歴史グルメ・エッセイ「美食・大食家びっくり事典」

閨房料理の大家がたどり着いた最も強精に効果的な食材とは?

ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧…

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ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第19話をお送りします。

強精食材の大家は伝染病研究が本業の博士

金婚式にこれを食べて、結婚式と錯覚するほどの効果。70爺の下半身がよじれるほどの特効薬とは、どんな食べ物?

瘦せた鶏や女から、一体どんなスープがとれると思うね? ――カサノヴァ――

「強くなりたい。ほどよい強さに強くなりたい」

中年男の苦悩を金言に残したパスツール研究所のド・ポミアーヌ博士は、亡くなる1964年まで、フランスでも指折りの食通として知られた人である。

博士は本業の伝染病研究とは別に、閨房料理の大家としても聞こえていたが、これはご本人にいわせると〈媚的な料理〉〈愛の食事〉と呼ぶのだそうである。博士は即効性のある食べものとして、あみがさ茸、トリュフ、鳥の卵、魚卵、にんにく、生のケパー(ピクルスの材料となる低木のつぼみ)、アボガドの実、こしょうをあげている。

鳥の卵の中で媚薬の働きがいちばん鈍いのが鶏卵、反対に即発効果があるのが千鳥の卵だそうだ。あひるも悪くないという。

博士は金婚式を迎えた友人に、産んでからぴったり48時間たった千鳥の卵を2個プレゼントしたことがある。

その友人は午後7時に2個の生卵を吞んでからパーティに臨んだが、3時間後の午後10時、博士のところにきて、耳もとでこう囁いたそうだ。

「わしは一体どうなっちまったんだろう。金婚式と結婚式のけじめがさっぽりつかなくなってきおった」

金婚式の主役が、鼻息を荒くしてこういったというのである。とくにフランスでもオレロン島、レー島に棲息する千鳥の卵がスゴイのだそうだ。

「肝心の花火さえくっついてりゃ、間違いなく導火線に火がつけられるシロモノだ」

博士はこう断言するのである。

千鳥の卵を一方の雄とすると、もう片方は魚卵。タラコ、筋子でも悪くはないが、上質のキャビアが一番だという。たしかに魚卵には精液を作る酵素の一つ、フォスファターゼが含まれているから、この説は科学的である。

ジャングルの奥深くに自生する謎の調味料

博士のおすすめ料理を要約すると、中にキャビアをくるんだ千鳥の卵のオムレツ、ということになる。

そして、この上になお念には念を入れて、熱帯の摩訶不思議な調味料をパラパラとふりかければ、その瞬発的な効き目たるや、ゆり椅子で鼻水たらして昼寝にふける枯れすすきみたいな老妻にとびかかるほどだというから、恐れ入る。

摩訶不思議な調味料の正体とは、西インド諸島のジャングルの奥深く、巨木の幹に寄生繁茂する〔バレバラス〕という名の、まるで悪事が露見した密告者みたいな名のこしょう科の木があって、その実を乾燥させて粉末にしたものだという。

味はこしょうのようにピリッとするだけで、とりたてて見事な芳香を放つというものでもないが、ひとたび腹中に収められると、相手かまわず手荒いイタズラをはじめるらしいのだ。

こやつは膀胱に到達したころから本領を発揮して、内壁をチクチク、ムズムズ、刺したりくすぐったり、排尿時にはこれを尿道でやるから、まるで水虫が皮膚の裏側にできたようなもので、くすぐったいやらムズ痒いやら、老若男女を問わず身体の内側がよじれる思いに頰が上気して、思わず知らず、口の端から熱く熟れた吐息をポッともらしてしまうらしいのだ。

博士の臨床実験によると、これのひと振りで1時間後ぐらいから顕著な効果が現われ、回春の兆しは半日も持続するというから、深くお悩みの向きは西インド諸島のジャングルまで足を伸ばしてみるだけの値打ちがあると思うのだが。

(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)

『美食・大食家びっくり事典』夏坂健(講談社)

夏坂健

1936(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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