国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」のシンガー・ソングライター、南こうせつ最終回(第5回)は、筆者が選ぶベスト3曲を紹介し、各曲の魅力を解き明かします。
ニコニコと眼光の鋭さ
南こうせつは優しい人だ。いつもニコニコ している。彼がスタッフとかマネージャーなどに声を荒げたのを見たことがない。人間ができているというのは、彼のような人のことだと逢う度に思う。
その一方で真面目に話し込んでいる時、眼光の鋭さに気付かされることがある。世の理不尽などについて話し込んでいる時など彼の眼力にハッとさせられたこともままあった。南こうせつはプロテスト・シンガーとは言われることがほとんど無いが、残してきた多くの楽曲には熱いメッセージを含んだものも数ある。世の不条理に対して、南こうせつは常にその楽曲で訴えている。彼が望んでいるのは平和で公平な世界なのだと、その作品を聴き続けていれば分かる。
「雨に漕ぎ出そう」様々な思いやりや祈り
数多くの楽曲を発表してきた南こうせつの極私的3曲を選ぶのは難しかった。それでも苦労して選んだ1曲目は、2007年に発表したアルバム『野原の上の雨になるまで』に収められた「雨に漕ぎ出そう」だ。
“雨が降っている 夜通し降っている 濡らせないものは 屋根の下に抱いて 濡れるべきものは 芯まで濡れて”(「雨に漕ぎ出そう」より)
雨の情景を描いているようでいて、実は雨だけを語っているので無いと何度か聴くと気付ける。戦火、人の心、避けられない困難…。様々な思いや祈りが曲に込められているのが伝わる。
「空飛ぶくじら」フォーク・ソングでは無い
極私的3曲のその2は、1993年のアルバム『フォーク・ソング』の中の「空飛ぶくじら」 だ。そのファンの方ならすぐに分かる松本隆作詞の大滝詠一のカヴァー楽曲だ。『フォー ク・ソング』は、米ナッシュヴィルでレコーディングされたカヴァー・アルバムだ。40代半 ば(当時)を過ぎた南こうせつが、自分で歌いたい、歌わねばならない9曲のカヴァーが 収められている。
吉田拓郎、井上陽水、泉谷しげる、高田渡、坂本九、ジャックスなどが南こうせつならではの視点で選ばれ、カヴァーされている。アルバム・タイトルからすれば、フォーク・ソングのカヴァー集のようでいて、そうでは無い。「空飛ぶくじら」はフォーク・ソングでは無い。南こうせつは、40数年生きて、自分の心に強く残ったメロディーを、自分がカヴァーすることによって、自らのアイデンティティであるフォーク・ソングに落とし込んだのだ。
「空飛ぶくじら」は南こうせつによって見事なフォーク・ソングに生まれ変わっている。 「空飛ぶくじら」を自分の曲にしている。 『フォーク・ソング』は、参加ミュージシャン もナッシュヴィルの一流処が揃っている。ドラムスのチャド・クロムウェル、ピアノのマット・ローリングス、フィドルのスチュワート・ダンカンなど、カントリーやアコースティック・ロック好きにはたまらないバック・ミュージシャンたちが脇を固めている。