元アイドルは5年近くに及んだ刑務所暮らしで何を食べ、食に何を見出したのか?塀の中に美味しいものはあるのか?元アイドルの後藤祐樹さん(36)が『アウトローの哲学(ルール) レールのない人生のあがき方』(講談社ビーシー/講談…
画像ギャラリー元アイドルは5年近くに及んだ刑務所暮らしで何を食べ、食に何を見出したのか?塀の中に美味しいものはあるのか?元アイドルの後藤祐樹さん(36)が『アウトローの哲学(ルール) レールのない人生のあがき方』(講談社ビーシー/講談社)を上梓した。彼は、この本の中で塀の中の生活に触れている。
13歳で芸能界にスカウトされて、ダンスボーカルユニット『EE JUMP』のメンバーとしてスターダムにのし上がった。しかし、15歳の時にスキャンダルが報じられて芸能界を追放。その後非行に走り、窃盗や強盗傷害事件で逮捕された。結局21歳から26歳まで、警察署の留置場や塀の中(川越少年刑務所)で過ごさざるを得なかった。さて、彼が経験した異世界の食とは―――。
計4回の短期連載で、いわゆる「臭いメシ」をテーマに作家・西村健氏が描く。その第3回。
「みんな甘いものに飢えている」
刑務所に入ったら、とにかく甘いものが欲しくなる。以前、取材した元受刑者達は強く主張していた。内の一人は元々お酒が好きで、甘いものはそんなに食べる方ではなかった。それでも―――
「中にいたら、酒が呑みたいとかは特に思わないんです。それよりとにかく甘いものが食べたい。本当にそうなります」
私(西村健)も、酒好きでは人に負けない自信がある(苦笑)。これでも子供の頃はお菓子が大好きだったが、酒を呑むようになってからは全く受け付けなくなった。恐らく酒だけで既に糖分は充分なのだろう。だから更に甘いものを摂ろうとすると身体が拒否するのだと思われる。以前、ショートケーキを一つ食べて気分が悪くなったのは、強烈な思い出である。それでも―――
「いや、そんな西村さんでも、中に入ったら甘いものが食べたくなります、って」と彼は言い張っていた。
後藤氏に確認してみると、全く同じ意見だった。
「僕の周りを見てみても、普通は男性、甘いものはあまり食べない、って人も多いじゃないですか。特にお酒呑みの人はそうですよね。でも中に入ると真逆なんです。みんな甘いものに飢えている。出されると、むしゃぶりつくように食べてます」
出所したら、お菓子を買いまくって食いまくる
後藤氏は元々、お酒はそんなに呑む方ではなかったそうだ。ただ、ヘビースモーカーではあった。日に何箱も吸っていた。タバコの禁断症状はどうだったのか。
「それが、タバコも別に吸いたいとは思わないんですよ。それよりとにかく甘いものが食べたい。お酒よりもタバコよりも、甘いもの。それが実感でしたねぇ」
こういう証言を聞くにつれ、我々は普段の生活で必要以上の糖分を摂っているのだろうな、と思い知らされる。それに身体が慣れている。だから刑務所に入って、必要最小限の糖分しか与えられないと無性に欲しくなってしまう。そういうことなのだろう。
連載第1回の際に、糖尿病持ちだったのが「服役したらそれが治った」という元囚人の証言を紹介した。外にいると過剰なまでの糖分にさらされるから、糖尿病にもなってしまう。だが塀の中で、必要最小限の糖分だけを摂っていれば、症状が改善してしまった、というのだ。どれだけ我々の普段の生活は不健全なのか、こうしたエピソードから思い知らされる。
余談だが、私はヤクザの取材もそれなりの数をこなしてきた。映画や漫画などのイメージから、大酒を喰らって暴れる無法者のイメージがあるかも知れないが、会ってみたら意外や意外。極道には「お酒は苦手」という人がとにかく多いのだ。逆にほぼ全員、「甘いものが大好き」。彼らは刑務所暮らしが長いので自然、そうなってしまうのだと思われる。
以前、「見るからにそのスジ」という人と喫茶店で会って、話をした時のこと。私はコーヒー、彼はフルーツパフェを注文した。持って来たウェイトレスは当然のように、私の前にパフェ、彼の前にコーヒーを置いた。彼女が立ち去ると互いに苦笑して、パフェとコーヒーとを交換した。本当に実態は、こういうものなのだ。
閑話休題―――
「糖尿病が治った」という彼は、塀の中ではよく甘いものを食べる夢を見ていたという。
「デッカいデコレーションケーキに頭から突っ込んで、周りを食べ散らかすとか。テーブル一杯にお菓子を並べて、片っ端から食べ尽くすとか。そういう夢を本当に見るんです。それも、一度や二度ではなく、何度も」
後藤氏に聞いてみると、
「あぁ、分かります分かります」と苦笑を浮かべた。時代も異なり、成人刑務所と少刑という違いもあろうが、そこのところは変わらないということのようだ。
