元アイドルは5年近くに及んだ刑務所暮らしで何を食べ、食に何を見出したのか?塀の中に美味しいものはあるのか?元アイドルの後藤祐樹さん(36)が『アウトローの哲学(ルール) レールのない人生のあがき方』(講談社ビーシー/講談…
画像ギャラリー元アイドルは5年近くに及んだ刑務所暮らしで何を食べ、食に何を見出したのか?塀の中に美味しいものはあるのか?元アイドルの後藤祐樹さん(36)が『アウトローの哲学(ルール) レールのない人生のあがき方』(講談社ビーシー/講談社)を上梓した。彼は、この本の中で塀の中の生活に触れている。
13歳で芸能界にスカウトされて、ダンスボーカルユニット『EE JUMP』のメンバーとしてスターダムにのし上がった。しかし、15歳の時にスキャンダルが報じられて芸能界を追放。その後非行に走り、窃盗や強盗傷害事件で逮捕された。結局21歳から26歳まで、警察署の留置場や塀の中(川越少年刑務所)で過ごさざるを得なかった。さて、彼が経験した異世界の食とは―――。
計4回の短期連載で、いわゆる「臭いメシ」をテーマに作家・西村健氏が描く。その最終回では、塀の中で書いた「グルメノート」を公開。
テレビのグルメ番組、グルメ雑誌が刑務所では大人気
連載第1回で触れたが、後藤祐樹氏の獄中ノートには、飲食店の名前の書かれた一覧表が延々連なるものがあった。それも、3冊分。全てをちゃんと見ようとすれば、かなり手間取るくらいの分量である。
ラーメン、カレーといった“国民食”に、中華に和食に洋食にエスニック……。大衆的なものからちょっとお高い店まで、とにかく「ありとあらゆる」と言っていいジャンルの飲食店が、網羅されてあった。前回の話題に連なるが、甘味処も多かった。
個人的な話題で恐縮だが、我が家の近くの老舗和菓子店もリストアップされていたのには、笑った。作曲家、故古賀政男ゆかりの店で、彼が名づけたという銘菓が人気の店である。そう言えばアイドル時代、後藤氏は渋谷区幡ヶ谷(つまり我が家の近く)に住んでいたこともある、と聞いた。そんな縁もあって、この店が目に留まったのだろう。
これだけの飲食店の一覧表。第1回でも述べたがこれも以前、元服役囚への取材で聞いていた。
「テレビのグルメ番組や、グルメ雑誌なんか。刑務所では大人気なんです。あぁ美味しそうだなぁ、と見ている。実際には行けないから、仮想体験しているわけですね。それで、出たら絶対に行こう、と決める。その時のために店の情報をメモしておく。とにかく中では退屈ですからね。そんなことをして気分を紛らせる。誰もがやっていることです」
『おとなの週末』を定期購読していた
面白かったのは、彼は中の作業で図書係をやっていたため、服役囚の間ではどんな本が人気か、たちどころに分かった、という話だった。
「雑誌では『dancyu(ダンチュウ)』が人気でしたね」
ところが後藤氏のノートには、『dancyu』でなく『おとなの週末』の文字が。このサイトの母体である本誌の『おとなの週末』を好んでくれていたのか!?
「えぇ、僕、中では『おとなの週末』を定期購読してましたので」
何とも嬉しい答えが返って来た。
「『dancyu』は確かに人気でしたよ。他には『東京ウォーカー』とか、グルメに限らないけど『るるぶ』とか。ただやっぱりそれぞれ、雑誌の性格が違うじゃないですか。例えば『ウォーカー』系だと取り上げる街も原宿とか、渋谷とか。そういう、いい店かどうかよりは流行の方を重視しているような。その点、僕の好みには『おとなの週末』がピッタリだったんです」
アイドル時代、かなり贅沢な食事もした。六本木にあった韓国料理店『眞露ガーデン』が大好きで、友達と数人連れで通っては、一度に10何万円を払っていたという。14、5歳なのに金銭感覚が違う。
こんな少年時代を過ごしたので「グルメという自負はある」のだそうだ。そんなお眼鏡に『おと週』が適ったのだから、少しは自慢してもいいのかも知れない。
ちなみに『眞露ガーデン』で必ず食べていたのは、プルコギだったという。
定期購読する雑誌を決める際、自分に合うものを厳選するのにも理由がある。塀の中では買える本が月に3冊、と決まっているからだ。文庫本でも買ってしまえば、1冊。数が限られているから、慎重にならざるを得ない。
ちなみに週刊誌だと、月に4回発行されることになるがこれは問題にならないという。例えば『少年マガジン』と指定すれば、月に4冊手にしても、1冊分とカウントされる。これは美味しい。
ただし『おとなの週末』は月刊だから、この恩恵にはあずかれない。それでも定期購読の1冊に入れてくれていたというのだから、この点においても誇りに思っていいのかも知れない。
住所のメモは、基本的にNG
