東京路線バスグルメ

「三億円事件」現場近くで食べた肉汁あふれるハンバーグステーキ 東京路線バスグルメ・武蔵野編(1)

『カロリーハウス』(東京都府中市)

湧き水が豊富 「東山道武蔵路跡」。奈良時代、平城京を中心に全国に延伸された官道の一つ東山道(とうさんどう)は、近江国から本州内陸部を縦断して陸奥国に向かっていた。途中、上野国(群馬県の辺り)から大きく曲がってここを通って…

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今回の「バスグルメ」では東京の武蔵野を回ります。まぁ正式にどこからどこまでが「武蔵野」なのか、はよく知らないのですが。東京23区より西で、山よりちょっと手前であればそう呼称しても別に構わないでしょう。

「武蔵国分寺跡」へ 武蔵国の中心地

確かに普段、自宅から東側に当たる都心部にはしょっちゅう行くけど、逆側に足を向けることはそうない。この機会にぜひ、まだ行ってないところに足を延ばしてみるのもいいんじゃないかなと思った次第。あっちの方のバスにもあまり乗らないし、ね。

てなわけでこのテーマで最初に行くのは、「武蔵国分寺跡」(国分寺市)です。

奈良時代、聖武天皇の詔により当時の日本の各国に国分寺が建立された。武蔵国においてはここがそうだったわけです。府中市の大國魂(おおくにたま)神社の近くにあった武蔵国府と共に、ここが武蔵国の中心地だった。

大國魂神社には行ったことがあるけど、国分寺跡は実はまだ行ってなかった。今回のテーマの冒頭には、まさにふさわしい訪問地と言えるでしょう。

そんなわけでやって来ました、JR中央線の国分寺駅。実はここから歩けないこともない距離らしいけど、それでは「バスグルメ」にはならない。

調べてみると、国分寺市が運行するコミュニティバス「ぶんバス」の「万葉・けやきルート」がまさに「史跡武蔵国分寺跡」まで行くみたい。これはもう、「乗れ」と言われているに久しいですな。

国分寺駅の南口を出てちょっと西側、その名も「国分寺駅西」バス停で待っていると、見た目にも可愛らしい小型バスがやって来た。バスは駅前の路地をぐねぐね曲がり、駅の南側を東西に走る都道145号線「多喜窪通り」を西に走り始めた。

コミュニティバス「ぶんバス」

途中、かなり急な坂を下り、また上るけれど、これは野川(のがわ、小金井市や三鷹市などを経て世田谷区で多摩川に合流)の削った谷。このすぐ北に湧水があり、そこが野川の源流部らしいんだけど、日立製作所中央研究所の敷地内にあって、年に2回の公開日以外入ることができない。いいじゃないねぇ、普段から入れてくれたって。川の源流という自然の宝を、独り占めするのはよくないと思いますぞよ。

コミュニティバスの「宿命」に身をゆだねる楽しさ

閑話休題。

国分寺跡はこの「多喜窪通り」が「府中街道」とぶつかったところを左折すれば行けるらしいんだけど、バスはそうまっすぐは走ってくれない。都立武蔵国分寺公園の南東口のところで、右折。敷地をぐるりと回り込んで、西国分寺駅の前を通ります。さすがは自治体が住民の足として運行するコミュニティバス。人の行き交う拠点を細かくつなぐから、ぐねぐね曲がるのは宿命のようなもの。私としては乗ってて、楽しくてしょうがない。

結局、「多喜窪通り」に戻って「府中街道」を左折し、更に左折して住宅街の中を進んだところで、終点になりました。民家の間に畑の点在する中、ぽっかり空いた折り返し所でバスを降りました。

武蔵国分寺跡

そこから北へちょっと行くと「武蔵国分寺僧寺」(府中街道とJR武蔵野線の向こう側には、ここと対になる「武蔵国分寺尼寺」があった)南門跡。逆にこれを南に行くと、大國魂神社近くの「国府跡」に行き着くわけですね。両者をつなぐ重要な参道だった。

尼寺の方はもう発掘が終わり、公園として整備されているんだけど、こっちは未だ発掘途中。「金堂」や「講堂」の基壇は復元されているけど、まだまだ整備はこれから、という段階のようです。なので今はだだっ広い敷地に説明板が点在するばかりで、地元民が犬を散歩させたり子供を遊ばせたり。史跡というよりは市民の憩いの場という感じですね。

史跡跡をぐるりと歩き回った後、北側の坂を登ります。武蔵国分寺跡は国分寺崖線と呼ばれる崖の連なりの下に位置し、ここを上がるとまた面白いものがあるんですよ。

湧き水が豊富

「東山道武蔵路跡」。奈良時代、平城京を中心に全国に延伸された官道の一つ東山道(とうさんどう)は、近江国から本州内陸部を縦断して陸奥国に向かっていた。途中、上野国(群馬県の辺り)から大きく曲がってここを通っていた(後に支道となる)んですな。

