松平定知の「一城一話55の物語」

戦後初の国宝になった「彦根城」 大老・井伊直弼のあだ名「チャカポン」の意味は? 

彦根城(「Webサイト 日本の城写真集」より)

『その時歴史が動いた』や『連想ゲーム』などNHKの数々の人気番組で司会を務めた元NHK理事待遇アナウンサーの松平定知さんは、大の“城好き”で有名です。旗本の末裔で、NHK時代に「殿」の愛称で慕われた松平さんの妙趣に富んだ…

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『その時歴史が動いた』や『連想ゲーム』などNHKの数々の人気番組で司会を務めた元NHK理事待遇アナウンサーの松平定知さんは、大の“城好き”で有名です。旗本の末裔で、NHK時代に「殿」の愛称で慕われた松平さんの妙趣に富んだ歴史のお話をお楽しみください。

琵琶湖畔の彦根山に築城

彦根城は、徳川四天王と呼ばれ、家康の天下取りを支えた井伊直政の嫡男・直継が、琵琶湖畔の彦根山に慶長9(1604)年に築いたことに始まります。天下普請のかたちをとり、尾張藩や越前藩など12の大名に、家康が作らせたものです。

彦根城のある彦根山は金亀山とも呼ばれるので、別名金亀城(こんきじょう)の名もあります。古来、中山道と北国街道が交わる戦略的な重要拠点であり、壬申の乱や姉川の戦い、賤ヶ岳の戦い、そして関ヶ原の戦いと、すべてこの近隣で起こっています。彦根城は、家康が名古屋城とともに西国の抑えとして重要視していたことは間違いないでしょう。

彦根城からの眺め LEPANNEAU@Adobe Stock

家康直属の精鋭部隊「井伊の赤備え」

井伊直政の軍勢は、家康直属の勇猛な精鋭部隊でした。「井伊の赤備え」といわれるように、具足や旗指物など武具一式を朱色で統一していました。これは武田の赤備えが元祖で、武田氏滅亡の際に多くの遺臣を家康が引き取り、井伊直政に与えたことが始まりです。井伊直政軍は、家康が豊臣秀吉と戦った小牧・長久手の戦いで先峰を務め、「井伊の赤鬼」として高名を轟かせます。

慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いでは、東軍の先鋒に決まっていた福島正則を差し置いて、直政が抜け駆けをするなど、勇猛ぶりを発揮しますが、敵の銃弾を右腕に受け落馬、大けがを負います。奮闘の功績は家康に認められ、石田三成の所領だった近江国佐和山18万石を与えられましたが、関ヶ原で受けた傷がもとで、慶長7(1602)年に亡くなります。

彦根城 正人 竹内@Adobe Stock

石田三成の亡霊の噂

その死に加え、城主だった石田三成の亡霊がさまよっているという噂が流れ、佐和山城は破却されてしまいます。これは地元のガイドの方から聞いた話ですが、近江のある古老はお孫さんに、「昔ここには石田さまのお城があって、その後井伊さんが新しいのを作らはった」と話していたそうです。石田三成が「さま」で、井伊家は「さん」というところが、なんとも面白いですね。

ちなみに佐和山城跡と彦根城とは直線距離で1・6kmほどしか離れていません。現在は両者の間に東海道本線が走っていて、西に彦根城、東に佐和山城跡になります。

昭和27年、天守が国宝指定

彦根城は20年あまりの歳月をかけ完成しますが、天守は大津城から、天秤櫓が長浜城から、太鼓門が佐和山城から、西の丸の三重櫓が小谷城からと、近江の古城の部材を移築したことが特徴です。彦根城は、明治の廃城令による破却や戦災も免れ、昭和27(1952)年、天守が城郭としては戦後初の国宝に指定されています。国宝四城という言い方をしますが、そのほかに姫路城、松本城、犬山城が該当します。

天守は三重三階と、大きなものではありませんが、現存する天守のなかでは最も多くの破風(はふ)を持ち、その姿は華麗なものです。玄宮園という回遊式庭園や、楽々園と呼ばれる数寄屋建築の数々など見所は数多く、市民の方々がボランティアで案内してくれます。また、彦根城博物館のなかには能舞台が再現されており、私も伺ったことがありますが実に立派なもので、実際に能と狂言が楽しめます。

