「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第10回は、中学受験…
画像ギャラリー「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第10回は、中学受験で算数の偏差値が50を超えられない子たちに見られる共通点について触れます。筆者の長年の指導から見えてきた弱点とは―――。
偏差値40台から1年で60台に
2022年3月のことです。中学受験を目指し、東京都内の有名塾に通う小学校5年の男子児童、I君の算数の個別指導を請け負うことになりました。
I君は当初は模試の偏差値が40台。塾のカリキュラムに必死に付いていこうとしていましたが、膨大な量の演習に追われ、学習内容の定着が追い付かない状況でした。まずは塾の授業のフォローと、5年生で教わった内容の復習に取り組みましたが、4月の終わりになっても、毎週行われる塾内でのテストの成績にそれほどの変化は表れませんでした。なぜなら、I君には重大な弱点があったからです。その弱点を克服しなければ、その後も安定して良い成績を取るのは難しいと思われました。
そこで5月の1カ月間、その弱点克服に取り組むことにしました。その結果、6月には塾のテストでその成果が表れ始めました。時間はかかりましたが、じわじわと成績は上がり、秋口の公開模試では偏差値65を取ることもありました。そして今年2月1日には、近年躍進中で偏差値も60を超える男子進学校に合格することが出来たのです。
I君が取り組んだ弱点克服法
I君に対し取り組んだのは、「計算力の強化」でした。なんだそんなことか、と思う方もいるかもしれません。
しかし、計算力は算数・数学力の根幹です。計算力がないのに成績上位にいるという子はほとんどいません。特に算数では、ほとんどの問題が、最終的には数値計算を行い、数字で答えることになります。したがって、計算力の有無が成績に如実に関わってくるのです。
20年以上指導してきた私の経験では、偏差値が50を超えない子たちの多くは、まず間違いなく計算力が不足しています(偏差値55以上になると、計算力以外の差が大きくなってきます)。
ただしここで言う「計算力」とは、単なる四則演算(足し算、引き算、掛け算、割り算)の力だけではありません。計算を工夫して効率的に処理する総合的な力を指しています。成績が低迷している子の多くは、計算に工夫が見られません。工夫して効率的に計算を処理する力は、数学力全般を押し上げることに繋がります。計算の仕方を見れば、その子がどの程度の学力レベルかがおおまかに見て取れます。
もちろん、I君も、計算力を付けただけで前述の結果が出たわけではありません。しかし、しっかりした計算力がなければ、そこまでの学力は身に付かなかったでしょうし、本番では計算ミスで大きく点数を落とすこともあることを考えると、計算力不足は直接合否に関わると言っても過言ではないでしょう。
計算力は中学・高校でも重要です。特に高校で学ぶ積分の計算などでは、かなり複雑な計算も行います。小学校時代に計算力に難があった生徒は、大学受験までそれを引きずることも少なくありません。
1カ月計8時間の指導で成果
計算力不足と言うのはなかなか解消されないやっかいなものです。中学受験では学ぶべきことがたくさんありますので、塾からは課題は与えられますが、計算練習については本人の取り組みに任されることがほとんどです。ところが計算規則、筆算、分数計算、割合の計算など、基本的な計算の仕方が身に付いていない生徒は、ただ間違ったやり方を繰り返すだけで、なかなか改善されることがありません。
そういう生徒にもっとも必要なのは、間違いをひとつひとつ指摘しながら、正しい計算の仕方や工夫を教え、それが身に付くまで計算練習に付きそう伴走者(トレーナー)です。私がI君に行ったのはまさにそれでした。
I君への個別指導は週1回2時間でしたので、計算力の強化に取り組んだ1カ月のうち、上記の指導を行ったのは計8時間ほどです。それ以外は教えに沿ってI君が地道に計算練習を繰り返し、計算力をつけていきました。
それは1カ月で完了したわけではなく、I君が計算の重要性を認識してその後も研鑽を重ね続けたことで、さらに計算力は強化されました。このように、自学自習のやり方を身に付け、自分で実力を付けて行けるようにするのがトレーニング学習理論の目指すところです。
計算力を付けるポイントとは
小学生の親御さんなどへのご参考のために、計算力を付けるための簡単なポイントについて述べます。
