うな丼発祥の地「茨城・牛久沼」説はなぜ定着?江戸の伝承が平成に脚光を浴びるまで

2023年の土用の丑の日は、7月30日(日)。国産うなぎの高騰を受けて、うな重の代わりにうな丼をいただく機会も増えるのではないでしょうか。「うな丼発祥の地」として、茨城県南に広がる牛久沼が、真っ先に名乗りを上げたのは19…

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2023年の土用の丑の日は、7月30日(日)。国産うなぎの高騰を受けて、うな重の代わりにうな丼をいただく機会も増えるのではないでしょうか。「うな丼発祥の地」として、茨城県南に広がる牛久沼が、真っ先に名乗りを上げたのは1990年代後半のこと。諸説あるなかで、なぜ、「牛久沼」なのでしょうか。背景にあるのは、江戸時代の伝承をもとに地域活性化を目指した地元の人々の熱意でした。

天然うなぎ漁獲量、断トツは茨城

農林水産省によると、2022年のうなぎの漁獲量は全国で59トン、都道府県別では、茨城が12トンとトップを誇り全国シェアの20%強を占めています。県内の霞ケ浦や北浦、涸沼(ひぬま)、利根川が主な漁場となっています。

牛久沼は、茨城県と千葉県境を流れる利根川水系の小貝川支流に含まれる沼で、面積が6.52平方キロメートル、周囲25.5キロ。周辺に龍ケ崎市、牛久市、取手市、つくば市、つくばみらい市が隣接していますが、沼は龍ケ崎市に属しています。最寄り駅のJR常磐線龍ケ崎市駅(2020年、佐貫駅から改称)西口から、徒歩で10分ほどです。ちなみに、土浦方面に向かう下り電車でひとつ先の駅で、同じ呼称の「牛久駅」で降りると、牛久沼まで30分も歩かねばなりませんので、ご注意を。

筑波山を望む夕暮れの牛久沼。名物ともなっている白鳥は、皇居から譲り受けたコブハクチョウで渡りをしないため、優雅に泳ぐ姿が通年で楽しめる

国道6号は”うなぎ街道”

豊富な水量に恵まれ、江戸時代から農業用水として利用されてきたほか、漁業も累々と行われています。牛久沼漁業協同組合によると、牛久沼で捕獲されるうなぎの数は年々減少してはいるものの、いまでも年間200キロ前後が獲れるそうです。

沼の東畔沿いを走る国道6号線の両側には、老舗のうなぎ料理店が軒を連ねていることから「うなぎ街道」とも呼ばれていますが、90年代後半に突如、牛久沼が「うな丼発祥の地」として名乗りを上げ、注目を浴びました。

諸説あるなか、なぜ、うな丼発祥の地が牛久沼なのでしょうか。

JR常磐線龍ケ崎市駅西口の階段を下りてすぐのところに、「うな丼発祥の地」と書かれた案内図がある。牛久沼へはこちらから徒歩10分ほど。2023年7月営業中のうなぎ料理店は、「鶴舞家」「桑名屋」「山水閣」の3店舗のみ。くれぐれも1つ先の「牛久駅」では降りないで

どんぶり飯の上にかば焼きをひっくり返し

龍ケ崎市のホームページ(HP)には、「うな丼誕生の秘密」として、江戸後期のとあるエピソードが紹介されています。内容を要約すると、以下のようになります。

「江戸・日本橋の芝居小屋の興行主だった大久保今助が、水戸街道を通って故郷(現在の茨城県常陸太田市)へ帰る道中、牛久沼で渡し舟を待つ間、茶屋でうなぎのかば焼きとどんぶり飯を注文。ちょうど料理が出てきたタイミングで出航の合図となり、慌てた今助は咄嗟にどんぶり飯の上にかば焼きの入った皿をひっくり返してかぶせたまま船に飛び乗った。10分ほどで岸に着いて食べてみると、かば焼きがご飯の熱で蒸されて柔らかくなったうえ、甘辛いタレがしみ込んだご飯も格別だった」と、偶然の“珍事”でうな丼が生まれたとされています。

その後、うな丼がどのように各地に広まったのかについても「今助が江戸への帰り道、再び牛久沼を通りうな丼を思いついた話をしたところ、茶屋が出すようになり名物となった」「今助が芝居小屋でうな丼を売り出して、江戸から広まった」など合わせて紹介されています。

結びついた「ふたつの史実」

そもそも、こうしたエピソードを裏付ける文献や史料はあるのでしょうか。龍ケ崎や牛久市役所に問い合わせたころ、「“証拠”ですか?古い話ですから、見当たりませんね。語り継がれているうちに“あったような話”として定着していったのでは」(担当者)とみな戸惑いながら答えます。

さらに龍ケ崎市歴史民俗資料館職員の鈴木純司さん(45)に聞いてみたところ、「今助が、牛久沼にあった茶屋でかば焼きを注文して、うな丼を思いついた経緯が書かれた記述そのものは見当たりませんが、確かなことがふたつあります」と興味深いお答え。

