香の燃え進みで時間の経過がわかる「時香盤」 「時香盤(じこうばん)」は、香時計の一種で、四角い箱に灰を敷きつめ、その上に木型で”迷路の道”のような溝を作り、抹香(粉末の香)を盛ります。抹香の端から火をつけ、燃え進んだ長さ…
画像ギャラリーペパーミントやローズなど、お香は、癒しやモチベーションを高めるアイテムとして近年、若者に注目されています。でも、その歴史は、あまり知られていないのではないでしょうか。お香の文化を1000年以上にわたり紐解いた解説書『香が語る日本文化史 香千秋(こうせんしゅう)』(松栄堂)は、歴史上の人物とお香の関係性や、”お香通”に慣れそうな豆知識が満載。英訳付きなので、訪日外国人が日本文化を知る入門書としても最適な1冊です。
京都で300年以上続く香老舗12代目・畑正高さん監修
本書は、京都で宝永2(1705)年ごろから続く香老舗(こうろうほ)『松栄堂(しょうえいどう)』12代目の畑正高(はた・まさたか)さんが監修して初心者にもわかりやすいと好評を博した『香千載(こうせんざい)』(2001年刊行)を増補改訂し、タイトルも改めて2023年2月に出版されたものです。
仏教伝来とともに日本に伝えられ、仏のための供香から始まったお香が、もてなしや身だしなみの小道具として活用され、芸道として発展してきた歴史を通覧できます。お香が切り口となっているので、歴史上の人物との関わりや、歌舞伎の演目といった意外な視点に目を向けた資料もあり、好奇心をくすぐられます。
「千鳥の香炉」は実在する
中でも興味深いのは、石川五右衛門が釜茹での刑に処された原因に、香を焚くための器が関係していたとされるエピソードです。
1500~1600年代を紹介した章には、千利休によって「侘茶(わびちゃ)」が大成するころ、香も一定の決まりごとが整い始め、芸道として確立していくとあります。そして、香と茶が、織田信長ら武将の教養と嗜みとして、重要な意味を持ったと記されています。
「千鳥の香炉」は、茶人の武野紹鴎(たけの・じょうおう)や千利休、豊臣秀吉、最後に徳川家に伝わったという大変貴重な青磁(せいじ)の香炉です。香炉についている3つの足が、浮いて見えることから千鳥が片足を上げるしぐさに例えて「千鳥形」と呼ばれています。蓋の千鳥のつまみ部分は、室町時代の優れた装剣金工家・後藤祐乗(ごとう・ゆうじょう)が作ったと伝えられています。
この香炉には、こんな伝説もあります。天下の大泥棒として有名な石川五右衛門が、豊臣秀吉の寝所に忍び込み、香炉を盗もうとしたそのとき、蓋についた千鳥が鳴き、捕まってしまったという一説。うたた寝する番人の足を踏んでしまったから捕まったという説もあるようですが、歴史上の人物と愛用品、香との関連性に興味を引かれます。
茶と香が芸道となっていく時代に、茶人から武将へと渡った「千鳥の香炉」は現在、徳川美術館(名古屋市)に所蔵されています。
『源氏物語』に出てくる香のお話
平安時代の貴族は、「薫物合(たきものあわせ)」という各自が配合した薫物(香)を持ち寄り、それを焚いて香りと銘の趣を競う遊びをしていたといいます。
現代にも通じるような夫婦の挿話に、お香が登場します。それは、紫式部の『源氏物語』の梅枝(うめがえ)。光源氏が、娘の成人の儀式のために、六条院の女君などに薫物の調合を依頼し、自らも薫物づくりに励んだそうです。光源氏の薫物は、「女性だけに伝えなさい」とされてきた”秘密のレシピ”だったため、妻の紫の上が「どうして夫がそんなことを知ってるのでしょう?」と、猜疑心(さいぎしん)を強めます。
『源氏物語』の真木柱(まきばしら)では、髭黒大将が、別の女性に逢いに出かけるとき、「火取母(ひとりも)」(香を薫く火鉢のようなもの)を、夫人に投げつけられるという話もでてきます。
関連する絵も添えられており、仏の供香として使われていたお香が貴族の豊かな暮らしを象徴するもののひとつとして、変化していく様子がうかがえます。
特定の香りから、それにまつわる記憶や感情がよみがえる現象を「プルースト効果」と呼びます。本には、花の香りに昔親しかったひとを思い出す和歌なども出てきます。”香り”に特別な思いを寄せてきた先人たちを想像させる記述です。
香の燃え進みで時間の経過がわかる「時香盤」
「時香盤(じこうばん)」は、香時計の一種で、四角い箱に灰を敷きつめ、その上に木型で”迷路の道”のような溝を作り、抹香(粉末の香)を盛ります。抹香の端から火をつけ、燃え進んだ長さによって時間の経過がわかります。
時香盤について調べてみると、使う抹香は、位置によって香りを変えて、匂いでも経過をわかるようにしていたとか。火が達した時に鈴を吊っていた糸が切れる仕組みにして、落ちた時の音色で、今でいう”アラーム”の機能を持たせた使われ方もあったようです。
「源氏香」は、香り当て競技のような遊び「組香(くみこう)」のひとつとして親しまれました。香りの答えは、「源氏香図」という独特の図柄で表現されます。その図柄の判子「源氏香図 判子二種」の写真なども載っています。
現代の香にはラベンダーやペパーミントも
江戸時代から続く松栄堂は、生薬にも使われる桂皮(けいひ)や、そのものが芳香を放つ香木など、貴重な天然香料を主な原料に使用し、熟練した職人の技、研ぎ澄まされた精神と感覚で、最良の香りを作り上げています。
香りの種類は、仏さまに供える伝統的なもの以外に、樹々の若葉を思わせる香りやラベンダーなど、リフレッシュできそうなものまで幅広くあります。
実際に、くつろぎの香り「Xiang Do(シァン ドゥ)ペパーミント」と、高級料亭などで使われているという「芳輪 白川」で、初めてお香を焚いてみました。二つとも『松栄堂』ウェブショップで 購入。7cm長さ・20本入りで880円でした。
ペパーミントは、いわゆるお線香のような香りが全面に出る感じではなく、爽やかなミントと花の蜜の甘さが合わさったようなサラッと涼しげな軽やかさ。
白川は、白檀(びゃくだん)”別名サンダルウッド”と呼ばれる、最もポピュラーな香木の香りです。とても馴染みやすく、上品で洗練された残り香が、すっきりしています。
本書は、お香に使われる素材などの情報が、豊富なカラー写真とともに得られるのが大きな魅力。初心者にも、とてもわかりやすい構成です。実際に香を焚き、好きな香りに包まれながら本書を紐解けば、香を軸にした日本文化への理解がさらに進みそうです。
文/大島あずさ
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