(1)書き方
書き方が悪いために、計算ミスを起こすことがあります。以下のことに注意しましょう。
・テストでは、空白部や用紙の裏などに、計算をするまとまったスペースを確保。あちこちとびとびの場所に計算すると、ミスの原因になる。
・小さな字でごちゃごちゃ書かないこと。きれいでなくても良いので、見やすい字で整列させて書く。
・数字は判別しやすいように書く。特に「0と6」「1と7」「5と6」「7と9」などは、書き方によっては紛らわしいので、注意が必要。
・場当たり的に計算するのではなく、計算すべき式をきちんと書いてから計算する。
(2)基本計算
計算規則、筆算、分数計算、割合の計算など、基本的な計算の仕方は、学校や塾できちんと教わり、正しい計算の仕方を身に付ける必要があります。そのうえで、計算ドリルをなるべく毎日こなし、正確さとスピードの向上を図ります。ここは継続力が必要となるところです。継続するのが難しいお子さんの場合は、親御さんが横に付いてやらせるのもひとつの方法です。
(3)計算の工夫
基本計算の仕方までは最低限身に付ける必要がありますが、少しでも効率的に短時間で計算できるよう、常に工夫を心がけることが、計算力のアップに繋がります。計算の工夫の仕方はいろいろあり、入試で計算問題として出題されるようなより高度なものもありますが、計算が苦手で成績が低迷している小学生の場合は、以下の2点を心掛けるだけで計算力が違ってくるでしょう。
・全体を見て計算順序を考える
計算は順序によって計算量や計算時間が変わる。以下の計算例で、前から順に計算するのではなく、65+35を先に計算すれば、即座に答えが出てくる。
(計算例)
65+88+35=( 65+35 )+88=188
・同じ計算はまとめて行う
同じ数字をかけたり、同じ数字で割るときには、まとめて行うと計算量が少なくなる。
(計算例)
9×12+9×8
=9×( 12+8 )
=9×20
=180
「靴をそろえれば、心もそろう」
著名な教育者の森信三氏は、講演をするために各地の学校に赴いたとき、「靴箱にきちんと靴をそろえて置いてあるかどうかを見れば、その学校の質が分かる」と語ったそうです。「靴をそろえれば、心もそろう」というわけです。
同じように、算数においても、計算の仕方を見れば、ある程度その子の学力は推し量ることができます。そして計算ひとつでもおろそかにせず工夫する姿勢が身に付けば、より高度な単元学習においても、しっかりした勉強が出来るようになります。
算数において計算力は、まさに「靴箱の靴」(学力を図るものさし)なのです。
【トレーニング受験理論とは】
一流アスリートには常に優秀なトレーナーが寄り添います。近年はトレーニング理論が発達し、プロアスリートやオリンピック・メダリストはプロトレーナーから的確な指導を受けるのが常識。理論的背景のない我流のトレーニングでは、厳しい競技の世界で勝ち抜けないからです。自学自習が勉強時間の大半を占める受験も同様です。自学自習のやり方で学力に大きな差が出るのに、ほとんどが生徒自身に任されて我流で行われているのが実情です。トレーナーのように受験生の“伴走者”となり、適切な助言を与えながら、自学自習の力=独学力を高めていく学習法です。
圓岡太治(まるおか・たいじ)
三井能力開発研究所代表取締役。鹿児島県生まれ。小学5年の夏休みに塾に入り、周囲に流される形で中学受験。「今が一番脳が発達する時期だから、今のうちに勉強しておけよ!」という先生の言葉に踊らされ、毎晩夜中の2時、3時まで猛勉強。視力が1.5から0.8に急低下するのに反比例して成績は上昇。私立中高一貫校のラ・サール学園に入学、東京大学理科I類に現役合格。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大学在学中にアルバイト先の塾長が、成績不振の生徒たちの成績を驚異的に伸ばし、医学部や東大などの難関校に合格させるのを目の当たりにし、将来教育事業を行うことを志す。大学院修了後、シンクタンク勤務を経て独立。個別指導塾を設立し、小中高生の学習指導を開始。落ちこぼれから難関校受験生まで、指導歴20年以上。「どこよりも結果を出す」をモットーに、成績不振の生徒の成績を短期間で上げることに情熱を燃やし、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて難関大学に現役合格した実話「ビリギャル」並みの成果を連発。小中高生を勉強の苦しみから解放すべく、従来にない切り口での学習法教授に奮闘中。