鈴木さんによると、江戸後期の文献『俗事百工起源』に、今助がうな丼を考案したこと、別の史料には、今助が牛久沼の渡し船に乗ったことがそれぞれ記載されていると教えてくれました。当時、牛久沼ではうなぎ漁が盛んだったこともあり、鈴木さんは「ふたつの史実を結びつけて、もっと言えば(半ば強引に)結びつけられて、牛久沼でうな丼が誕生したと語られるようになったのかもしれません」と分析しています。

周辺には、当時を物語る茶屋や船着き場の跡などは残されていません。一方、牛久沼には元々、カッパ伝説や「牛久沼」の由来である「牛になった小坊主」の昔話がいまに伝えられている地域でもあることから、「うな丼誕生」の秘話も、もっともらしく伝承されてきたとも考えられます。

言ったもん勝ち!? 1997年に初めて「発祥の地」と名乗り

ただ、幼少から地元で暮らす筆者が、「うな丼発祥の地」を初めて耳にしたのは、2000年代に入ってから。
「『発祥の地』を名乗ったのは、1997年からです。諸説ありますが、調べた限り、他に名乗りを上げているところはなかったから、先にPRすべきだ、と。以来30年、どこからも抗議はありません」と胸を張るのは、当時、龍ケ崎市商工観光課の観光係長だった青木武志さん(72)。

うな丼発祥のいわれについては、龍ケ崎市のHPに「うな丼誕生の秘密」として、大久保今助のエピソードが記載されている。2004年に発行された龍ケ崎市市制50周年の記念誌にも同様の記述があるが、いまだ他の自治体からの抗議は1度もなく、定着しつつある

海外ブランドのファッションデザイナーから市職員に転職した青木さんは、斬新なアイディアで「人を喜ばせることが何より好き」との思いから、新たな観光のシンボルを模索している中で、国道6号沿いに軒を連ねるうなぎ料理店に目を付けました。すると、ある店の店主から、「『うな丼』にまつわるおもしろい話がある。うまくPRできないか」と打診を受けたといいます。今助のエピソードを聞いた青木さんは直感で、「『うな丼』を観光の目玉として全国に打って出よう」と決意。早速、1996年夏、うなぎ料理店の店主7人と共にプロジェクトを始動させた模様を、NHKが放送したところ、直後の土用の丑の日に各地から客が殺到。国道は大渋滞となり、各店にうなぎ料理を求める長蛇の列ができたといいます。

抜群のPR効果を目の当たりにした龍ケ崎市は、翌年から「うな丼発祥の地」として正式に名乗りを上げました。白地に紫の文字で「うな丼発祥の地」と書かれたのぼり旗を国道にズラリと立てたり、サービス付きのスタンプカードや「うな丼誕生秘話」が書かれたパンフレットを配布するなど積極的に宣伝することで、徐々に牛久沼が「うな丼発祥の地」としてその名を知られるまでになったのです。

店舗半減、それでも「伝統の味を守ってゆく」

現在、うなぎ街道で営業しているのは4店舗(うち1店舗は臨時休業)のみ。後継者不足や、相次ぐ国産うなぎ高騰の影響で閉店を余儀なくされ、店舗数は半減してしまいました。店先にのぼりが立つこともなく、PRは影を潜めています。それでも各店は、老舗の味を大切に守るべく奮闘しています。

湖畔に建つ昭和6年創業の「鶴舞家」の店主、寺田公洋さん(61)は、「(PRに関わらず)いまも、夏場が繁忙期であることに変わりありません」と話します。
鶴舞家では創業当初こそ、牛久沼産のうなぎを提供しましたが、漁獲量が安定せず個体の大きさにバラつきがあるなどして、鹿児島産や浜名湖産の養殖うなぎに切り替えていったそうです。

昭和6年の創業「鶴舞家」では、紀州備長炭で焼き上げており、職人技が随所に光る

再び、地元では牛久沼を観光地として盛り上げようとしていますが、具体的な動きには至っていません。せっかくですから、渡し船を復活させ、今助が考案したとされるうな丼秘話を再現するのもアリかと提案してみたものの、実現にはハードルが高いようです。
江戸時代からの伝承が、200年の時を経て地域活性化につながった牛久沼での秘話に思いを馳せながら、うな丼を頬張ってみてはいかがでしょう。

国道6号うなぎ街道の湖畔に建つ「鶴舞家」の「うな丼」吸い物付き(肝吸いではない)2640円。紀州備長炭で丁寧に焼き上げ、秘伝のたれにくぐらせたうなぎはふっくらと上品な味わい。窓際の席からは、眼下に広がる牛久沼の眺望を楽しめる

『鶴舞家』
【住所】茨城県龍ケ崎市庄兵衛新田町282-12
【電話】0297-66-1168
【営業時間】11時~19時(LO 18 時)※うなぎがなくなり次第閉店
【定休日】水(祝日の場合は翌日休)
【交通】JR常磐線龍ケ崎市駅西口からタクシーで5分

文・写真/中島幸恵

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