夏坂健の読むゴルフ「ナイス・ボギー」

1ラウンドに3度のホールインワン!その達成者3人の「2つの共通点」とは?

今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。…

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今から20数年前、ゴルフファンどころか、まったくゴルフをプレーしない人々までも夢中にさせたエッセイがあった。著者の名は、夏坂健。「自分で打つゴルフ、テレビなどで見るゴルフ、この二つだけではバランスの悪いゴルファーになる。もう一つ大事なのは“読むゴルフ”なのだ」という言葉を残した夏坂さん。その彼が円熟期を迎えた頃に著した珠玉のエッセイ『ナイス・ボギー』を復刻版としてお届けします。

夏坂健の読むゴルフ その47 「ハンディ『15』の奇蹟」

4300×3分の1の奇跡

コース一面、ダイヤが飛び散ったように朝露が煌めき、足元では蜜蜂が軽快な羽音を立てている。風もなく、これ以上望みようもない特別注文のゴルフ日和だった。

「スタート前、奇蹟の前兆のようなものがあったかと、あとになって記者に尋ねられたが、何もなかった。ただ、透明な空気と美しいコースの佇まいにうっとりしながら、きょうはのびのびプレーしようと心掛けただけ。とにかく素晴らしい朝だった」

1962年10月10日、カリフォルニア州に住む内科医、ジョセフ・ボイドストン博士は、2人の友人と連れ立って近くのベイカースフィールドGCの1番ティから勇躍出発した。

博士のハンディは15、ゴルフ歴25年、いまだホールインワンの経験なし、心から偉大なるゲームを愛する典型的なアベレージゴルファーの1人だった。

「1番がボギーの5、2番もボギーの5、いつも通りの展開だが、数日前に買ったばかりのアイアンがことのほか手に馴染んで、調子は悪くなかった。

次に迎えた3番ホール、155ヤード、パー3のレイアウトは、グリーン手前の左右に深いバンカーがあって、旗の位置はかなり奥、160ヤード以上打たなければ届かないと思った私は、4番アイアンを手にした」

打たれた白球は、紺碧の青空に舞い上がって旗竿と重なり、小さく弾んでカップに吸い込まれた。ショートホールに立つ機会を「1回」と計算して、われらがホールインワンを達成する確率は「4300回」に1回とされる。もちろん、博士は欣喜雀躍、仲間から抱きしめられて大満足だった。

ところが、喜びの余韻もさめやらぬ4番ホール、140ヤード、パー3では、6番アイアンで打ったボールがバンカーの傾斜に当たって右にキック、カップに走り寄って再びカップに沈んだのである。このコースは全長5720ヤード、パー68と短く、アウトとインにそれぞれ三つのショートホールがあった。それにしても連続の快挙、興奮した博士は、

「地面から足が1メートルも浮いたような気分だった」

このように語っている。しかし、ゴルフの長い歴史の中での2連続ホールインワン達成記録は推定約50件、お話はこれから始まる。

9番ホールもまた、152ヤードのパー3だった。連続ホールインワンの祝賀会をいつ開催するか、大いに話題が弾む中で博士は5番アイアンを振り上げ、振り下ろした。ボールはハーフトップ気味に飛び出して花道を転がり、まさに奇蹟の再現、旗竿の根元に吸い込まれていった。

「そのときの気持ちを、どう表現すればいいのだろう。私はティグラウンドにへたり込んで、夢なら醒めないでほしいと念じていた。私以上に仰天したのが仲間たち、全員ひっくり返って、カメのように手足をバタバタさせる騒ぎだった」

達成者は皆、ホールインワン未経験者

それから14年後の1976年6月9日、アリゾナ州バディバーグの住民から「心の父」と慕われるハロルド・スナイダー牧師は、自分の教区に住む3人のゴルファーとバーラGCのアイアンウッドコースを歩いていた。

