新鮮でも、塩辛作りにはイカの冷凍が不可欠 ところが、ここ数年はその、いかの塩辛作りに暗雲が立ち込めております。はい。「アニサキス」問題です。ニュースでもたびたび取り上げられているので、ご存じの方も多いでしょう。 アニサキ…
画像ギャラリー『おとなの週末Web』では、手作りの味も追求していきます。そんな「おとなの週末」を楽しんでいる手作り好きから、折々の酒肴を「季節の目印」ともいえる二十四節気にあわせて紹介しています。「処暑」の17回目。旬を迎えたスルメイカで「いかの塩辛」を作りました。
秋の入り口「処暑」はスルメイカの季節
古くからの生活暦・二十四節気では、8月23日からの2週間ほどが「処暑」(しょしょ。9月7日頃まで)となります。暦のうえでは立秋も過ぎ、夏の暑さもやわらぐ頃とされます。まだまだ残暑は厳しいのですが、朝晩には少しずつ秋の気配が感じられます。まさに夏の終わりの時期なのです。
66歳のオイラは食べ物で季節を感じる人間です。夏の終わりの頃から、魚屋さんやスーパーの店先には生のスルメイカが並び始めますが、オイラはその光景を見るたびに秋の訪れを実感します。
「ああ、ぼちぼち秋だな。肝(きも)、育ってるかな~」
はい。キモいヤツです。純粋な季節感とは、ちょいと視点は違いますが、いかの塩辛好きのオイラは、スルメイカの肝の大きさのことがこの季節の最大の関心事なのです。
スルメイカは「真イカ」とも呼ばれ、産地により通年で出回りますが、経験上、春先から初夏の間のスルメイカは小ぶりなものが中心。概して肝が小さいのです。が、夏の終わり頃から出回り始めるスルメイカは、身も大きく育ち、当然肝もデカいのです。体長にして30cm級のものに出合えるのは、まさに処暑の頃からなのです。
ということで、赤黒く光った鮮度のいいスルメイカが手に入ったら、オイラは一も二もなく塩辛を作ってきました。塩をした濃厚な肝とスルメイカの刺身をあえて作る塩辛こそ、いかの酒肴の頂点と思っています。
新鮮でも、塩辛作りにはイカの冷凍が不可欠
ところが、ここ数年はその、いかの塩辛作りに暗雲が立ち込めております。はい。「アニサキス」問題です。ニュースでもたびたび取り上げられているので、ご存じの方も多いでしょう。
アニサキスは魚介類に寄生している線虫の一種ですが、その幼虫が生鮮魚介類にはけっこういるのです。スルメイカだけでなく、アジやサバなどにも寄生していて、魚を生食したことによる、アニサキス中毒が増えているそうです。幼虫が胃壁や腸壁に刺し入ることで猛烈にお腹が痛くなるなど、やっかいな事態となりかねないのです(泣)。
こうしたことから近年、厚生労働省ではアニサキス対策として「内蔵は生で食べない」と注意喚起しています。イカの肝を生で利用する塩辛などは、もってのほかとなります。
もちろん、スルメイカの胴などは、アニサキスを目視で除去すれば問題はないのですが、一般的な対策としては「加熱するか、凍結すること」がすすめられています。特に、イカを生食する場合は「冷凍してから」ということが常識になりつつあります。
厚生労働省のホームページによれば、「-20度で24時間以上冷凍する」ことで、アニサキスは死滅するのだそうです。スルメイカの日本一の産地・青森県のホームページにも同様の注意喚起がなされていました。
しかし、ここで問題があります。家庭用の冷凍冷蔵庫はおおむね「-18度までの冷凍機能」のものが多く、国や県のいう「-20度で24時間以上」の冷凍は家庭ではほぼ不可能です。業務用の冷凍庫がなければできないことなのです。いったい誰が考えた施策なのか知りませんが、「チッ、まったく行政のやることは~」と舌打ちしたくなります。
実際、スーパーの売場などでは、「刺身で食べる場合は、48時間以上冷凍する」などと明示し販売しております。冷凍温度の足りない分をより時間をかけて対策しようということでしょう。
このやり方が科学的に正しいのかは、諸説あるようです。それでも経験上、オイラはこの方法でいつもスルメイカを冷凍したうえで、手作りの塩辛を作っております。幸いアニサキスでお腹が痛くなることもなく、5~6年を迎えております。ただし、家庭用冷凍冷蔵庫の冷凍能力は機種により大きく異なります。なので、冷凍して召し上がる際はあくまで自己責任でお願いいたします。
