『久原本家』のだしの廃棄物で土を育てる…『里山サポリ』を訪問 次世代につなげるサステナブルな食も、『久原本家』が向き合っているテーマだ。今回、久原本家と同じ思いを持ち、ユニークな循環農業に挑んでいるイタリア野菜農園『里山…
画像ギャラリー海外に移住した友人への手土産といえば、和食には欠かせない本格だしの『茅乃舎(かやのや)』が私の定番だ。シンプルな卵焼きやお吸い物も、このだしを活用するだけで本格的な和食となる。そんな「だし文化」を世界に広げ、安全で安心な和食を各家庭に提供したいと願う『久原本家(くばらほんけ)』(福岡県久山町)の総本山を訪ねるプレスツアーに参加してきた。
現社長が就任した時、社員はわずか6人
いまや百貨店や駅、空港など全国各地に店舗をもつ『茅乃舎』ブランドを誇る久原本家だが、現在の4代目河邉哲司社長が就任した1996年は、社員がたったの6人だったというから驚く。
久原本家の起源は明治26(1893)年。福岡県の久原(くばら)村=現・久山(ひさやま)町=の小さな醤油蔵であり、代々、醤油をはじめとする各種調味料を製造・販売していた。
2005年に茅葺き屋根のレストラン「御料理 茅乃舎」開業
食に携わる企業として、次世代のためにすべきことは何か、と考えていた河邉社長がイタリアが発祥とされるスローフード運動に共感し、素材の持ち味を伝えるレストランを開こうと2005年に茅葺き屋根のレストラン『御料理 茅乃舎』を開業。
滋養たっぷりの十穀鍋が評判を呼び、自宅でもこの味を再現したいという声から、化学調味料・保存料無添加の茅乃舎だしを開発したという。
国産の真昆布、鰹節、うるめいわし、そして焼きあごを細かく粉砕し、少量の海塩や醤油で下味をつけることにより、調理しやすい独自のだしは評判となった。2010年には東京ミッドタウンの開業時に「茅乃舎」を出店し、全国区に。その後の飛躍的な発展はご存じの通りだ。
最初に訪れたのは博多市街から車で30分ほどの久原本家の本社だ。大きな暖簾がかかり、心なしかかつお節のような香りがほんのり漂う。
エントランスで靴を脱ぎ、足を進めると「モノ言わぬモノにモノ言わすモノづくり」というモットーが。現在は1200人以上に社員も増え、福岡を代表する企業のひとつとなった久原本家だが、老舗を訪ねたようなアットホームさだ。
原点の醤油蔵で醤油や麹の旨味を体感
次に訪れたのは『茅乃舎』の原点である醤油蔵だ。
「社長就任当時は、私自身が一軒一軒醤油を配達していました。そのときの『ありがとう』の笑顔が忘れられず、地域に根差した、感動を生み続ける会社でありたいと日々、挑戦しています」と河邉社長は語る。
車で約10分の距離の醤油蔵は、同じく自然に囲まれた立地。今でもこの蔵は醤油の一部商品や麹を熟成させる蔵として機能し、製麹室は新製品を開発するラボでもある。
そして、風格ある醤油蔵のすぐ正面にあるのが『久原本家 総本店』 だ。贈答用のギフトパッケージや九州限定商品などほぼ全商品がそろう。
茅乃舎のだしや醤油はもちろん、鍋や包丁などの選りすぐりの調理器具や器、地元の野菜などの食材も並ぶ。ぜひ試してほしいのが、外のスタンドの醤油ソフトクリーム。
おやつ感覚でつまめる卵焼きの串なども販売しているので、気候のいい時はテラス席でのんびりしながら味わうのもいい。
また店内では賞味期限当日限りというできたておはぎに出会えたらラッキー。ふっくらとしたお米そのものの甘みがあり、すぐに売り切れてしまう人気商品だ。
『久原本家』のだしの廃棄物で土を育てる…『里山サポリ』を訪問
次世代につなげるサステナブルな食も、『久原本家』が向き合っているテーマだ。今回、久原本家と同じ思いを持ち、ユニークな循環農業に挑んでいるイタリア野菜農園『里山サポリ』城戸勇也さんの畑にも訪れた。
城戸さんの畑は『久原本家』の本社のすぐ近く。「地球の健康」を促進する循環農業を目指し、土壌をカバーするのもビニールではなく、とうもろこし由来の土に還る素材を選び、肥料も自然由来の材料を使用している。
『久原本家』の工場から譲り受けた、だしのかすもそのひとつ。魚の頭や内臓に含まれている旨味成分のアミノ酸が土壌を豊かにし、野菜を美味しくしてくれるのだ。
イタリア料理のシェフの顔も
城戸さんは畑を耕しつつ、キッチンカーやトラットリアでピザなどのイタリア料理を提供するシェフの顔も持つ。猪野川沿いにある朝食イタリアン『chicchi richi(キッキリッキー)』の15種類以上の野菜を盛り付けたサラダやスープを味わう朝のコースも評判だ。もちろん新鮮な野菜は『里山ナポリ』の畑で栽培されたもの。
久山町はもともと久原村と山田村が合併した町だが、大都市福岡市に隣接しているとは思えないほど、緑豊かな自然が残っている。実はこの環境、町民が自ら選択し、無秩序な開発を抑制してきた賜物だという。
1956年の初代から6代目の現町長にいたるまで、その方針を代々貫き、商業化・ニュータウン化することなく、緑豊かな風景に囲まれた里山を維持してきた。
80トンの茅葺き屋根が壮観『茅乃舎』の総本山でサステナブルな美食を堪能
そしていよいよ総本山『御料理 茅乃舎』へ。久山町の山深い里山にあえて開業したという豊かな環境。西日本最大級、屋根の高さが11.5m、幅37.5mという茅葺き屋根は壮観だ。大分県日田市の職人たちが80トンもの茅を担ぎ上げ、1本1本手作業で整えて重ねたという。
四季折々の地の食材を、だしによって際立たせた里山料理が自慢。ディナーでは名物十穀鍋や、黒豚と旬菜の出汁しゃぶなどのメインを筆頭に、色とりどりの前菜、根菜をすりおろした大地の恵みスープなど素材そのものの力を引き出す料理をコースで提供している。
93歳の“路代おばあちゃん”のレシピ
特徴的なのは路代おばあちゃんの逸品。「93歳の長野路代さんのもとへ毎月通い、そのレシピを伝授してもらっています。季節の食材の加工食品づくりに永年取り組んでいるだけに、素材の生かす調理法、味を引き出す知恵にはいつも発見があります」と、西垣良太料理長は語る。
『御料理 茅乃舎』の近隣には茅乃舎のロゴのモチーフとなった「伊野天照皇大神宮(いのてんしょうこうたいじんぐう)」もあるので、参拝するのもいいだろう。太陽をつかさどる天照大神を祀っている、九州のお伊勢さんとも呼ばれる由緒ある神社だ。
久山町の壮大な自然に囲まれたパワースポットを参拝すれば、身も心も清められる。さらには滋養たっぷりの食材で内側から浄化されよう。
冬野菜や鍋がますます滋養たっぷりになる季節。そんな美味しい循環を体感できる、久原本家の総本山を訪ねる旅を企画してみてはいかがだろう。
文・写真/間庭典子