酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?受け継いだ歴史ある日本酒。その味を大切にしつつも、時代に合わせた変化を恐れない。そんな…
画像ギャラリー酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?受け継いだ歴史ある日本酒。その味を大切にしつつも、時代に合わせた変化を恐れない。そんな酒造りに挑む杜氏は、何を肴にその変わりゆく酒を楽しんでいるのだろうか?
神奈川県『大矢孝酒造』
【大矢俊介氏】
1976年神奈川県生まれ。大学の応用科学科卒業後、機械メーカーに勤務。先代が倒れてしまった2000年に急遽、家業の蔵に戻る。2006年、杜氏に就任。普通酒から純米酒主体の酒造りへ大きく転換した。
基本は常温。燗なら電子レンジでいい
「速醸もとタイプはそのまま常温で、生もとタイプは常温か手っ取り早く電子レンジで温めて。お気に入りの陶芸家の猪口と片口で酌む」と、杜氏は言った。速醸もとで「残草蓬莱(ざんそうほうらい)」、生もとで「昇龍蓬莱」を醸す蔵、大矢孝酒造の杜氏・大矢俊介さんだ。晩酌はほぼ毎日。肴は、自分で作ることが多いと言う。
「料理は苦になりません。というか好きですね。母が天才的に料理のダメな人で、子どもの私に指示だけ出してやらせるんです。アジを3枚に卸せとか。正月には小学生の私が親類30人分の車エビを下処理して焼きました。おかげで鍛えられましたね」と振り返る。
この晩、食卓には豚肉の冷しゃぶとミニトマトのマリネ、軽く炙った栃尾が並んだ。あり合わせの食材で用意する様は、さすが堂に入っている。合わせる酒は「残草蓬莱」の純米吟醸。香りは穏やかで飲み口軽やか。ほどよい旨みが、ほんのりニンニクとバジルが香るトマトのマリネと響き合う。
「ワインが好きなんです。ワインって実は日本酒ほど香りもないし、旨みも強くないのに、しみじみおいしいものがたくさんあります。日本酒ではタブー視されがちな酸もいい働きをしています。私はワインのいいところを日本酒造りに採り入れたい。日本酒も時代と共にどんどん変わっていっていいと思うんです」
丹沢山地を擁する神奈川県愛川町は食材に恵まれた地だ。養豚が盛んでブランド豚の丹沢高原豚はこの日も然り、よく登場する。ジビエ肉の名産地でもあり、猟師からまだ温かいシカやイノシシの肉をもらうことも少なくない。また、蔵人全員釣りが大好きで、茅ヶ崎や沼津からの船釣りや、町内を流れる中津川での渓流釣りも解禁が待ち遠しいと話す。
「もう誰も見向きもしない産卵後のスカスカの鮎を甘露煮にします。それがうちの酒と抜群に合うんですよ。コロナでヒマになった時に、近隣の野草を片っ端から食べまして。タンポポは本当に旨いし、セイタカアワダチソウの新芽はいけますね。花は天ぷらにすると最高です。それから……」酒と料理をこよなく愛する男の夜は、静かに更けていった。
『大矢孝酒造』@神奈川県
戦国時代、北条軍の騎馬隊長・初代大矢氏は蔵がある愛川町での三増峠の戦いに参加。合戦後に武士を辞め、この地で代々名主を務めるように。酒造業を始めてから8代を数える。代表的銘柄は速醸もとの「残草蓬莱」と生もとの「昇龍蓬莱」
【残草蓬莱 純米吟醸】
撮影/松村隆史、取材/渡辺高
※2023年4月号発売時点の情報です。
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。
画像ギャラリー