ただ、後藤氏のノートを見て、一つ気になることがあった。飲食店名と共に、住所が併記してあった点だ。店の情報をメモするのだから、住所も書くのは当然だと思われるかも知れない。だが刑務所では、住所をノートに書くのはご法度というルールがあるのである。
これは、服役仲間の連絡先などを書いたりしている恐れがあるから。先に出所した者が仲間の家に行って、奥さんを襲ったというような例が実際にあったらしい。このため住所をメモるのは基本的にNGの筈なのだ。
図書係だったという元服役囚も、「せっかく一生懸命、店の情報をメモったのに、住所のところは全部黒塗りにされてしまいましたよ」と嘆いていた。
これは、少年刑務所だと事情が違うのだろうか。後藤氏に聞いてみると、
「あぁ、住所は基本、ダメですよ」という返事だった。
「ただ、川越はこの点、基本的に緩いと聞いていた。だからバーッと住所も書いてみたんです。もし『ダメだ』と言われても、出所する時にノートを持って出られない、というだけですから。でも結果は、パラパラとめくられて何のお咎めもなし。この通り、ちゃんと持ち出すことができました」
妄想の中で、お店に行ったような気になる
そこで最後の質問。これだけの量、書き出された飲食店。では実際に出所の後、行ってみた店はどれだけあるのだろうか。
「いやぁ、それが。行ったのは10軒あるか、どうか。店の名前まで覚えているのは、2軒くらいのものですよ」
実はこれも聞いていたのだ。例の、図書係だった彼。「あれだけ店の名前を書き出したのに、出てみたら1軒も行かなかった」というのである。
後藤氏も同じようなものらしい。これはいったい、どういうことなのか?
「中で雑誌を見てる時は、もう『目で食べたい』というか。ページを食べてしまいたいくらいの思いでいるんですよ。必死で書き写す。でもそれで半分方、目的は果たしてしまっているんでしょうね。妄想の中で、もう行ったような気になっている。それに、行けないから行きたいわけで。本当に行けるようになったら、そこまでの意欲は湧かないんですよね。出たら行くぞ、という目標があるから、辛い毎日も頑張れる。中で生き抜くための、手段のようなものなんじゃないでしょうか」
これも、以前の取材で聞いた証言通りだ。
そもそも出所してすぐは、金もない。まずは仕事を探さねばならない、という必要に迫られる。店に食べに行くどころではないのだ。
そしてようやく仕事もでき、生活も安定して来る。ほっと一息つく。その頃にはもう、「行きたい」という思いも薄れている。人間心理なんて、そういうものなのだろう。
そもそも後藤氏の奥方、千鶴夫人は料理が得意だと聞く。
「あぁ、それは……自慢に聞こえるかも知れませんが、千鶴の料理は本当に美味しいんですよ。特に最初に食べて感動した、ベーコンのサラダ。本当は小松菜を使うのが一番いいらしいんだけど、最初の時にはサラダホウレンソウで作ってもらった。あれは美味かったなぁ。今でも強烈に覚えてるくらい、印象的でしたよ」
愛妻の手料理があるのなら、店なんかに行く意欲が薄れるのは、当然。
最後は「ご馳走様(最近はこの表現、あまり使わないのか?)」で〆めとなってくれたようだ。
文/西村健
後藤祐樹
ごとう・ゆうき。1986年、東京都江戸川区生まれ。1歳上の姉は、元『モーニング娘。』の後藤真希(通称・ゴマキ)。99年に13歳でスカウトされ、2000年にソニンと組んでダンスボーカルユニット『EE JUMP』のメンバーとして歌手デビュー。01年に発売した「おっととっと夏だぜ!」がスマッシュヒット。未成年でキャバクラに通っていたことが報道されるなどして02年に芸能界を引退した。とび職をするなどして働いていたが、07年10月に銅線の窃盗容疑で逮捕され、12月には強盗傷害で再逮捕、翌08年5月に懲役5年6月の実刑判決を言い渡された。その後、川越少年刑務所に収監され、12年10月に仮釈放で出所。15年に現在の妻の千鶴さんと結婚し、義父のダクトを扱う会社を手伝うほか、YouTubeなどで活動している。22年1月からは芸能事務所「エクセリング」に所属。
西村健
にしむら・けん。1965年、福岡県大牟田市生まれ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『バスを待つ男』『目撃』、雑誌記者としての自身の経験が生んだ長編『激震』など。
【後藤祐樹さん著書紹介】
『アウトローの哲学(ルール) レールのない人生のあがき方』(講談社ビーシー/講談社、1650円)。15歳でアイドルとして人気絶頂を極めた男が見た、奈落の底。朝倉未来とも闘い、ユーチューバーとしても活躍する後藤祐樹の波乱万丈の人生を描く。彼の生き方は、無難にしか生きられない我々に教訓と指針のヒントを与えてくれている。「いき詰まったら、読んで欲しい」一冊。