根無し草になるな、漂うばかりで終わってしまう 吸収力を高めるにはどうすればよいのでしょうか。それはこのコラムのテーマである「独学力」を高めることとも通じますが、まず大事なことは、一つ所にとどまって深く広く根を張り、そこか…
画像ギャラリー「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第7回では、やってはいけない「渡り鳥学習法」を考察します。
編入先の学校で、下位クラスに……
「渡り鳥」と呼ばれた政治家で大事を成した人物は記憶にありません。分野はまったく異なりますが、大成しないという点では勉強においても同様です。その根底には、共通する問題点があるように思われます。
「品格」や「格差社会」「脳トレ」といった言葉が流行した年のことです。家庭の事情で、首都圏からとある地方都市へ引っ越した中学3年生の男子生徒F君。引っ越す前は首都圏の私立中高一貫校に通っていましたが、編入試験を受け、引っ越し先の中高一貫校、K校への編入が例外的に許可されたそうです。
塾にはF君と同じ学校の同級生もいましたが、中高一貫校に転校生が入って来るというのは珍しく、また都会と地方のカラーの差などもあり、F君は学校で少し浮いた存在だったようです。
そのような状況の中、F君の成績は振るわず、成績によるクラス替えのあったK校で、下位クラスに甘んじていました。転校前の学校は全国的にも名の知られた伝統校だっただけに、否が応でも周囲から関心を持たれていたF君は、さぞ辛い思いをしていたことでしょう。私はなんとかF君の成績を上げて、心の重荷を軽くしてあげたいと思っていました。
F君は都会にいただけあって、情報には敏感で、評判の参考書や問題集のことを良く知っていました。成績を上げたいとの焦りから、F君は、このような問題集はどうかと私に相談してくることが何度かありました。しかし、いつも私はその提案を却下するのでした。
「いま、ここ」に定住できない渡り鳥
学校ではみな同じ教材、同じカリキュラムで勉強するのに、なぜ学力に大きな差が生じるのでしょうか。もちろん能力の差が存在するのは否定できませんが、それ以上に、勉強量も含めて勉強のやり方の差が大きいからです。それはすなわち同じ教材からどれだけ力をつけられるかという「吸収力」の差とも言えます。
勉強は、ある程度のレベルまでは、やるべきことにそれほど変わりはありません。その段階であれば、より良い教材を探すよりも、「どのように勉強をするか」のほうが大事です。ところが、もっと良い教材はないか、もっと良い塾はないかと探し回る人がいます。F君にもそのきらいがありました。勉強で結果が出るまでには努力を要するのが普通ですが、結果が出ない原因を、「自分」にではなく「教材」や「環境」に置く人は、結果が出るまでの努力を続けることなく、別の教材や環境へと移ってしまいます。
しかし、吸収力のなさは是正されていないために、移った後も同じことが繰り返されます。こうして、結果が出ないから次へ移る、次へ移るから結果が出ない、の悪循環が生じることとなります。
根無し草になるな、漂うばかりで終わってしまう
吸収力を高めるにはどうすればよいのでしょうか。それはこのコラムのテーマである「独学力」を高めることとも通じますが、まず大事なことは、一つ所にとどまって深く広く根を張り、そこから多くのことを吸収することです。つまり、一つの教材に定めて、それを徹底的にやり込んで、その教材の内容を深く理解し、あらゆることを吸収しつくすことです。
根を張らない根無し草では、ただ漂うばかりで終わってしまいます。たとえば数学の問題集であれば、「問題を解いて答え合わせをし、間違っていたら解答を覚える」というだけの勉強でしたら、吸収することの少ない「根無し草学習法」です。
多くの問題集では、“ヒント”や“考え方のポイント”が書いてあります。そういう部分もくまなく読み取り吸収します。それは思考回路を形成する重要な部分です。解答からは、単に表面的なことだけでなく、目に見えない行間を読み取ります。つまり、なぜその発想が出たのか、どのような思考過程を経てその解答表現になったのか、何が省かれているか、それはなぜか、どのような計算の工夫がされているか、など、解答の行間や裏側にあるさまざまな発想・思考・工夫を読み取るのです。
「止まり木」を見つける
正解だった問題でも、別解があれば必ずその方法でも解き直し、使えるようにします。一つの問題でもさまざまな視点からとらえ、いくつもの解答が思い浮かぶことが数学力アップになるのです。こうした取り組みの差が、吸収力の差、ひいては学力の差につながります。
このように一つの教材を徹底的にやり込み、少なくとも2周、出来れば3周以上繰り返していくと、次第にその教材に愛着が湧いてきます。大事なところに線を引く。大事なことを書き込む。何度も繰り返す。いつも持ち歩き、暇があれば開く。何度もページをめくると、紙がペラペラになり、一方テキスト自体は膨らんで分厚くなる。それぐらいになるまで徹底的にやりこむことです。そうすれば自然と愛着が湧き、その教材を手にすると心が落ち着くようになります。そしてその内容が頭に焼き付くようになります。
教材を渡り歩く習性のある人も、ここまで一つの教材をやり込んで、その教材に惚れこんだときには、いつしかその教材は、落ち着いて羽を休めることのできる「止まり木」となっているはずです。
転校生の結末
学校で与えられた教材に徹底的に取り組むうちに、次第に結果が出だしたF君。表情も明るくなり、愚痴を言い合える仲の良い友達も出来ました。高校に上がるときには上位クラスに入り、順調に高校生活を終えることが出来ました。そして一浪はしたものの、私立大医学部へと進学することができました。
【トレーニング受験理論とは】
一流アスリートには常に優秀なトレーナーが寄り添います。近年はトレーニング理論が発達し、プロアスリートやオリンピック・メダリストはプロトレーナーから的確な指導を受けるのが常識。理論的背景のない我流のトレーニングでは、厳しい競技の世界で勝ち抜けないからです。自学自習が勉強時間の大半を占める受験も同様です。自学自習のやり方で学力に大きな差が出るのに、ほとんどが生徒自身に任されて我流で行われているのが実情です。トレーナーのように受験生の“伴走者”となり、適切な助言を与えながら、自学自習の力=独学力を高めていく学習法です。
圓岡太治(まるおか・たいじ)
三井能力開発研究所代表取締役。鹿児島県生まれ。小学5年の夏休みに塾に入り、周囲に流される形で中学受験。「今が一番脳が発達する時期だから、今のうちに勉強しておけよ!」という先生の言葉に踊らされ、毎晩夜中の2時、3時まで猛勉強。視力が1.5から0.8に急低下するのに反比例して成績は上昇。私立中高一貫校のラ・サール学園に入学、東京大学理科I類に現役合格。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大学在学中にアルバイト先の塾長が、成績不振の生徒たちの成績を驚異的に伸ばし、医学部や東大などの難関校に合格させるのを目の当たりにし、将来教育事業を行うことを志す。大学院修了後、シンクタンク勤務を経て独立。個別指導塾を設立し、小中高生の学習指導を開始。落ちこぼれから難関校受験生まで、指導歴20年以上。「どこよりも結果を出す」をモットーに、成績不振の生徒の成績を短期間で上げることに情熱を燃やし、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて難関大学に現役合格した実話「ビリギャル」並みの成果を連発。小中高生を勉強の苦しみから解放すべく、従来にない切り口での学習法教授に奮闘中。