音楽の達人“秘話”

日本のフォークの王道「神田川」 時代が変わっても人の「恋心」は変わらない

南こうせつ、かぐや姫の名盤の数々

国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」のシンガー・ソングライター、南こ…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」のシンガー・ソングライター、南こうせつ最終回(第5回)は、筆者が選ぶベスト3曲を紹介し、各曲の魅力を解き明かします。

ニコニコと眼光の鋭さ

南こうせつは優しい人だ。いつもニコニコ している。彼がスタッフとかマネージャーなどに声を荒げたのを見たことがない。人間ができているというのは、彼のような人のことだと逢う度に思う。

その一方で真面目に話し込んでいる時、眼光の鋭さに気付かされることがある。世の理不尽などについて話し込んでいる時など彼の眼力にハッとさせられたこともままあった。南こうせつはプロテスト・シンガーとは言われることがほとんど無いが、残してきた多くの楽曲には熱いメッセージを含んだものも数ある。世の不条理に対して、南こうせつは常にその楽曲で訴えている。彼が望んでいるのは平和で公平な世界なのだと、その作品を聴き続けていれば分かる。

南こうせつ、かぐや姫の名盤の数々。右下が、1972年4月20日リリースの『はじめまして』で、吉田拓郎も参加している

「雨に漕ぎ出そう」様々な思いやりや祈り

数多くの楽曲を発表してきた南こうせつの極私的3曲を選ぶのは難しかった。それでも苦労して選んだ1曲目は、2007年に発表したアルバム『野原の上の雨になるまで』に収められた「雨に漕ぎ出そう」だ。

“雨が降っている 夜通し降っている 濡らせないものは 屋根の下に抱いて 濡れるべきものは 芯まで濡れて”(「雨に漕ぎ出そう」より)

雨の情景を描いているようでいて、実は雨だけを語っているので無いと何度か聴くと気付ける。戦火、人の心、避けられない困難…。様々な思いや祈りが曲に込められているのが伝わる。

南こうせつ、かぐや姫の名盤の数々。左上が、1973年7月20日リリースの『かぐや姫さあど』。大ヒット曲「神田川」を収録。右上が「雨に漕ぎ出そう」を収録した2007年9月12日リリースの『野原の上の雨になるまで』。中央下が、「空飛ぶくじら」が収められた1993年11月19日リリースの『フォーク・ソング』

「空飛ぶくじら」フォーク・ソングでは無い

極私的3曲のその2は、1993年のアルバム『フォーク・ソング』の中の「空飛ぶくじら」 だ。そのファンの方ならすぐに分かる松本隆作詞の大滝詠一のカヴァー楽曲だ。『フォー ク・ソング』は、米ナッシュヴィルでレコーディングされたカヴァー・アルバムだ。40代半 ば(当時)を過ぎた南こうせつが、自分で歌いたい、歌わねばならない9曲のカヴァーが 収められている。

吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、高田渡、坂本九、ジャックスなどが南こうせつならではの視点で選ばれ、カヴァーされている。アルバム・タイトルからすれば、フォーク・ソングのカヴァー集のようでいて、そうでは無い。「空飛ぶくじら」はフォーク・ソングでは無い。南こうせつは、40数年生きて、自分の心に強く残ったメロディーを、自分がカヴァーすることによって、自らのアイデンティティであるフォーク・ソングに落とし込んだのだ。

「空飛ぶくじら」は南こうせつによって見事なフォーク・ソングに生まれ変わっている。 「空飛ぶくじら」を自分の曲にしている。 『フォーク・ソング』は、参加ミュージシャン もナッシュヴィルの一流処が揃っている。ドラムスのチャド・クロムウェル、ピアノのマット・ローリングス、フィドルのスチュワート・ダンカンなど、カントリーやアコースティック・ロック好きにはたまらないバック・ミュージシャンたちが脇を固めている。

「神田川」懐かしさをかきたてる

極私的3曲目は「神田川」。わずか5分でこの曲を書きあげたと語っている。ギターを弾く方なら分かると思うが、Em/C /D 7/G/B7/Em B7/Em…へと続くコードは、日本のフォーク、それも叙情派の王道と言える。現代のJ-POPではあまり使われないコード進行ゆえに懐かしさをかきたてるのかもと思う。

そして詞はあくまでも昭和だ。詞が描く情景は、神田川の流れる東京には今は消えてしまった昭和だ。Z世代やミレニアル世代の若者には想像しにくい風景だと思う。横町の風呂屋も手拭いをマフラーにすることも現代から考えられないだろう。

それでもこの歌にはひとつだけ、今も通用する真実がある。

“若かったあの頃 何も怖くなかった ただ貴方のやさしさが怖かった”という部分だ。

そこは恋愛の真実をグサリと刺している。風景が、時代が変わっても人の恋心はそんなに変わらないと「神田川」は教えてくれる。

南こうせつの名盤の数々

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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