彦根城の天守 Eric Akashi@Adobe Stock

十四男が彦根藩第13代藩主に、安政の大獄を引き起こした大老

彦根藩は譜代筆頭35万石の領地を得て、江戸時代を通じてこの地を治め、藩主は14代に及びます。なかでも有名なのは、13代藩主の井伊直弼でしょう。

安政の大獄を引き起こした強権的な大老として知られますが、彼は彦根藩主になることすら奇跡だったのです。というのも彼は第11代藩主・井伊直中の十四男として生まれたからです。

武家社会においては、長男が世子(跡継ぎ)になる決まりで、いわゆる二男以下は、養子に行く以外に結婚もできない身分で、出家する者もいました。

直弼にも何度か養子のチャンスがありましたが、かないませんでした。そのうち彼は彦根城の濠端にある質素な住居を「埋木舎」(うもれぎのや)と名づけ、和歌や俳句、茶、能に打ち込みます。そんな彼は「チャカポン」とあだ名されましたが、それは茶、歌、鼓からきています。そんな風流人の十四男が藩主になった例は、古往今来ありません。

埋木舎 ogurisu@Adobe Stock

横浜の掃部山公園に立つ銅像

開明派でいち早く日米和親条約を締結、鎖国から脱却し、富国強兵を目指した直弼の英断は高く評価されなければなりません。しかしながら、そのいっぽうで安政の大獄による大弾圧は、彼の評価を冷酷無比な独裁者に貶めています。徳川の譜代筆頭であり、戦では常に先鋒を務めた井伊家の血が、ペリー来航以来の幕府の権威失墜を見逃せず、強権に訴えざるをえなかったということかもしれません。

彼の決断によって開港された横浜の掃部山公園(かもんやまこうえん)には、横浜港を見つめる井伊直弼の銅像があります。桜の名所としても知られますが、その像は、孤独な為政者としての彼の姿を今に伝えています。

彦根城の天秤櫓 M・H@Adobe Stock

【彦根城】(別名・金亀城)
慶長9(1604)年、井伊直政の嫡男・直継が築城。完成には20年あまりを要し、その弟で2代藩主・直孝の代に完成。天守は大津城、天秤櫓は長浜城、太鼓門は佐和山城、西の丸の三重櫓は小谷城から移築されたとされる。三重三階の天守は国宝5城=松江城(島根県)、姫路城(兵庫県)、彦根城(滋賀県)、犬山城(愛知県)、松本城(長野県)のひとつ。
料金:一般800円、小中学生200円(玄宮園入場料含む)、彦根城博物館とのセット券一般1200円、小中学生350円
開場時間:8時30分~17時
営業日:年中無休(開国記念館は12月25日から12月31日まで休館)
住所:滋賀県彦根市金亀町1ー1
電話:0749ー22ー2742

埋木舎(うもれぎのや)
井伊直弼が17歳から32歳までの不遇時代を過ごした屋敷を再現したもの。「世の中をよそに見つつも埋もれ木の埋もれておらむ心なき身は」という歌が詠まれている。
入館料:大人300円、高大生 200円 、小中学生 100円
開館時間:9~17時
休館日:月曜日、12月20日~2月末
住所:彦根市尾末町1-11
電話:0749-23-5268

【井伊直弼】
いい・なおすけ。1815~1860年。近江彦根藩第13代藩主。幕末期に大老に就任。朝廷からの勅許を得ずに日米和親条約を結び、いわゆる一橋派から違勅の攻撃を受けるもこれを弾圧。安政の大獄により、吉田松陰や橋本左内を処刑。また一橋派が推す一橋慶喜ではなく、紀州の徳川慶福を推挙し、14代将軍・家茂を誕生させる。その独裁的な政治手法が尊皇攘夷派の怒りを買い、桜田門外の変で暗殺される。享年46。

松平定知 (まつだいら・さだとも)
1944年、東京都生まれ。元NHK理事待遇アナウンサー。ニュース畑を十五年。そのほか「連想ゲーム」や「その時歴史が動いた」、「シリーズ世界遺産100」など。「NHKスペシャル」はキャスターやナレーションで100本以上担当。近年はTBSの「下町ロケット」のナレーションも。現在京都造形芸術大学教授、國學院大学客員教授。歴史に関する著書多数。徳川家康の異父弟である松平定勝が祖となる松平伊予松山藩久松松平家分家旗本の末裔でもある。

※『一城一話55の物語 戦国の名将、敗将、女たちに学ぶ』(講談社ビーシー/講談社)から転載

※トップ画像は「Webサイト 日本の城写真集」

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