音楽の達人“秘話”

「松任谷由実」初のベスト盤『ノイエ・ムジーク』 松任谷正隆の“ミリ単位”までこだわったアレンジがすばらしい【休日に聴きたい名盤】

『Neue Musik(ノイエ・ムジーク)』

名曲「DESTINY」の鈴木茂の短い歪んだカッティング 松任谷正隆と結婚し、彼がアルバムのすべてをプロデュースするようになって、いちばん変化したのは、歌バックのサウンドの多様化だ。とにかく松任谷正隆はユーミンの音楽性を最…

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国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、休日のドライブで聴きたくなる名盤を紹介します。今回は、松任谷由実のベスト盤『Neue Musik(ノイエ・ムジーク)』です。1998年にリリースされ、大ヒットしました。CD2枚組で、収録されているのは計30曲(初回プレス限定盤は計31曲)。「サーフ天国、スキー天国」や「DESTINY」など、フロントガラス越しに流れていく風景に合う曲が揃っています。

1976年11月に結婚、「荒井姓」から「松任谷姓」に

松任谷由実~ユーミンのすごい処は幾つもあげられるが、1976年11月、彼女のプロデューサーでもある松任谷正隆と結婚して、荒井姓を松任谷姓に変えたのもそのひとつだと思う。

多くのミュージシャンにとってデビューした時の姓名は例え本名にしろ芸名のようなもので、なかなか変えにくいと思う。桑田佳祐と結婚した原由子は今でもソロ名は原由子だ。山下達郎と結婚した竹内まりやも竹内姓で活動を続けている。ミュージシャンにとって芸名は自分の顔のようなものであり、それをスパっと松任谷姓に変えたのはすごいことなのだ。当時の音楽シーンでも荒井由実が松 任谷由実になったことが話題となった。

1973年のデビューからほぼ毎年アルバムをリリース

もうひとつのすごい点は、1973年11月リリースのデビュー・アルバム『ひこうき雲』から、21世紀のある時期 2002年11月の『Wings of Winter, Shades of Summer』まで、ほぼ毎年オリジナル・アルバムを発表し続けたことだ。しかも、1970年代後半から80年代前半は、1年で2枚も発表していた。

ニュー・アルバムを作って、ツアーを行なう。毎年それを行なうのは相当なエネルギーの持ち主でないと不可能だ。

「松任谷由実」の曲を集めた初のベスト盤

『Neue Musik(ノイエ・ムジーク)』

『Neue Musik(ノイエ・ムジーク)』は1998年10月にリリースされたベスト・アルバムで全31曲が収められている。 “Neue Musik ”は、ドイツ語でニュー・ミュージック。J-Pop以前のニュー・ミュージック時代から音楽シーンの先頭に常にいた彼女らしいアルバムのネーミングだと発売された時に思った。

『Neue Musik』は「松任谷由実」になってから発表した曲を集めた初のベスト・アルバム(荒井由実時代の曲のベスト盤が『YUMING BRAND』=1976年6月リリース)として大ヒットとなった。信じられないエピソードもあった。CDショップチェーン「タワーレコード」の当時の店長と、ユーミンが所属するレコード会社「東芝EMI」(当時) の宣伝マンから聞いた話だが、面白い問い合わせが全国からあったというのだ。

当時はすでにCD時代だったにも関わらず、全国のオールド・ファンから「『Neue Musik』は普通のレコード・プレーヤーで鳴らせるか」とか、「CDを聴いたことが無いのでどうしたら良いのか」という、信じられない問い合わせ が1日に数件あったというのだ。

嘘のような本当の話だ。このアルバムが、荒井由実時代にレコードでよく聴いていたが松任谷由実になってからは少し離れていたような旧来のファンにも、強いインパクトがあったことを証明している。

名曲「DESTINY」の鈴木茂の短い歪んだカッティング

松任谷正隆と結婚し、彼がアルバムのすべてをプロデュースするようになって、いちばん変化したのは、歌バックのサウンドの多様化だ。とにかく松任谷正隆はユーミンの音楽性を最大限に効果的に聴かせるアレンジを行なった。

ものすごく細かい話になるが、このアルバムにも収められた「DESTINY」という曲のアレンジについて。ギターには当代随一と言える松原正樹と鈴木茂が起用される。歌が入ってすぐ、ほんの短い鈴木茂の歪んだカッティングに驚かされる。わずか数秒の短いカッティングなのだが、これがこの曲のイメージを引き立てている。

このカッティングが無かったら、「DESTINY」はあそこまでエモーショナルにならなかったと思う。ミリ単位まで拘わる松任谷正隆のアレンジはユーミンを 活かすべく最適化されている。

曲作りに「マンタ」は一切口を出さない

1980年代のある時、ユーミンにプロデューサー/アレンジャーとしての松任谷正隆について訊ねたことがある。

「私はひとりで曲を作る。そこへマンタ(松任谷正隆の愛称)は一切、口を出さない。私の曲作りを信頼してくれているのだと思う。こうして出来上がったデモテープをマンタは アレンジ、プロデュースする。その作業に私は一切口を出さない、信頼しているから。そうして歌入れの時に、ああ、あの曲はこうアレンジされたんだと初めて分かるの。この完 全分業を私は気に入っているわ」

『Neue Muzik』の聴き処はユーミンの楽曲だけでなく、華麗かつ流麗といえる松任谷正隆のアレンジにもある。

昨近、ユーミンの音楽がYOASOBIなど若手人気ミュージシャンに支持され、コラボレーションも行なわれた。ユーミンの音楽にはどこかエヴァーグリーンの味わいがある。

『Neue Musik(ノイエ・ムジーク)』

『Neue Musik(ノイエ・ムジーク)』
【DISC 1】
01.守ってあげたい
02.恋人がサンタクロース
03.BLIZZARD
04.サーフ天国、スキー天国
05.ダイアモンドダストが消えぬまに
06.きみなき世界
07.SWEET DREAMS
08.ノーサイド
09.時をかける少女
10.ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ
11.Valentine’s RADIO
12.青春のリグレット
13.Hello, my friend
14.DESTINY
15.埠頭を渡る風

【DISC 2】
01.リフレインが叫んでる
02.最後の嘘
03.真珠のピアス
04.DANG DANG
05.青いエアメイル
06.VOYAGER〜日付のない墓標〜
07.春よ、来い
08.ANNIVERSARY
09.輪舞曲(ロンド)
10.DOWNTOWN BOY
11.シンデレラ・エクスプレス
12.カンナ8号線
13.真夏の夜の夢
14.groove in retro
15.愛は…I can’t wait for you, anymore
16.卒業写真(special track)※初回プレス限定盤のボーナストラック

岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。最新刊は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。

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