
玉子と粉由来のほのかな甘さが中華麺を抱きしめて、旨い。途中まで食べたところで、禁断の荒技を使ってみた。
添えられたソースをかけたのである。
中華麺、和風ツユ、たこ焼き、ソースと、もうどこの国だかわからない。ソースをかけた瞬間、下品が破裂した。
下品の迫力と申しましょうか、ソースの濃厚な甘酸味がツユに溶け込んで、味にダイナミズムが生まれている。そこを中華麺が「もともと濃い味得意です」と言って通り過ぎる。
これはやられた。
我が家でもかけ蕎麦を作って、ソースをかけたたこ焼きを乗せてみたくなった。
■『えきそば』とは
「えきそば」は、姫路の弁当屋「まねき食品」が営む、老舗格の立ち食いそば屋。
「まねき食品」は、戦後の物資不足に、大掛かりな設備もなしにできるそばとうどんを販売しようとしたが、小麦粉が統制品で入手が難しく、代わりにこんにゃくとそば粉を混ぜて、販売した。
しかしその麺は、時間がたつとのびてしまうのと、腐敗が早かったため、独自で中華麺製造にのりだし、黄色い中華麺に和風ダシという品が生まれたのだという。そうして昭和24(1949)年10月19日に姫路駅ホームにて、“えきそば” と名付け立ち売りを始めたのが、このえきそばの誕生である。
取材・撮影/マッキー牧元
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