ふるさと納税が6万5000円から10年で59億円以上に 東京都内に本拠地を置く隈氏の設計事務所は、北海道などで展開する地方拠点の一つを2022年9月、境町に開設。住民のニーズを把握し、地域に根差した建築を提案するのが目的…
画像ギャラリー関東平野のほぼ中央、茨城県境町には建築家、隈研吾氏の設計によるカフェや美術館、特産の開発施設などの公共施設6棟が点在、日常生活に溶け込んだ“隈研吾ワールド”を満喫できる隠れた名所になっています。2023年度中には、民間施設を含め新たに2棟が完成予定とのこと。なぜ、人口2万人ほどの町に、隈氏の建築が集中しているのでしょうか。
11月3日開館「魔法の文学館」や「国立競技場」などを手がけた世界的建築家
隈氏は、国立競技場やJR山手線「高輪ゲートウェイ」駅舎などを手掛けた、国内外で活躍する建築家です。「隈研吾建築都市設計事務所」(東京都港区)のホームページを見ると、こうした巨大な建築にとどまらず、飲食店や市役所、校舎といった暮らしの中に息づく建物の多くにも携わっていることがわかります。
最近では、2023年11月3日に開館する「魔法の文学館」(江戸川区角野栄子児童文学館)が、話題です。同館は、『魔女の宅急便』の作者として知られる角野栄子さんの世界観をイメージした施設です。そんな暮らしと共にある隈氏の建築が、町内に集中しているとして近年、隠れた名所となっているのが茨城県境町です。
2023年の暮れまでに公共施設(町有施設)は7棟目が完成予定。隈氏設計の公共施設の数について、境町は「令和5年度、都内を除く全国市町村では単独トップだと認識しています」と説明しています。
「道の駅 さかい」隣接のレストランは、杉材を使った形状がユニーク
茨城県南西部、千葉県との県境の利根川にかかる橋のたもと、国道354号沿線で、人目を惹くのが「道の駅 さかい」に隣接する「さかい河岸レストラン 茶蔵(ちゃぐら)」。鉄筋2階建てレストランの大きなガラス窓に沿って、すのこのような何枚もの杉材がそれぞれ角度を変え、流れるように配置されています。中には、地域の特産品であるさしま茶を栽培するプランターが置かれ、新茶の季節には、若緑色の茶葉が見え隠れし、訪れる人の目を和ませています。
さしま茶は1859(安政6)年、日本茶として初めてアメリカに輸出されたことで知られています。店内1階のショップには、古い茶箱の上に商品が置かれ、さしま茶で染めた布が天井から吊り下げられています。特産品のさしま茶をモチーフにした外観に呼応するかのような内装とともに、さしま茶の歴史をいまに伝えています。
敷地内にあるサンドイッチ店「さかいサンド」も、隈氏が境町で最初に手掛けた建物とあって要チェック。入口はまるで立体パズルのように木材が組まれ、木々の隙間から自然光が降り注ぎ、森林浴をしているかのようにリラックスできます。デザイン性に富んでいながらも、あふれんばかりのぬくもりに癒される―隈氏が創り出す建築の醍醐味を体感できます。
現在は町の施設6棟、無料の自動運転バスで巡回できる!
境町の面積は、46.59平方キロメートル(国土地理院面積調)とさほど広くありませんが、2018年にオープンした「さかいサンド」を皮切りに、「さかい河岸レストラン 茶蔵(ちゃぐら)」(2019年4月)と合わせて、隈氏設計による公共施設6棟が町内に点在。
他に美術館「S-Gallery」(2020年8月)、町の新たな特産品開発を担う「S-Lab」(同)、アルゼンチン共和国との交流資料を展示したギャラリー&カフェ「モンテネグロ会館」(2020年9月)、干し芋に特化したカフェ「S-ブランド(HOSHIIMONO 100Cafe)」(2021年5月)があります。
上記4施設はいずれも、閑静な住宅街や郊外ののどかな場所と調和して建っており、小ぶりな佇まいが印象的です。散策には、自治体初となる自動運転バスが巡回していますので、利用するのもおススメです(無料)。
「まちづくりのお願いを快諾」隈氏建築で観光客誘致
そもそも、境町は人口2万3794人(2023年10月1日現在)、町内に鉄道は走っておらず、観光地としての資源に乏しいうえ、隈氏とのゆかりも特にありません。それにも関わらず、なぜ次々と隈氏建築の“ブランド化”が進んでいるのでしょうか。
境町地方創生課に問い合わせたところ、「町の有識者会議の委員さんより、隈氏を紹介していただいたのが交流のきっかけです。橋本正裕町長(2014年より現職)も大学で建築を専攻していたこともあり、町の取り組みについて説明したところ、隈氏に評価いただき、まちづくりのお願いを快諾していただきました」と振り返ります。
