鉄道の「廃線」を巡る はじまりは1904(明治37)年の馬車軌道だった 37年前に廃止された東日本最大の石灰石鉱山を結んでいたセメント会社の専用鉄道 #北海道#鉄道 記事に戻る 1915(大正4)年の北海道セメントと浅野セメントの合併による専用鉄道を浅野セメントへ譲渡した際の公文書の謄本。内閣総理大臣には、伯爵「大隈重信」の名が記される=資料/国立公文書館蔵1933(昭和8)年の工場内にあった専用鉄道(工場~省線上磯駅間)の路線概略図=資料/国立公文書館蔵峩朗礦業専用鉄道と日本セメント(浅野セメント)構内専用鉄道が描かれた1948(昭和23)年当時の路線概略図=資料/国立公文書館蔵1949(昭和24)年2月に峩朗礦業が所有していた専用鉄道を日本セメントに譲渡を行った際の申請書=資料/国立公文書館蔵廃線当時の上磯工場専用鉄道の路線概略図。日本セメント作図のもの=資料所蔵筆者昭和51年3月21日改定の万太郎沢線の運行ダイヤ。このダイヤは廃線まで使用された。廃止の前年となる1988(昭和63年)は、峩朗本線に列車は走っていなかった=資料所蔵筆者廃止の前年に上磯工場を訪れた際は、お盆休みだったこともあり専用鉄道は運休していた。1961(昭和36)年に導入された10号電気機関車(手前側)と1959(昭和34)年に導入された9号電気機関車(奥側)=1988年8月17日、上磯町(現・北斗市)谷好廃線まで活躍していた1952(昭和27)年に導入された8号電気機関車の車両形式図=資料/国立公文書館蔵かろうじて残されていた万太郎沢線の線路跡。現在、このあたりには北海道新幹線が高架橋で通過している=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町)道路へと転換された廃線跡は、1973(昭和48)年に完成した石灰石輸送用のベルトコンベアの下を通り、工場へと向かっていた=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町)山間に遺されていたガーター橋。いまも現存しているのだろうか=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町)鉱山へと向かう送電線の鉄柱が廃線跡の目印になっていた。トップ画像に見る南部坂変電所の建物が写る=1993年8月、北海道北斗市(旧上磯町) 記事に戻る はじまりは1904年の馬車軌道 37年前に廃止された東日本最大の石灰石鉱山を結んでいたセメント会社の専用鉄道