ネット小説大賞『絶望オムライス』のモデルは東京・西小山の“絶品オムライス” 作者・神原月人が語る老舗の味

「ネット小説大賞」は、1万超の応募数を誇る日本最大級の文学賞です。その第9回(2021年実施、応募数14271作品、受賞数23作品、グランプリなし)「小説賞」の受賞作が『絶望オムライス』。読むと思わず食べたくなるような作…

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「ネット小説大賞」は、1万超の応募数を誇る日本最大級の文学賞です。その第9回(2021年実施、応募数14271作品、受賞数23作品、グランプリなし)「小説賞」の受賞作が『絶望オムライス』。読むと思わず食べたくなるような作中のオムライスには、モデルがありました。作者の神原月人(かんばら・つきひと)さんが、自身も通う東京・西小山の名店の味を綴ります。

西小山で半世紀近く続く名店「西洋料理 杉山亭」 名物オムライスは“唯一無二のリゾット風”

『絶望オムライス』なる4万字少々の小説をネット上に公開したところ、第9回ネット小説大賞なるものを受賞してしまった神原月人と申します。

……ネット小説大賞、なにそれ? おいしいの? とお思いの方も多いかと思いますので、捕捉いたします。

同賞は、応募総数14271作品、規模だけでいえば日本最大級の小説コンテストです。

『絶望オムライス』が「食」をテーマにした作品であったこともあり、「おとなの週末Web」で食にまつわるエッセイを書きませんか、と誘っていただきました。

敬愛する浅田次郎先生の名エッセイが連載されている場で、いったい何を書けばいいのやらと悩みましたが、安直に「オムライス」について書くことにいたします。

『絶望オムライス』の物語の舞台は西小山。

「小料理 絶(たえ)」という架空の小料理屋にて物語が進行しますが、実在のお店である「西洋料理 杉山亭」の跡地にある、という設定です。

杉山亭は西小山の地で半世紀近く続く老舗であり、名物のオムライスがとにかく絶品です。

クラシカルな固めのオムライスでもなく、流行のふわとろでもなく、王道感がありつつも、ここでしか食べられない唯一無二のリゾット風。

オムライスというのはなんとも幸福な食べ物で、ひと口ほおばると、知らず知らずに、ほんのり笑顔になるような優しい食べ物です。

気取ってなくて、しみじみ美味しい。

杉山亭のご主人は七十代となってもご健在で、今も変わらぬ味を堪能できますが、コロナ禍もあり、戦争もあり、物価高もあるご時世にあって、個人店の味が変わらずそこに在り続けるということがどれほどの奇跡であるかは推して知るべしです。

いつの日か、この味がもう二度と味わえなくなってしまうのだな、などと思うと、郷愁にも似た気持ちになってしまいます。

杉山亭は西小山の地に今も変わらず在り続けておりますが、いつの日かお店がなくなっちゃったらさびしいな、あの味はもう食べられないのか、などという遠からぬ未来の郷愁を詰め込んで、『絶望オムライス』という小説を書きました。

杉山亭のオムライス

オムライスは思い出の味

以下、物語のあらすじ。

洋食屋に置き去りにされた過去を持つ西山匠海は、五歳になったかならぬかで母の手を離れ、児童養護施設で育った。

父親は「殴る男」で、食事のときに音をたてると殴られた。

食事の時間が怖くて仕方のなかった匠海だが、最後に母と食べた洋食屋のオムライスだけは色褪せぬ美しい記憶となる。

十八歳となり、施設を出た匠海は思い出にある洋食屋を探し回る。

自身の記憶と合致する店に行きつくが、そこは思い出の洋食屋ではなく、「小料理 絶(たえ)」となっていた。

ここが小料理屋になる以前に洋食屋がなかったかを訊ねるべく、匠海は店に足を踏み入れる……。

さて、洋食屋に置き去りにされた五歳そこらの匠海少年。

幼い日の彼は、オムライスの味をどう感じたか。

美味しそうなオムライスの写真や映像があれば、ダイレクトに美味しさを伝えることはさほど難しくなくとも、小説の場合は「言葉だけ」で美味しさを伝えなければなりません。
匠海少年にとって、オムライスがいかにして「思い出の味」となったのか。
冒頭にこう書きました。

