落語にもなった茗荷の“物忘れ” 「茗荷を食べると物忘れがひどくなる」という言い伝えをネタに、落語に「茗荷宿」(みょうがやど)という演目があります。語り手によって細部は異なりますが、あらすじは次のとおりです。 その昔、東海…
画像ギャラリー「おとなの週末Web」では、食に関するさまざまな話題をお届けしています。「『食』の三択コラム」では、食に関する様々な疑問に視線を向け、読者の知的好奇心に応えます。今回のテーマは「物忘れがひどくなる?という俗説のある薬味」です。
文:三井能力開発研究所・圓岡太治
大葉、山椒、茗荷ののうちどれが?
薬味とは料理に添えられる香味野菜や香辛料のことで、読んで字のごとく「薬効」と「風味」を加えてくれます。多くは漢方で生薬として用いられるもので、抗菌作用や抗酸化作用、整腸作用、食欲増進作用、生ものの臭みを消す働きなど、さまざまな効能があります。このように、多くが良い作用を及ぼす薬味の中にあって、「食べると物忘れがひどくなる」という、あまり有難くない俗説のあるものがあります。それは次のうちどれでしょうか。
(1)大葉(おおば)
(2)山椒(さんしょう)
(3)茗荷(みょうが)
お釈迦様の弟子のエピソード
答えは、(3)の「茗荷」(みょうが)です。
「茗荷を食べると物忘れがひどくなる」という言い伝えには科学的根拠はありません。それどころか、茗荷に含まれる香気成分である「アルファピネン」は、発汗を促し、食欲も増進させるといわれ、むしろ脳を活性化させる働きがあるようです。
それでは、どうして「物忘れがひどくなる」という言い伝えが広まったのでしょうか。その由来の一つとして、次のような説があります。
お釈迦様の弟子であった周利槃特(しゅりはんどく)は、自分の名前すら忘れてしまうほど物覚えが悪い人でした。そのため名前を書いた木札を背中に荷(にな)い、名前を聞かれると背中を指さして教えていました。自分の愚かさを嘆き悲しむ周利槃特に、お釈迦様は「塵(ちり)を払い、垢(あか)を除く」という言葉と掃除を与えました。
周利槃特は、毎日その言葉を唱えながら掃除をし続けました。そしてついに、落とすべき塵・垢とは心の汚れだと悟り、すべての煩悩を滅し、阿羅漢果(あらかんか:修行者の最高位)を得たと言います。周利槃特の死後、お墓から見たこともない草が生えてきました。自分の名を背負いながら掃除をし続けた周利槃特にちなみ、その草を『名を荷う』という意味で「茗荷」と呼ぶようになったそうです。茗荷を食べると物忘れがひどくなるという言い伝えは、この周利槃特の逸話から来ていると言われます。
落語にもなった茗荷の“物忘れ”
「茗荷を食べると物忘れがひどくなる」という言い伝えをネタに、落語に「茗荷宿」(みょうがやど)という演目があります。語り手によって細部は異なりますが、あらすじは次のとおりです。
その昔、東海道に「茗荷屋」という宿屋がありました。宿場のはずれにある上に、宿屋を営む夫婦は客扱いも悪く、いつも閑古鳥が鳴いているありさまでした。ところがある日、一人の商人(あきんど)が泊めて欲しいとやってきます。
商人は帳場に財布を預けますが、集金をして回った帰りで二百両は入っているといいます。おどろく亭主。客を風呂場に案内すると、すぐに女房に二百両の入った財布を預かったことを伝えます。女房もおどろき、一計を案じます。食べると物忘れするという茗荷をたくさん食べさせれば、財布を預けたことを忘れるのではないか、と。裏の畑でとれた茗荷を使って、客が風呂からあがると、茗荷の酢味噌和え、茗荷を添えた焼き魚、茗荷ご飯、…と、茗荷尽くしの食事を出します。夜が明けると、今度は朝ごはんに茗荷の味噌汁、茗荷の漬け物…と、これまた茗荷尽くし。朝食を食べ終わると、商人は財布を預けたまま宿を発ちました。
うまくいったと喜ぶ夫婦。ところがしばらくすると、「預けた財布を忘れた」と戻って来ました。亭主は財布を渡さぬわけにはいかず、商人は財布を受け取るとまたすぐに立ち去りました。「あれだけ茗荷を食べさせても効かないもんやな」と落胆する女房に対し、亭主は「いや、ちゃんと効いてるで」。何か忘れて行ったものがあるかとたずねる女房に亭主は言いました。「宿賃を払うのを忘れて行った」。
茗荷はその昔中国でも食べられていたそうですが、現在では頻繁に食卓に上るのは日本ぐらいだと言われています。あまり目立たない食材ですが、面白いエピソードがまつわっているのは意外ですね。
(参考)
[1] 食卓を彩る香辛野菜&つまものの魅力(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2108/spe1_03.html
[2] 周利槃特~茗荷に隠された逸話~(奈良薬師寺公式サイト)
https://www.yakushiji.or.jp/column/20211018/