弊誌『おとなの週末』をはじめ、様々な媒体で活躍中のカメラマン・鵜澤昭彦氏による、美味なるマグロ探訪記。前回、豊洲市場にある『銀鱗文庫』で本を借りた鵜澤氏。その本から流れ流れて著者に辿り着きます。そこで聞いた話とは。
画像ギャラリーマグロ本がなかなか読めずにいたら……
説教を受けたとはいえ、せっかく無理を言って手に入れた、いや、もとい貸出を受けた本である。さっさと読みたかったがそんな時ほど忙しくなるもので、すぐに読めるようにと車の助手席に本を置いたまでは良かったが、俺の車は東京から一路、青森県深浦に、そして三内遺跡を巡回して東京に帰郷。
ようやく本を読めるかなと思ったら今度は会津若松へ、あっというまに返却期間が来てしまった。
ここで延滞したら人として、いやマグロマンとして示しがつかない。まだ3分の1も読んでない本を、俺は泣く泣く『銀鱗文庫』に返却し、仕方なく、アマゾンで購入しようとネットで探してみると、なんと第7回小学館ノンフィクション大賞を受賞したこの本が、後にコミック化もされていたことが発覚。
コミックは『ビックコミック』で『土佐の一本釣り』を連載していた青柳雄介さんが出筆なさっていて、俺としてはこれは絶対買わなければいかんだろうと、即座に全3巻を電子書籍でまとめ買いしてしまった。やれやれ心なしか散財の予感であるぞよ。
しかも著者の斎藤さんは他にも『俺たちのまぐろ』を上梓されていて、この本も即購入、またもや散財(笑)。
なんだかここまでくると、もはや『まぐろ土佐船』関係は全部揃えてやるぞみたいな感じになってきて、さらなる散財の予感がする。自分でも苦笑である。
ここで、ようやくアマゾン君が本を事務所に運んでくれたよ。
今度こそじっくり腰を据えて読むぞと事務所の椅子に勇んで座ったその瞬間、「歯が痛い」のである。
こんな時にあぁ、歯が痛い。
とにかく読書どころではない俺は知り合いの歯科医院に無理矢理予約をねじこんで一目散に愛車を走らせ、新宿区早稲田鶴巻町から千葉県八千代市村上まで爆走した。
なんとか歯科医院の診療時間ギリギリに到着して「ふぅ~」と大きなため息をついた、これから歯の治療である(痛いから治療場面省略)。
思い出しても泣けてくる、世界で一番嫌いな歯の治療が終わりかけた時、俺は診療用の椅子に仰向けになりながら、突如ハッとした。
俺が治療を受けているのは古くからの親友が開業している『いまい歯科』で、場所は千葉県八千代市村上だ。まだ半分も読んでいない『まぐろ土佐船』の著者の斎藤さんは、確か千葉県の習志野でマグロ料理の店を開いていると本に書いてあったのを思い出したのだ。
八千代市村上から習志野って、車なら意外と近くないか? 思い出したが吉日、治療が終わり挨拶もそこそこ、慌てて『いまい歯科』を飛び出し、車に飛び乗り車載ナビで調べてみると20~30分の距離であった。これはいかずんばなるまい! 千載一遇のものスゴい機会だ(携帯で調べりゃ良いじゃーん、焦るな俺)。
俺が向かった先の店の名は、『炊屋(かしきや)』といい、店名の由来は「ベテラン乗組員達はマグロ船のコックのことを『かしき』と呼ぶ」からきているとのことだ。
はやる気持ちをおさえつつ、車を走らせると、10年ぶりに警官から交通違反でキップきられた。なにやってんだか! またしても、またしても散財だぞ俺!!
波瀾万丈、なんだかんだで、開店時間ぴったりの17時に店に到着した。俺はドキドキしながら、店のドアを開けた。この時間なら、俺が口開けの客に違いない!