武蔵国って東海道だったんじゃないの? と思うかも知れないが、昔の江戸って、それはそれは広い湿地帯で、大規模な道を通せなかった。だから昔の東海道は、江戸湾を渡って房総半島を通っており、内陸の武蔵国府には東山道の方から道が引かれたんです。

現在、「ここが道の跡」という遺構が残されてるんだけど、こんな広い幅の道をあの時代に造ったのか、と思うと感動するしかない。

さて崖の下に戻ります。新田義貞と鎌倉幕府の戦い(1333年)によって焼失した国分寺は、再建され現在に至りますが、その楼門脇の小道は遊歩道になっていて、隣を水が流れている。この辺りは本当に湧き水が豊富で、崖線に沿ってあちこちで泉が湧いている。多くの人が詰める公的施設だったから、水は何より重要。この地に国分寺が建てられた理由も、これを見れば納得、ですね。

さて遊歩道から離れてちょっと南へ歩くと、七重塔跡がある。残されているのは土台だけだけど、これまた凄い規模ですな。建立にどれだけの労力が費やされたか、大和朝廷の強い意志をここからも感じ取れます。

七重塔跡

「昭和の未解決事件」の現場 1968年12月10日発生

ただここ、史跡ということともう一つ、大きな意味もあるんですよ。実は「昭和の未解決事件」三億円事件の重要な舞台でもあるんです。盗まれた現金輸送車は、この近くに乗り捨てられていたらしいんですね。

若い人は詳しくないかも知れないから説明すると、事件発生は1968年12月10日。東芝府中工場の社員のボーナス約3億円を積んだ現金輸送車が走っていると、後ろから白バイが追い掛けて来た。「この車にダイナマイトが仕掛けてある可能性がある」という。運転手たちが慌てて車を降り、警官が調べていたところ白煙が発生。運転手たちが更に車から離れた隙を見計らって、警官は輸送車に乗り込み、発進させた。彼はニセ警官で、白バイも白塗りして似せたオートバイ、煙は発煙筒によるもの。誰一人、傷付けることなくまんまと現金強奪に成功したわけですね。1975年12月10日、公訴時効成立。

せっかくなんでその事件現場まで歩いてみましょう。

強奪の現場は府中刑務所の北側を走る道で、高く長い塀が延々と続き、人目につきにくい。なるほどこれなら犯行にも打ってつけの場所だなぁ、と現地に行ってみると納得する。

府中刑務所の北側

道を渡る歩道橋には、塀の中を覗かれないための目隠しが設けてありました。刑務所脇、という特殊事情がこんなところからも垣間見えますね。向こうの方には東芝府中のシンボル、エレベーター試験塔が見えました。現金輸送車はまさに、あそこにボーナスを運ぶ途中、襲われたわけです。

“カロリー”が欲しくなった

さぁさすがに歩き疲れたし、腹も減って来た。府中街道に出て南に歩いていると、いかにもロードサイドっぽいお店を発見。洋食店「カロリーハウス」。まさにカロリーが欲しかった、と飛び込みました。

「ハンバーグステーキ」は200〜500g、更に100g単位で増量可能だけれど、なんせ少食なんで200gを選択。ライスにサラダも付いて1000円、って安過ぎません!? デミグラスソースとトマトソースが選べて、トマトにかなり引かれたけど、やはり最初はオーソドックスに、とデミグラスを注文しました。

出て来たプレートの上は、かなりスカスカに映るけど、考えてみたら500g以上にまで対応する大きさなんですものねぇ。一番、小さなものをオーダーした私が悪いんです。

ハンバーグステーキ

それに食べてみたら、ハンバーグはふかふかの柔らかさで肉汁たっぷり。鉄板でじゅうじゅう音を立てるソースに合う、合う。これじゃもうちょっと分量、多くしても食べられたな。300gくらい言っときゃよかったなぁ、と後悔。まぁまたの機会に、今度はトマトソースでチャレンジしろ、ということなんでしょう。

現在の府中街道は、かつての東山道武蔵路と重なるように走っている。そんな道沿いで、今風のロードサイドの味を楽しむというのも、これも一つの興趣でしょう。

てなわけで万葉のいにしえから、昭和の未解決事件を横目に現代まで、一気に時代を駆け抜けた旅になりました。

お店を出ると駐車場は満杯で、10人以上が並んでた。この味と安さだものねぇ、と頷きつつ、府中街道を更に南へ向かいました。左手はまだ延々、府中刑務所の敷地です。

『カロリーハウス』の店舗情報

[住所] 東京都府中市晴見町2-29-3
[電話]042-368-4851
[営業時間]11時〜14時、17時〜20時半
※新型コロナウイルス感染拡大の影響で、営業時間や定休日は異なる場合があります。
[休日]不定休              
[交通]JR武蔵野線北府中駅から徒歩2分、京王線府中駅から徒歩24分

西村健

にしむら・けん。1965年、福岡県福岡市生まれ。6歳から同県大牟田市で育つ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に『ビンゴ』で作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『光陰の刃』『バスを待つ男』『バスへ誘う男』『目撃』など。最新刊は、雑誌記者として奔走した自身の経験が生んだ渾身の力作長編『激震』(講談社)。

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