音楽の達人“秘話”

2001年暮れ、NHKの前で見送った加藤和彦の後ろ姿 記憶の中で流れる「悲しくてやりきれない」

国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」の音楽家・加藤和彦の最終回(第5…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。連載「音楽の達人“秘話”」の音楽家・加藤和彦の最終回(第5回)は、恒例の筆者による極私的3曲の紹介です。膨大な楽曲の中から何を選んだのか。故人との思い出を交えながら、曲への想いを語ります。

3000もの楽曲を創作

ザ・ローリング・ストーンズやボブ・ディランなどのように60年以上の音楽活動キャリアを持つミュージシャンが増えた今、40年少々の活動キャリアの加藤和彦は、とりわけロング・キャリアと言えないかも知れない。それでもその40年少々の活動歴はとても濃密なものだったとぼくは思う。特にザ・フォーク・クルセダーズ、1回目のソロ活動、サディスティック・ミカ・バンド、そして安井かずみとの結婚から生まれたヨーロッパ3部作『パパ・へミングウェイ』『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』までの加藤和彦は特に充実していた。

またこの間、飯島真理の「愛・おぼえていますか」、岩崎良美の「愛してモナムール」、 竹内まりやの「戻っておいで・私の時間」、「ドリーム・オブ・ユー~レモンライムの青い風」、「不思議なピーチパイ」、ベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」など作曲のみに限定しても約3000点に及ぶ楽曲を他のミュージシャンに提供した。あの筒美京平が残した楽曲総数が約2700曲と言われるので加藤和彦がいかに凄かったかが伝わる。

加藤和彦のアルバムの数々

「スモール・キャフェ」 死による別れを暗示させる曲

そんな加藤和彦の残した楽曲からの極私的3曲の1曲目は 『パパ・ヘミングウェイ』から「スモール・キャフェ」を選ぶ。このアルバムには坂本龍一、高橋幸宏などそうそうたるメンバーが参加していた。

ぼくは3度ほどパリを訪れているが、「スモール・キャフェ」を聴くと晩秋のパリの街角を思い出す。安井かずみの詞は、ふたりはこの時は予想だにしていなかったろう、死による加藤和彦との突然の別れを暗示させる。加藤和彦に生前、安井かずみの死後、パリを訪れたか聞きそびれたが、もし訪れていたら、その悲しみの深さは青い海の深海ほどだったと思う。

加藤和彦の“ヨーロッパ3部作”。左が、1979年の『パパ・ヘミングウェイ』

「ファンキーMAHJANG」 NHKで流せなかった曲

極私的2曲目はサディスティック・ミカ・バンドのサード・アルバム『HOT! MENU』から「ファンキーMAHJANG」だ。『HOT! MENU』は1975年11月のリリースだが、その発売とともにサディスティック・ミカ・バンドは解散した。この時のメンバーは加藤和彦、その妻ミカ、ギターが高中正義、ベースが後藤次利、キーボードが今井裕、ドラムスが高橋幸宏という超強力なラインアップだった。

軽快なロックンロール・ブギーのサウンドを持つこの曲がぼくの思い出に残るのは極私的理由による。1975年秋、ぼくは25歳だった。土日も休みなく週に70時間以上働き、残りの時間は麻雀、睡眠時間は1日平均3時間という、すさまじい日々を送っていた。そんな麻雀好きの当時のぼくのテーマソングが「ファンキーMAHJANG」だった。カセットテープに連続してこの曲を入れ、バックミュージックとして麻雀の最中、流し続けた。以前、選曲を担当していたNHKのFM番組でこの曲をかけようとしたら、NGを喰らった。歌詞の中に“パイならカキヌマ”とあったからだ。

柿沼は麻雀関連の有名企業だから、コマーシャル的な要素は一切排除するNHKにはそぐわなかったからだ。

サディスティック・ミカ・バンドのアルバムの数々。左上が1974年リリースの『黒船』。右上が、「ファンキーMAHJANG」を収録した1975年のサード・アルバム『HOT! MENU』

「悲しくてやりきれない」 東京・渋谷のNHK西口玄関、あの日を思い出す曲

極私的3曲目はザ・フォーク・クルセダーズが 1968年にリリースした名曲「悲しくてやりきれない」だ。作曲が加藤和彦、作詞は多くのペンネームを持つサトウ・ハチロー(原曲の歌詞に使われたペンネーム)だった。

ぼくがプロの物書きになるように指導してくれたのは、平野レミの父、和田誠の義父にあたる詩人で文筆家の平野威馬雄(いまお)先生だ。平野先生はサトウハチローの親友だった。平野先生は“岩田くん、あいつ(サトウハチロー)は凄いんだよ。「悲しくてやりきれない」を1時間で作詞して何百万円も儲けたんだよとよく語っておられた。その作詞印税はもしかしたら、今、何千万円になっているかも知れない。

「悲しくてやりきれない」を聴くとぼくは加藤和彦を青空の中に思い出す。加藤和彦と最後に逢ったのはNHKの西口玄関だった。21世紀に入ったばかりの2001年のその日は12月の青空が広がる枯葉舞う寒い日だった。“お元気ですか”と声を掛けて短い立ち話をした。駐車場の彼の車に向かうその後ろ姿をぼくは今でも鮮明に覚えている。その鮮やかな記憶のバックにはいつも「悲しくてやりきれない」が流れている。

ザ・フォーク・クルセダーズのアルバムの数々。左上が、「帰って来たヨッパライ」「イムジン河」が収録された『ハレンチ』。上段中央が、「悲しくてやりきれない」が入る『紀元貮阡年』

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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