マグロ船のコック長の忘れられない思い出
おぉ、店内に一歩入ってみると、まさに思惑通り。店にはまだお客さんが入っていなかった。俺はドキドキしながら言ってみた。
「食事だけでも良いですか?」だって車だもん。
「はい、良いですよ」。メニュー書きをしていたマスターの齋藤さんがマジック片手に俺に答えた。
俺は椅子に座ってまず何をオーダーをしようかと悩んだ。「マグロサシと……うーん」。
俺がオーダーを迷っていたら斎藤さん「頬裏刺しが人気だよ」と。
俺は「そしたら、マグロサシと頬裏刺し、ご飯と味噌汁をお願いできますか~? あとノンアルビール1本」と言い、さらにおもむろに「すみません、他にお客さん、いないみたいなんで。この本にサインいただけますか~?」と言ってボディバックから『まぐろ土佐船』を取り出した。俺はなんて図々しいんだか。
料理が運ばれた後、齋藤さんはヘンテコな客である俺の質問に少しも嫌な顔せずに付き合ってくれた。
頬裏さしを口いっぱいにほうばりながら、「いま、この本まだ読んでる最中なんですよー」と俺。
齋藤さんは、「マグロで自主トレしてるカメラマンさんか~。マグロって奥深いよな~」
「本当に奥深いです。うっ! 頬裏刺し旨いです。はふはふ」。口の中で頬裏刺しの繊維質がほぐれてきて、まさに上質の肉を食べてる感じだ! ご飯が進む進む!! はーっ、これで一杯飲めれば最高だ。
その後、延縄漁船の船内料理についての疑問に答えてくれた斎藤さんに、俺は「最後に、マグロ漁船のコック長やってて、忘れられない思い出ってなにかありますか?」と聞いてみた。
斎藤さん、暫し考えてから遠くを見る目で、「縄ぶねに乗ってたことがね、今も昨日のように思い出されるけど、その中でも今、君に言われて思い出した風景があるよ」
「おぉ、それは一体……どんな風景なんですか?」と俺。
「南氷洋タスマン海の南緯45度を超えたあたりだったかな。投縄も終わりかけて朝方になってきた時分に、確か船員はまだ作業中だったと思うけど、見渡す限りのオーロラが空一面に出てきたんだ。そりゃ~幻想的な美しい光景だったよ。
ものすごく寒い中、僕はデッキに走り出てオーロラの空を見上げたんだ、その時だね“親分”(漁労長)が八代亜紀を流したのは!
船のスピーカーのボリュームいっぱいで流れる亜紀ちゃんの歌が船の甲板はおろか海全体に流れ出て、オーロラの海と見事にマッチしたんだ。生きてるって実感は、こういう時に感じるんだな~って思ったものだよ!」
斎藤さんがしみじみ語ったその顔がカメラマンの俺には生涯忘れられない心の絵になった瞬間だった。聞いていた俺もまた、“生きてるって実感”が湧いてきたってもんだ。
旨いマグロに良い思い出話が最高の調味料となって、俺の夕食は大満足なものになった。
店を後にしてから、ふと俺は思った。いけねぇ八代亜紀のどの曲だったか聞くの忘れた! って。演歌の女王・八代亜紀にはヒット曲が多い。例えば『おんな港町』や『舟唄』『雨の慕情』などを筆頭にヒット曲は数十曲もある。
もし、俺がオーロラの下で八代亜紀を聞くなら、『舟唄』が良いが、あなたならなにが良い?
あっ! そうかメドレーで聞けば良いんだな……(笑)。
P.S.『まぐろ土佐船』はDVDにもなっていた。もちろん即購入(笑)。
【協力】
嫌な顔のひとつもせず、変な客だった俺につきあってくれた『炊屋(かしきや)』のマスター斎藤健次さん、本当にありがとうございました。
■『炊屋』(かしきや)
[住所]千葉県船橋市習志野台4-23-13
[電話番号]047-464-9909
取材・撮影/鵜澤昭彦
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