「もし、奇蹟に前兆があるならば、その朝目覚めたとき、庭の枝に自と赤と黒、それぞれ色の異なった三羽の鳥が仲良く止まっている光景を目撃して、思わずわが目を疑ったものです。コースに来てゴルフ仲間に語って聞かせたところ、宗教画の中に描かれることはあっても、色違いが3羽とは考えられない出来事、寝惚けていたのだろうと笑われました」

当時62歳のスナイダー牧師は、8番の210ヤードもあるタフなショートホールでドライバーを使用した。ボールはスライスしてグリーンの手前に落ちると、そのままピンに近づいて「ガシャ!」派手な音を立ててカップに沈んだ。ハンディ15の牧師もまた、生涯で初めてのホールインワンだった。

13番、155ヤード、パー3では、5番アイアンによって打たれたボールがピンに一直線、またもや「ガシャ!」。

続く14番、130ヤード、パー3では7番アイアンによる打球が美しい放物線を描いて再びピンに一直線、なんと3回目のホールインワンが達成された。

「ゴルフを始めて30年というもの、ドラマチックな出来事と一切無縁だった私が、日に3度もホールインワンをやるとは、神様もいたずらの度が過ぎると思いました。

もちろん、何が何やら頭がボーッとして歓喜も言葉にならず、ただ意味もなく喚いたり、歓声を上げたり、3度目のときには失神寸前でした。

スーパーショットが続いただけに、ベストスコアの『78』も達成出来て、その日はわが生涯最良のゲームでした」

これまでのところ、日に3回の奇蹟物語は以上の如し。だが、ゴルフに限って「空前絶後」の四文字も滅多には使えない。意外性に満ちたこのゲームでは、いつ何が起きても不思議はないからである。

1995年7月4日、難コースが多いアイルランドの中でも、とくに頭脳的プレーが要求されると評判のロックグリーンGCに、3人のアメリカ人旅行客がやって来た。

全長6501ヤード、パー71。このコースではショットが10ヤードほどプレただけでボールの7割が行方不明になると言われる。

それほど各ホールとも濃密なラフにセパレートされ、名手トム・ワトソンにして、1ラウンド3個のロストボールに泣いたものである。

彼らは宿泊先のホテルから紹介されて、憧れのコースにやって来た。

その中の1人、ボブ・ニコルスのハンディが15、温和な物腰に由来して仲間から「小児科医」と呼ばれていたが、本業は出版社の重役だった。彼もまた20年のゴルフ人生の中でホールインワンの経験がなかった。


「あれは他人が達成するもの、自分は生涯無縁だと信じてきました。だからショートホールではオンさせることだけ考えて、乗れば幸い、それで満足するゴルファーだったのです。

ところが何やら得体の知れないモノが乗り移ったのでしょうか、途方もない出来事がわが身に起こったのです」

3番ホール、132ヤード、パー3のティショットでは9番アイアンが、8番ホール、155ヤード、パー3では6番アイアンが起用された。

「3番のショットがカップに吸い込まれたときは、ゲームをやめてクラブハウスに走り、アメリカの家内に電話をかけようかと思いました。

8番では全身が総毛立って、ふるえが止まりませんでした。景色も目に入らず、友人から手荒く祝福されても上の空、酩酊状態でやって来た17番、366ヤードの右ドッグレッグのパー4では、夢中で振ったボールが会心の当たり、こんもりしたラフの彼方へと飛び去ったのです」

全員、グリーンまで辿り着いたが、彼のボールだけ見当たらない。5分間ほど探した最後に、仲間の1人が何気なくカップを覗き込んで絶叫した。

「ヒャーッ、ボールが1個、中に沈んでるぞ!」

ゴルフは期待と絶望のゲームだが、ときとして途方もない奇蹟が起こらないでもない。それにしても1ラウンド3回のホールインワン達成者が、揃ってハンディ15とは、何やら不気味な話である。

(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

『ナイス・ボギー』 (講談社文庫) Kindle版

夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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