ローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧…
画像ギャラリーローマの皇帝は、フランスの太陽王は、ベートーベンは、トルストイは、ピカソは、チャーチルは、いったい何をどう食べていたのか? 夏坂健さんによる面白さ満点の歴史グルメ・エッセイが40年ぶりにWEB連載として復活しました。博覧強記の水先案内人が、先人たちの食への情熱ぶりを綴った面白エピソード集。第40話をお送りします。
わしはうまいスープで暮らしとるが、美辞麗句で生きてはおらぬ――モリエール――
子供に野菜を食べさせる口実になったポパイ
片方が涙をぬぐって身を引くか、それとも3人そろって惨劇の終局を迎えるか、三角関係の解決法はそれぞれにさまざまな人生だが、まれには「永遠の三角関係」とも呼ぶべきラブ・ゲームを飽きもせずに続けている男女がいる。たとえばポパイ、オリーブ、ブルートの3人がそれだ。
この三角関係は半世紀近くも続いているが、いまだにケリがつかないという点でも歴史的である。ポパイとオリーブのあいだに何人子供が生まれようが、ブルートは一度だってオリーブへの思慕を捨てたためしがない。
ブルートに抱きしめられるオリーブ、悲鳴でかけつけるポパイ、たちまち殴り倒されるやホウレン草の缶詰をゴクリ。すると全身の筋肉がみるみる隆起して♪パパパパッパパアンというあのなつかしい音楽が響きわたる。ヘラクレスもどきの怪力ブルートが、わずかひと缶のホウレン草のカロリーで即座に半殺しにされてしまう不思議と矛盾に抗議した父母の話はまだ聞いたことがない。それどころか、全世界の母親たちは、
「ほらほら、これを食べないとポパイみたいに強くなれませんよ」
と、子供に野菜を食べさせる口実を作ってくれたポパイに内心深く感謝してきた。
ところでこのポパイは原作がE・C・セガー、1933年にフライシャー兄弟が映画化したが、さらに4人の生みの親がいることをご存知だろうか。まず原案は、ギリシャの観念哲学の始祖、ソクラテスによって作られているのだ。
ソクラテスが生涯菜食主義に徹した理由とは!?
ソクラテスといえば、悪妻のクサンチッペに一生悩まされ、国家紊乱の罪で毒殺された哲学者として知られているが、その実像たるや乞食同然。71年間の人生でパンの一片すら稼いだことがない。ボロをまとって辻説法に明け暮れ、人をつかまえては問答のくり返し。空腹にたまりかねたクサンチッペがガミガミと文句を並べ、あげくにバケツの水を頭から浴びせると、
「雷のあとには雨が降る」
こういって笑い、門弟たちに向かって、
「結婚とはいいもんだ。良妻をもらえば幸せになれる。悪妻をもらえば哲学者になれる」
と説教した超人である。彼が生涯肉食を避け、菜食主義に徹したのは、
「肉を得るための殺りくが人間の闘争本能を助成させる」
というピタゴラスの思想によるものとされているが、本当のところは肉が買えなかったのではないか、という説もある。この菜食思想を受け継いだのが高弟のプラトンで、それを脚色したのが思想家であり作家のジャン・ジャック・ルソーと文豪トルストイの2人だ。
(本文は、昭和58年4月12日刊『美食・大食家びっくり事典』からの抜粋です)
夏坂健
1934(昭和9)年、横浜市生まれ。2000(平成12)年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。その百科事典的ウンチクの広さと深さは通信社の特派員時代に培われたもの。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。
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