夏坂健の読むゴルフ「ナイス・ボギー」

1億年をタイムスリップ!? スコットランドの砂丘に広がる「幻のゴルフコース」

今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。…

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今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。

夏坂健の読むゴルフ その26 「われ、『幻のコース』を見たり!」

砂丘地帯のコースを片っ端から歩くという夢

ウェールズ、スコットランドも含めて、世界探検史の大半はイギリス人が主役である。

何しろ彼らは粗食に平然、悪い環境にも我慢強く、七つの海狭しと暴れ回った先祖伝来の血と相俟って、心身の極限に挑戦することでプライドに磨きをかけようと考える連中である。

「精神が気高い民族は、何があっても滅びない!」

宰相チャーチルの予言通り、いまのイギリスはいつ倒れても不思議ない状態だが、それでいて凛としていられるのも精神の貴族性あってのことだろう。当然、ゴルフにしても「挑戦」が重要なテーマに据えられる。強風、烈風なんのその、

「思うに初期のゴルファー諸君は、自然との苛酷な戦いを愛した船乗りだったに違いない」

設計家のロバート・ハンターは、名著『The Links』の中でこう述べているが、確かに強い海風をさえぎる一本の木さえ見当たらない畳々のリンクスを歩いていると、荒波に揉まれる小舟さながら、つくづくゴルフがマゾのゲームだと思い知らされる。

さて、かねてから私にはひそかな念願があった。スコットランドの北部アバディーンが出発点、海岸線に沿って連なる砂丘地帯のコースを、片っ端から歩いてみるのが夢だった。

「食えるうちに食え、歩けるうちに行け、立つうちにやれ!」

ある日、ゴルフの大先輩から貴重な訓示をいただいて、その気になった。

ロンドンからアバディーンに飛んでレンタカーを借りると、まずはロイヤル・アバディーンが皮切り、次に1888年設立のニューバラ・オン・アイサンのラフに打ちのめされ、民宿の世話になりながら、ドラキュラ城が遠望されるクルーデン・ベイにも侵入した。

ご存知の通り、ドラキュラは東欧の実在の人物をモデルにした小説の主人公だが、その作者が滞在したことでスコットランドにも別宅が誕生し、古城めぐりの目玉商品と化している。

海岸に沿って走るA92号線は、やがてA98号線に吸収されてインバーネス方向に至るが、道々、小さな町があれば必ずコースがある。ロイヤル・ダフハウスに立ち寄ってみると、そこはオーガスタの設計で知られるアリスター・マッケンジーが、母国で作った最後のコースと判明。猛烈な2段、3段グリーンには開いた口が塞がらなかった。

カレン、モレー、ネイアンと、手曳きカートに7本のクラブを積んで黙々と球を打ち続ける旅は、リンクス街道の巡礼者そのもの。

ショットのたびに老骨がきしみ、筋肉はとうに疲労の限界を越えて、インドメタシン(筋肉の鎮痛・消炎剤)の風呂にでも入りたいと願うまでにヨレ果てたが、しかし、旅の最後に待ち受ける「幻のコース」に思いを馳せると、重い足も希望の一歩に感じられてならなかった。

その後、エディンバラに立ち寄ってノース・バーウィック、ガランと回り、名勝地ロックローモンドの湖畔に絵のようなリゾートコースを発見! 

思わずグラッときたが、今回はリンクスの旅。むずかる足をなだめながらグラスゴーを一気に北上、グランピアン山地の手前から、いよいよスコットランドの西端に位置するキンタイア半島へと車を走らせた。

3番ホール第2打地点、別次元に迷い込んだと錯覚する

1870年ごろ、半島の先端にあるキャンベルタウンの有力者が集まって、わが町にもコースを造ろうと決議する。エディンバラに派遣された3人の使者は、当時早くも全英オープンに4勝していたオールド・トム・モリスに白羽の矢を立て、設計を依頼する。

「そこは砂丘かね?」

「これ以上望むべくもない砂丘です」

「よろしい。1ヵ月ほど滞在することになるので、宿を頼む」

エディンバラから馬車で3日間、彼はキャンベルタウンにやってくると、翌朝には数キロ離れた「マクリハニシュ」(Machrihanish)の海岸に立って、早くも徘徊が始まった。古い記録によると、コース近くの館に泊まった彼は寝食忘れてスケッチに耽ること20日間、ついに比類なきリンクスコースのデッサンが完成する。

「1番では、いきなり左側に広がる大西洋を越えて、己れの飛距離と相談しながら右に横たわるフェアウェイを確保しなければならない。海越えから逃げる臆病者には、右側随所に深いバンカーと苛酷なラフを用意しよう」

彼は、キャンベルタウンの有力者たちに図面を広げて説明した。

「この地の起伏は秀逸の一語、私にも球の転がりが予測できない。しかし、これこそ神からの贈り物である。手心を加えたのはティグラウンドと、グリーンの入口部分だけ。ここでプレーする者は、ゴルフがアンジュレーションと戯れる知的なゲームだったことを、改めて思い知るに違いない」

1876年の初夏、バック・ティから6228ヤード、フロント・ティから5960ヤード、パー70のザ・マクリハニシュ・ゴルフクラブが発足する。

この地から立ち去るとき、トム・モリスはこのように言い残していった。

「3番ホールの第2打地点から、皆さんは別次元に迷い込んだと錯覚するだろう。私でさえ、時計の針が止まった空間と遭遇して戸惑ったほどだ」

さて、夢にまで見たコースに辿り着いた私は、スパイクが宙に浮いた感じのまま1番ティに向かおうとした。と、ニック・ファルドに似たプロショップのお兄さんが呼び止める。

「あのう、ここには一つの儀式があります。バック・ティの横から大西洋に向かって、傷ボールがあったら思いきり叩いてください」

「なぜ?」

「生贄です。これでもう、1番の海越えは大丈夫!」

石頭揃いのスコットランド人にしては上出来のジョーク。そこで傷ボールを茫洋の海原に打ち放ったところ、スライスだった。やれやれ。

1番、フロント・ティから413ヤード、パー4。2番も375ヤードのパー4だが、2打目では川を越えてグリーンまで大きく打ち上げるあたり、実際には400ヤードと見たほうがよろしい。1ヤードでも短いと、ボールは崖下まで戻って水中に消える仕組みである。

そして問題の3番、356ヤード、パー4のティショットは、砂丘特有のピラミッド状突起が深い草に覆われ、それが門扉のように左右に分かれて立つ中間に向かって放たねばならない。門の彼方には、一体何が待ち受けているのだろう。期待に胸弾ませて入口から下を見た瞬間、思わず声をあげた。

奇っ怪なディユーンの稜線に遮られて海は見えないが、絶えず地底から波の音が響き、長い草が見渡す限り渦巻く荒涼の盆地一面、太古のままの姿をとどめている。まるで1億年もタイムスリップしたような風景の中に、朱色も鮮やか、ピンフラッグがはためいていた。

各グリーンは完璧に整備され、途方に暮れるほどの起伏に満ちて4パットを誘うが、さらにスリリングなのがティショットの落とし場所。わずかな面積にミクロの狙いをつけてみろと、全ホールが唆す。

トム・モリスが仕掛けた迷路に蹂躙され、ようやく地底から這い出た私は、懲りもせず再び異次元の恍惚を求めて1番ティに引き返した。初夏の陽は長い。日没まで、まだ8時間もあるぜ。

『ナイス・ボギー』 (講談社文庫) Kindle版

夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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