2024年に新作で発売されても売れる 『First Love』は、25年過った今聴いて もみずみずしい感性があふれている。新作として2024年の今、発売されたとしてもかなりのセールス をあげるだろうと思う。それほど、楽曲…
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、休日のドライブで聴きたくなる名盤を紹介します。今回は、宇多田ヒカルのファーストアルバム『First Love』です。1999年3月にリリースされ、国内では700万枚を超えるメガヒットとなりました。2024年は、初のベストアルバム「SCIENCE FICTION」が、アルバム ストリーミング累計再生回数1億回を突破(国内のみ)。7月13日からは、6年ぶりの全国ツアー「HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024」が始まります。1998年暮れのデビューから四半世紀を超えた今も、注目を浴び続けています。
デビュー前、担当者は言った「ミリオンになる。ディレクター人生を賭けてもいい」
1998年の秋だった。レコード会社「東芝EMI」のN氏が、「すごい新人が登場するんだ」と教えてくれて、東京・南青山でデモCDをもらいながら、食事をすることになった。ヒット狙いのディレクターである一方で、レコード会社にはそう利益を持たらさなかった浅川マキなどを担当する心ある方だった。
渡されたデモCDは録音されたばかりのデビュー・シングル「Automatic/time will tell」だった。何でもまだ15歳で、レコ―ディングは学業の合間に行なわれているという。ちょっと驚いたのは宇多田ヒカルが天才少女と呼ばれた演歌歌手、藤圭子の実の娘だと訊かされたことだった。ただ、プロモーションには母親の七光は使わない。純粋に彼女のミュージシャンとしての可能性だけで売ってゆくとN氏は語った。
「この娘は絶対にミリオンとなる。自分のディレクター人生を賭けてもいい」
そう、N氏は言った。
そして1998年末にリリースされたデビュー・シングル「Automatic/time will tell」は、N氏の予想通り、ミリオン・セラーとなって、宇多田ヒカルの名はあっという間に全国区となった。そして、彼女が16歳の年、1999年3月に発売されたデビュー・アルバム『First Love』は、瞬く間にミリオンを突破。これまでに700万枚以上売れているという空前の大ヒットとなった。
15歳の彼女がいかに天才だったかが分かるアルバム
2024年は『First Love』が発売されて25周年となる。改めて本作をじっくりと聴き直した。まったくタイプは異なるし、サウンドも違うが、どこか母の藤圭子を思い起こさせるスモーキーな声質と圧倒的な歌唱力。その上、全曲を作詞・作曲したクリエイティヴ面での才能。今聴いても15歳の彼女がいかに天才だったが分かる。
宇多田ヒカルは10歳の頃に初めて英語詞の 「I’ll Be Stronger」という曲を作った。東京のスタジオで音楽プロデューサーの三宅彰から日本語詞の曲を作るよう奨められた。そして、『First Love』にも収められた「Never Let go」を作った。
各レコード会社で争奪戦が起こるほどの新人でなく、東芝EMIと契約する以前、彼女の獲得を見送ったレコード会社もあったとN 氏は教えてくれた。恐らく、当時のJ-POP をはるかに凌駕するその才能を見抜けなかった業界関係者も多かったのだろう。
2024年に新作で発売されても売れる
『First Love』は、25年過った今聴いて もみずみずしい感性があふれている。新作として2024年の今、発売されたとしてもかなりのセールス をあげるだろうと思う。それほど、楽曲とサウンドの鮮度が落ちていないのだ。
ベースになっているのは洋楽的なサウンドなのだが、日本人の感性離れした新しさがある。 全曲、彼女の作詞・作曲なのだが「甘いワナ 〜Paint It,Black〜」では、ザ・ローリング・ストーンズの名曲をサンプリング的に巧みに使用している。こんなところも彼女のセンスの良さが光る。
JASRACでコピーガード用の視聴曲
個人的な思い出だが、このアルバムが発売 された頃、CDの違法コピーが社会問題になった。そこで日本音楽著作権協会(JASRAC)は CDにコピーできないように信号を入れることを思い立った。東京・代々木のスタジオにエンジニア、オーディオ評論家などが集められ、 どのコピーガードがCDの音質に影響を与えないか、比較する試聴会があり、ぼくも音楽評論家の代表として、その末席に加わった。で、そのコピーガード用の試聴曲が宇田ヒカルのアルバムタイトル曲「First Love」だった。2日間の試聴会で耳ダコになるほど聴いたのが懐かしい。
25年前のアルバムなのに現在のJ-POPシーンに通用するサウンド。それが『First Love』だろう。
■『First Love』
01.「Automatic -Album Edit-」
02.「Movin’ on without you」
03.「In My Room」
04.「First Love」
05.「甘いワナ 〜Paint It,Black〜」
06.「time will tell」
07.「Never Let Go」
08.「B&C -Album Version-」
09.「Another Chance」
10.「Interlude」
11.「Give Me A Reason」
12.「Automatic -Johnny Vicious Remix-」
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。近著は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。