太古の昔、火山大爆発で地球の生物を大量絶滅させた、熊野の山に巨石がゴロリ。「黄泉の国」と古代人が畏れ、平安貴族が来世を祈り、いつしか熊野は聖地になった。死者と生者、神と仏が交わる地。足を踏み入れる者は、一度死んで、そして蘇る?奥深い森の謎の聖地へ、いざ!熊野古道「中辺路」の旅路は全3回で紹介!今回は、個性が爆発!熊野の人のおもてなし、発心門から熊野本宮大社までの中編をお届けする。
【白石あづさのワンダートリップ】
全国の不思議な町を訪れる連載の第3回目は、世界遺産の熊野古道、和歌山南部を横断する参詣道「中辺路」を訪れました。紀伊田辺~新宮までの旅を前編としてご紹介します。
三千六百峰に囲まれて川の中州に建つ巨大な大鳥居?
山奥の集落で聞こえる英会話
翌朝、近露の民宿の窓を開けると、山の上に太陽が顔を出した。昨夜、言葉を交わしたスペイン人の一家は、夜明前に出発したようだ。 バスに乗り中辺路一番のハイライト「発心門王子」へ。発心とは仏道に入る心を起こすことで、本宮の神域はここからだ。昨日は歩けば歩くほど「おつかれ生ビール」なる煩悩に苦しんだが、今日は清々しく本宮を目指そうではないか。
水呑王子を過ぎてゆるい坂を下り、眺めのよい伏拝王子に到着。脇には簡素な茶屋があった。お母さんふたりが海外客に「どこのカントリー?」と英語で堂々と渡りあっている。話しかけられたお客は嬉しそうだ。
「集落のみんなで交代でやってるんよ。家じゃ誰とも喋らんけど、ここにおったら世界中の人と会えるから」とお母さん。60過ぎてから英会話教室に通ったのだとか。
いよいよ本宮目前、旅の汚れを払う祓戸王子が見えてホッとするも、皆地笠をかぶった怪しい人陰が……。お辞儀をして通り過ぎようとしたら「ようこそ熊野へ!」とアキラと名乗る80代のお父さんが杉林から飛び出した。インスタで発信したり、ボランティアの語り部をしているそう。
せっかくなので熊野の歴史をお願いすると、「数年前、病気で動けんようになった私ですが、体を引きづって毎日ここに立ち、英会話やインスタを死に物狂いで覚え、いつの間にか古道の名物おじさんに!ついに天下のNHKに出演となりましたぁ」と講談さながらに怒涛のアキラ伝説を語り終えた。
「熊野の歴史は?」と言いかけたが、これもまた蘇りの自分史である。私はお礼を述べ、本宮の北側の裏鳥居をくぐった。
全国に4776社ある熊野神社の総本宮である熊野本宮大社は、紀元前33年に創建されたと伝えられ、古来より神仏習合の社として多くの人を迎えてきた。かつて本宮はここから10分ほどの3つの川に囲まれた中州、大斎原(おおゆのはら)にあったが明治時代に水害に遭い高台に移築されたという。

半月がかりで辿り着いた昔の人と比べるのは恥ずかしいが、たった2日でも「ようやく」という思いだ。不思議と参拝者を委縮させず、全力で迎えてくれるやさしさが感じられる。
「犬も家族だから抱っこすれば参拝OK」といった大らかな注意書きに「さすが熊野」と心を打たれつつ、檜皮葺(ひわだぶき)が美しい社殿の前で手を合わせた。
語り部:中岸公(あきら)さん「熊野古道で会いましょう。人生を語ります!」
写真・文/白石あづさ…大学卒業後、地域紙の記者を経て約100か国3年間の世界一周後、フリーに。著書に『逃げ続けていたら世界一周していました』(岩波書店)、『中央アジア紀行 ぐるり5か国60日』(辰巳出版)、『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』(文藝春秋)、『世界のへんな肉』(新潮社)ほか
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