財政状況が悪化していた境町では、橋本町長就任後、立て直し策として、従来型のコスト削減ではなく、新しい収入源の開発に着手。その一つがふるさと納税の活用でした。ブランド豚や干し芋などの特産品をどのようにして、寄付額が集まるヒット商品に育てるか、民間企業と同様、マーケティングをしっかり行い、スピーディーに商品化。
また、町内に施設を新設する際の投資を回収して、新たな財源に回す“攻める自治体”として独自の取り組みなど、従来の“お役所仕事”にはない柔軟な視点と迅速な対応などが隈氏に評価されたのではないかと思われます。
実際、隈氏は境町について「通常、自治体の事業は、施設完成までに2~3年間を要するが、境町はスピード感があり1年で完成する。民間企業と仕事をしているようで、面白い」と感想を述べていると、地方創生課では話しています。町中に隈氏の建築を置くことで、観光客による経済効果が生まれ、さらなる投資につながるという狙いもあります。
ふるさと納税が6万5000円から10年で59億円以上に
東京都内に本拠地を置く隈氏の設計事務所は、北海道などで展開する地方拠点の一つを2022年9月、境町に開設。住民のニーズを把握し、地域に根差した建築を提案するのが目的と思われ、町への期待の高さをうかがわせます。コロナ禍で東京一極集中を改め、地方へ拠点作りを進める社会の潮流と、先駆的な施策を打ち出す境町が持つ将来性が合致した表れとも考えられます。
こうした取り組みの成果は、町のふるさと納税の受け入れ額にも顕著に表れています。境町によると、2013年度6万5000円だったふるさと納税の受け入れ額が、2022年度には、59億5300万円と6年連続で関東1位を獲得。全国でも昨年度より順位をひとつ上げて16位と躍進中です。
中でも隈氏が手掛けた「S-Lab」で商品開発された干し芋は、寄付額が年間2億円に上る人気商品だとか。他の自治体の海産物などの返礼品に比べれば地味ながらも、ヒットしています。
町有施設7棟目はうなぎ加工出荷場、ふるさと納税の新たな目玉商品に
また、隈氏設計で7棟目となる、うなぎ加工出荷場「境町地域産業研究開発拠点施設」(仮称)の完成も予定されています。境町の辺りは江戸時代、付近を流れる利根川の水運を活かして、奥州(東北地方)からの物資を江戸へ運ぶ「河岸(かし)の町」として栄えました。
当時、利根川で獲れるうなぎが名産品だったことから、再びうなぎを特産品として売り出し、ふるさと納税への新たな目玉商品にするほか、将来は稚魚が育つ環境整備にも力を入れたいとしています。完成予想図を見ると、他の6施設同様、白を基調としており、鉄骨2階建ての1階部分に、うなぎを思わせる緩やかなひさしが施された造りとなっています。
民間には設計費を半額補助、隈氏建築の蕎麦屋も完成へ
同じく2023年度中の完成を目指しているのが、「蕎麦屋」です。境町地方創生課によると、町では町民が隈氏建築設計による新築工事を行う場合、設計費の半額を助成する「境町隈研吾建築設計によるまちづくり推進助成金」制度を設置(要相談、上限額あり)。
蕎麦屋は、この制度利用者の第1号となる見込みです。隈氏とタッグを組みチャレンジする町民への支援策は、高い関心が集まると思われます。
今後、隈氏の建築を探訪する観光からさらに踏み込んで、定住人口の増加につながるのか、小さな町の大胆な挑戦に今後ますます目が離せません。
文・写真/中島幸恵
「道の駅 さかい」「さかい河岸レストラン 茶蔵」「さかいサンド」
【住所】茨城県猿島郡境町1341-1
【電話】「道の駅 さかい」0280-87-5011、「さかい河岸レストラン 茶蔵」0280-87-5011、「さかいサンド」0280-81-3101
【営業時間】施設よって異なる
【休日】不定休
「S-Gallery」
【住所】茨城県猿島郡境町1455-1
【電話】0280-23-4148
【営業時間】10時~17時(最終入場16時半)
【休日】月、火※祝日の場合は営業、翌日休
「S-Lab」
【住所】茨城県猿島郡境町1466-2
※外観のみ見学可能
「モンテネグロ会館」
【住所】茨城県猿島郡境町上小橋446-4
【電話】050-3138-2885
【営業時間】11時~16時
【休日】日、月
「S-ブランド(HOSHIIMONO 100Cafe)」
【住所】茨城県猿島郡境町1459-1
【電話】0280-33-3118
【営業時間】10時~18時(17時LO)
【休日】火
アクセスはいずれも圏央道「境古河IC」から10分、または東京駅から高速バスで1時間半。
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