「川越少年刑務所って、出てすぐのところにローソンがあるんですよ。だからみんな、『出所したら真っ先にあそこに行くんだ』って話してましたねぇ。中の作業で報奨金が出るから、『1万円分、お菓子を買いまくって食いまくる』なんて」
ただ、中での特殊な食事事情に身体が慣れてしまっているから、色々と変な体験もするという。
「“旗日(祭日)”には必ず甘いものが出るんです。コーラとかも。普通、コーラなんて何てことない飲み物なのに、中では滅多に飲めないから。何だか甘味と炭酸を味わってるだけで、ハイになっちゃうんですね」
ポテトチップスにも苦労したという。
「普段、柔らかいものばかり食べさせられるから、口の中が弱くなっちゃうんですかねぇ。ポテチ一袋、食べたら口の中が傷だらけになってましたよ」
それは恐らく、夢中で頬張ったせいも多分にあったのではなかろうか。
「これは、甘味ではないんですが……。中では普段、熱いものもあまり出ないんですよ。だいたい冷めている。ところが夏になると、味噌汁が熱いんですね。これまた慣れてないから、口の中を火傷してしまう」
夏だけ味噌汁が熱いとは、どういうことか。実はその他の季節では、炊事場から大鍋で舎房まで運ばれて来る途中で、冷めてしまっている。ところが夏は冷めないから、熱い思いをすることになるのだとか。これも入ってみなければ分からない、「刑務所あるある」なのだろう。
“掛け金”はお菓子
また、以前の取材では、塀の中のギャンブル事情についても聞いた。テレビの大相撲でどっちが勝つか、とか。のど自慢でどの出場者が鐘をいくつ鳴らすか、とか。他愛のないことで賭け合うのだという。
賭け金の代わりは? ……そう、お菓子である。
「旗日にはかりんとうとか、お菓子が出ますからね。それを賭けるんです。勝った奴が負けた奴からかりんとうをぶん取る。『あっお前、1本多いぞ』『いや違う。俺はこれだけ勝った』なんて。大の大人が、かりんとう1本でケンカしてますからね。笑い話にもなりませんよ」
塀の中ではこうした食事のやり取りは、ご法度である。第2回でも触れたが、刑務所内の隠語で「シャリ上げ」と称す。かりんとう1本であれ、見つかったら処罰される。やった方も、もらった方も。
「見つかったら処罰だけど、でもやっぱり『シャリ上げ』はなくなりませんよねぇ」と後藤氏。「上の者が下の者に、『メシ寄越せよ』と露骨に言うこともあるけど。それよりも『俺、今夜のこのメニュー好みなんだけど、お前はあんまり好きじゃないよね』なんて、遠回しに言ってくる。下の者は『あ、はい』と。従うしかないですよねぇ。刑務所内のイジメ事情はこんなものです」
お菓子を賭けたギャンブルはあったのかと尋ねると、「それはしょっちゅうだった」という返事だった。
「ただ賭けの対象は、テレビのクイズ番組で『答えはAかBか』とか。そんな感じでしたねぇ。少刑では『のど自慢』とかはあまり見ませんので(笑)」
こういうところに成人刑務所と、少年刑務所との違いが出てくるようで……
文/西村健
後藤祐樹
ごとう・ゆうき。1986年、東京都江戸川区生まれ。1歳上の姉は、元『モーニング娘。』の後藤真希(通称・ゴマキ)。99年に13歳でスカウトされ、2000年にソニンと組んでダンスボーカルユニット『EE JUMP』のメンバーとして歌手デビュー。01年に発売した「おっととっと夏だぜ!」がスマッシュヒット。未成年でキャバクラに通っていたことが報道されるなどして02年に芸能界を引退した。とび職をするなどして働いていたが、07年10月に銅線の窃盗容疑で逮捕され、12月には強盗傷害で再逮捕、翌08年5月に懲役5年6月の実刑判決を言い渡された。その後、川越少年刑務所に収監され、12年10月に仮釈放で出所。15年に現在の妻の千鶴さんと結婚し、義父のダクトを扱う会社を手伝うほか、YouTubeなどで活動している。22年1月からは芸能事務所「エクセリング」に所属。
西村健
にしむら・けん。1965年、福岡県大牟田市生まれ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『バスを待つ男』『目撃』、雑誌記者としての自身の経験が生んだ長編『激震』など。
【後藤祐樹さん著書紹介】
『アウトローの哲学(ルール) レールのない人生のあがき方』(講談社ビーシー/講談社、1650円)。15歳でアイドルとして人気絶頂を極めた男が見た、奈落の底。朝倉未来とも闘い、ユーチューバーとしても活躍する後藤祐樹の波乱万丈の人生を描く。彼の生き方は、無難にしか生きられない我々に教訓と指針のヒントを与えてくれている。「いき詰まったら、読んで欲しい」一冊。