母といっしょに食べた思い出の逸品


ぼくは洋食屋に置き去りにされた子供だ。
「なにか美味しいものを食べにいきましょう。タクはなにを食べたい?」
 気丈にも母は悲しい笑みを浮かべた。目の下には赤黒い痣があり、唇から血が流れた。母を殴りつけた父は家を出て行った。泣き腫らした母に手を引かれ、暗くて寒い夜道をとぼとぼ歩いた。
太陽が隠れてしまった暗い街のなかで、その店は淡い光を放っていた。
母とぼくは街角にぽつんと佇む一軒の洋食屋さんにたどりついた。
「オムライスをひとつ」
その場所が「ようしょくやさん」という所だと、料理を待つあいだに知った。
キッチンにいたのは、やさしそうな白髪のおじいさんだった。
黒いフライパンはつやつや光り、オレンジ色のお米が踊った。
白いお皿にオレンジ色のお米が乗っかり、黄色い卵がやさしく包み込む。
焦げ茶色のどろっとしたソースがかかった、その食べ物の名はオムライス。
最後に、母といっしょに食べた思い出の逸品。

(中略)

キッチンを見渡せるカウンターに座ったぼくの足は地面に届きもしなかった。
 銀色のスプーンを持たされ、おそるおそる食器に手を近づける。
 しんちょうに、しんちょうに、音をたてないように気をつけて、焦げ茶色の海に浮かぶオムライスをすくったはずだった。
 かちゃん……。
思わず、心がびっくりして飛び跳ねてしまうような音がした。
ぼくは「しょくじ」の時間がこわくて、しかたがなかった。
お箸やスプーン、フォークを握ると、じんわり汗がふきだしてしまう。
父は「しょくじのまなー」にきびしい人で、うるさい音をたてると、すぐに殴られた。

 (中略)

「しょくじ」の時間は、いつだって緊張する。怖くて、ぷるぷる手が震える。
だからこんどこそ、しんちょうに、しんちょうに、ぜったいに音をたてないように気をつけて、焦げ茶色の海に浮かぶオムライスをすくった。
無事に銀色のスプーンに乗せ、ゆっくり、ゆっくり口に運ぶ。
ひと口食べた途端、ぼくは一瞬にして怖い父を忘れた。
かちゃかちゃ音が鳴ってしまうのも気にせず、夢中で食べた。
やさしい卵の味、すこし苦いソースの味、ほんのり甘くて、しっとりしたお米の味。
いろいろな味が口の中で合わさって、そのときばかりは「しょくじ」が喜びだった。
半分ぐらい食べて、おなかがいっぱいになってしまったけれど、やさしいおじいさんが作ってくれたオムライスはとてつもなく美味しかった。

(中略)

「ママ、これからパパと話してくるから。いい、ここで少しだけ待っていてね」
 それが母と交わした最後の言葉だった。
 まだ幼かったぼくは、母が迎えに来てくれるのを疑いもしなかった。
 だけど、母はぼくを置き去りにした。
 十年以上も前のあの日のことを振り返るたび、心がちくりと痛む。
 母はぼくを捨てたのではなく、逃がしたのだと思うことにした。
 大嫌いだった「しょくじ」の時間が決して捨てたものではないと思わせてくれたのは、あの日食べたオムライスのおかげだ。
 ぼくは洋食屋さんのオムライスに救われた。
五歳になったかならぬかで母の手を離れ、児童養護施設で育った。
ぼくを養子として引き取りたいと申し出てくれた里親候補も何人かいたけれど、試しにいっしょに暮らしてみると、養子の件は白紙に戻った。
「しょくじ」の時間になるたびに取り乱すぼくを大人たちは受け入れてはくれなかった。
食事が大嫌いなぼくがなんとか生き延びられたのは、あの日に食べたオムライスの幸せな味をいつまでも忘れずにいたからだ。

洋食屋さんのおじいさんには恩しかない。

言葉だけで、どこまでオムライスの美味しさやら郷愁やらを表現できたのか分かりませんが、本文にご興味のある方はご一読くださいませ。受賞作は無料でお読みいただけます。

『絶望オムライス』 
https://ncode.syosetu.com/n7537gz/

読後、「あー、美味しいオムライスが食べたいな」などと思ってもらえたら嬉しいです。

オムライスという幸福な食べ物に、どうして「絶望」などと冠したのか。

その心は、小説をお読みいただければ分かってもらえると思います。

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