手間をかけても作りたい絶品塩辛への道
したがいまして、いかの塩辛を作るための手順は、少々手間がかかります。
1=必ず鮮度のいい生のスルメイカを買い求める。
2=買ったスルメイカは、その日のうちに下処理し、48時間以上冷凍する。
3=スルメイカの肝は塩をして、1日以上冷蔵室で熟成させてから48時間以上冷凍する。
つまり、スルメイカの肝だけは胴などとは別進行で冷凍するのですが、冷凍前に熟成させることで、生臭さが格段になくなります。作業カレンダーとしては、次のとおりです。
1日目=魚屋さんで生のスルメイカを買い、胴、ゲソなどに分け夕方から冷凍する。
※ただし、肝は塩をして冷蔵で1日熟成させる。
2日目=胴、ゲソなど冷凍中(夕方で24時間経過)。夕方から熟成後の肝を冷凍する。
3日目=胴、ゲソなど冷凍中(夕方で48時間経過)。肝、冷凍中(24時間経過)。
4日目=胴、ゲソなど冷凍中(夕方で72時間経過)。肝、冷凍中(48時間経過)。
4日目夜=夜、胴、ゲソなど、肝を冷蔵室に移す。庫内解凍。
5日目朝以降=解凍されたもので塩辛作り。
つまり、最短でも5日がかかるのです。これほどに手間のかかるものですが、オイラの作り方は超薄塩仕立てで、味わいは「いかの刺身の肝あえ」という雰囲気。市販の塩辛とは別次元の濃厚な味わいです。間違いなくお酒が進む、秋の一品となります。
●いかの塩辛(仕込み編)
1)スルメイカから、ゲソ(足)と内臓を引き抜く。特に肝を傷つけないようにはずす。
2)ゲソと内臓を切り分け、内臓からは肝だけをはずす。
3)イカの胴は中を開き、皮をはぐ。エンペラ(頭の部分)は胴からはずし、皮をはぐ。※ここまでの作業をオイラはなじみの魚屋さんでやってもらっています。スーパー、デパ地下の魚屋さんでもやってもらえるところはあると思います。
4)ゲソの吸盤を包丁でこそげとる。
5)下処理した胴、エンペラ、ゲソはよく水洗いし、キッチンペーパーで水分をぬぐってから、ひとつずつラップで包み、ステンレス製のバットなどに入れラップをし、48時間以上冷凍する。
※今回のオイラの作り方では、胴などは実際72時間以上冷凍しています。
6)イカの肝はよく水で洗い、受け容器付きのザルで水けをきったうえで塩をまぶし、ザルごとラップをして、丸1日(24時間以上)冷蔵庫の冷蔵室で熟成させる。※塩の量はテキトーですが、イカの肝3~4本で大さじ1~2(15~30g)という感じです。肝の大きさや、お好みのしょっぱさに合わせて加減してください。ひと晩おくとかなりの水分が出ます。このひと手間で、生臭さが格段に消えます。
7)丸1日熟成させた肝は、キッチンペーパーに包み、ラップをして48時間以上冷凍する。
●いかの塩辛(調理編)
1)イカの胴、ゲソ、エンペラ、肝を48時間以上冷凍したら、冷蔵室に移し、ひと晩かけて庫内解凍する。
2)解凍できていたら、イカの胴を1cm幅ほどの大きさで食べやすく切り、ガラスボウルなどに入れてイカの肝とあえる。肝はザルなどに置き、割りばしで肝の薄皮を破るようにして中身を出し、ザルで裏ごししてからイカの胴とあえる。
3)イカのゲソとエンペラは食べやすく切り、ガラスボウルなどに入れて、2)で使った肝の皮の残りとあえる。※肝の皮は包丁でこまかく刻んでからあえましょう。
4)それぞれ半日ほどおいて味をなじませたら、イカの胴の塩辛、イカゲソの塩辛とも、文句なしの「いかの塩辛」に仕上がる。※オイラは胴とゲソなどを分けて塩辛にしていますが、もちろん一緒にあえてもかまいません。どちらの塩辛も低塩のため、解凍してあえた翌日までには食べきりましょう。
文・写真/沢田 浩
さわだ・ひろし。書籍編集者。1955年、福岡県に生まれる。学習院大学卒業後、1979年に主婦と生活社入社。「週刊女性」時代の十数年間は、皇室担当として従事し、皇太子妃候補としての小和田雅子さんの存在をスクープ。1999年より、セブン&アイ出版に転じ、生活情報誌「saita」編集長を経て、書籍編集者に。2018年2月、常務執行役員パブリッシング事業部長を最後に退社
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