音楽の達人“秘話”

「発売禁止?そりゃあメげたよ」デビューアルバムも2枚目も“発禁”の異常事態 音楽の達人“秘話”・頭脳警察「PANTA」(2)

「それを乗り越えてゆくのがロックだろう」 所沢の合宿から帰って来たPANTAは頭脳警察の活動を本格的にスタートさせた。すぐに評判となり、ビクター・レコード(当時)との契約がまとまった。デビュー作はライヴ盤が良いだろうとい…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。ロックバンド「頭脳警察」のPANTAの第2回では、伝説として語り継がれるデビューアルバムとセカンドアルバムの発売禁止について触れます。当事者のPANTAは、何を思ったのか―――。

かつて日本の音楽は“歌謡曲”

J-POPという言葉が初めて使われたのは1980年代末で、1990年代に入ると広く浸透した。現在では日本の音楽を一般的に示す言葉となっているが、1950~60年代、昭和の日本では、日本の音楽は歌謡曲と言う言葉で一括りにされていた。それが1960年代中期くらいに一括りで囲い込めないフォーク・ソングなどが登場し、1970年代にはニュー・ミュージックという言葉が生まれた。従来の歌謡曲に対し、それで括り切れないフォーク、ロック、ポップスなどがニュー・ミュージックとされた。

歌謡曲に対して、新しい音楽なのでニュー・ミュージックとされたわけで、井上陽水、吉田拓郎、荒井由実などはニュー・ミュージックだった。そして、ニュー・ミュージックが完全に日本の音楽シーンの主流となり、歌謡曲、とくに演歌を片隅に追いやった時、J-POPという言葉が生まれている。

ロックは、英語で歌うべきか、日本語で歌うべきか

J-POP世代のリスナーは日本人が日本語詞でポップスやロックを歌うのを当然のことと思っているだろう。だが、1970年代初期にはロックを日本語で歌うべきか、はたまた英語で歌うべきか、音楽誌で論争になったことさえあった。ロックはアメリカやイギリスの音楽なので英語で歌うべきでしょう。いや、ここは日本なのだから日本語で歌うべきでしょうというわけだ。

英語で歌う派は、カナダのチャートにランキング入りした内田裕也率いるフラワー・トラヴェリン・バンドをその好例としてあげていた。日本語派は早川義夫を擁したジャックス、大滝詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂のはっぴいえんど、PANTA率いる頭脳警察を支持していた。J-POPしか知らない世代には、とんでもない話だろうが、そんな時代もあったのだ。何事にもパイオニアがいなければ今は無いのだ。

そんな論争が起こる前、頭脳警察の結成以前からPANTAは日本語詞にロックの曲を付けていた。“ロックを英詞にすべきか、日本語詞にするかなんていうのはナンセンス。ロックというのはマインドであり、自由なんだ。オレは自由に詞を書き、自由に歌う。それがロックなんだ”といつも語っていた。

ソロや、「PANTA&HAL」のアルバム

「それを乗り越えてゆくのがロックだろう」

所沢の合宿から帰って来たPANTAは頭脳警察の活動を本格的にスタートさせた。すぐに評判となり、ビクター・レコード(当時)との契約がまとまった。デビュー作はライヴ盤が良いだろうということになって、京都府立体育館と東京都体育館で演(や)ったライヴが録音され、『頭脳警察1』として発売されることになった。ところが「世界革命戦争宣言」などあまりに過激な内容の曲が多く、ビクター・レコード内部で問題となり発売禁止となった。

そこで、急遽スタジオで曲を録り直し、PANTAの考える“ヤバそうな曲”を外して、『頭脳警察2nd』を完成させた。だが、今度は発売1か月にしてレコード制作基準倫理委員会(通称レコ倫)から歌詞にクレームが付いて再び販売中止となってしまう。メジャーからデビューして、1作目、2作目と立て続けに発売禁止となった。こんなバンドは日本の音楽史上、PANTAの頭脳警察だけだ。

“発売禁止?そりゃあメげたよ。でも、それを乗り越えてゆくのがロックだろう”

そう言うPANTAは「クタバレ!レコ倫」という曲を作ろうかと思ったけど、発禁になるのが目に見えているから止めたと笑っていた。

ちなみにレコ倫というのは表現の自由に対し、とても厳しい。かつてプロデュースした女性シンガー・ソングライターの曲に“血をなめて”という一節があった。これに対しレコ倫は、酒鬼薔薇聖斗事件を思い起こさせるので、アルバムから楽曲削除を求めて来た。ぼくは抵抗したが、削除しないとアルバムを出せないとレコード会社に迫られ、その曲を外して発売した経験がある。

“ロックというのは8ビートのサウンドだけを言うんじゃない。その根底には生き方、表現、信念などが流れてるんだ”と語るPANTAには、「ロックもどき」という、今にしては現代の軽佻浮薄なサウンドだけがロックという音楽に一撃を放ったような1976年発表の名曲がある。

頭脳警察のアルバムの数々。発売禁止になった1972年の幻のデビューアルバム『頭脳警察1』(中央上)は21世紀になって再リリースされた

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)

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