日本最南端、沖縄唯一の銭湯『中乃湯』 ここでしか見ることができない光景とは

日本最南端にして沖縄県唯一の「ゆーふるやー」で独自の銭湯文化にふれる

日本最南端にして沖縄県唯一の「ゆーふるやー」で独自の銭湯文化にふれる

旅と銭湯をこよなく愛する、温泉ソムリエ&熱波師のライター・森田幸江が、ローカルな温浴施設の湯と人情、お風呂上がりの「ちょっと一杯」を求めて今日もどこかを股旅します。今回訪れたのは、沖縄市安慶田にある『中乃湯』。沖縄県唯一…

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旅と銭湯をこよなく愛する、温泉ソムリエ&熱波師のライター・森田幸江が、ローカルな温浴施設の湯と人情、お風呂上がりの「ちょっと一杯」を求めて今日もどこかを股旅します。今回訪れたのは、沖縄市安慶田にある『中乃湯』。沖縄県唯一の「ゆーふるやー(銭湯)」で見た独自の銭湯文化とは!?

お支払いは番台でなくベンチで、90歳の店主が財布で管理

はいさい! ここは沖縄、春らんまん。Tシャツ1枚でも汗ばむほどの陽気を浴びたその夕方、心の底からほしいのは、肌をすべり落ちる練られたお湯。のれんをくぐって身を清め、銭湯の愉楽にひたりたい。

こうなれば目的地はひとつ。いや、ひとつ「しか」ない。沖縄市には、日本最南端にして「県内唯一の」銭湯、『中乃湯』だけが残っているから

まだ夕暮れと言うには浅い時間に、中乃湯にたどり着いた。

1964年落成という建物を目指すと、外側のベンチから華やかな会話が聞こえてくるではないか。その輪の中心におられるのが、ご主人の仲村シゲさん、90歳

『中乃湯』ご主人の仲村シゲさん 撮影/Hiroshi Ema

沖縄の言葉でおしゃべりのことを「ゆんたく」というのだが、まさにゆんたく花盛り。お風呂上がりの常連さんたちも、日常のあれこれを話している。

ついつい混ざりたくなる気持ちを抑えて、シゲさんに代金370円をお支払いする。受け取られた小銭が、そのままお財布で管理されているのもかわいらしい。

そう、ここ中乃湯にはフロントがあるものの、すっかりシゲさんはベンチでご挨拶することを選ばれたらしい。フロントのガラス窓には、さまざまな感謝状や写真、「わ(湯が「わ」いた、営業中)」と「ぬ(湯を「ぬ」いた、営業終了)」の裏返し方式の板が並べられていっそう賑やか。

歩をすすめて女湯の脱衣所に入ると、日本全国、もうここでしか見ることのできない光景が広がっていく

『中乃湯』の浴室 撮影/Hiroshi Ema

仕切りが、ない!

沖縄銭湯独特の造りはカランにも工夫あり

驚くことに、脱衣所と浴室の間に、仕切り壁もガラス戸も「ない」のである。こうした造りは沖縄銭湯独特のもので、またカランの位置が目の高さでシャワーのように使えたり、浴槽が丸く中央で独立していたりと、当地ならではの歴史の洗練が表れている。

工夫されているのがカランで、湯と水を別々の蛇口でひねるのだが、ホースをY字型につなげてあり、先を曲げればシャワーのようにも使えるのである。なんて画期的なんだろう。

ホースのカラン

こんな素敵な沖縄様式が、もう中乃湯1軒のみしか残らないとは非常に残念なことだ。大切に記憶しておきたいと浴槽に沈み、ぎゅっと目をつぶった。

「お姉さん、どちらから?」

お向かいから届く柔らかな声。あわてて目を開けると、先ほど「あつい、あつい」と湯を拭っていたおばあだった。「東京からなんです、沖縄銭湯にどうしても来たくて」と答えると、おばあはにっこり。

そして語ってくれたのだーー。

かつて沖縄には、村にひとつずつほど必ず銭湯があった。自分も娘が小さいうちは、銭湯に連れてきては「広いお湯がある!」と驚かせていた。当時の銭湯は住宅事情もあって利用者も多かったが、各家庭に風呂場がつく時代になると、ひとつ減りふたつ減り、そして残ったのはたったひとつ、中乃湯だけなのだという。

「でも普段はシャワーさ。こっちの人は、風呂入らないさ」

おばあは笑う。

浴槽に湯を張るのはお金がかかって贅沢だし、もともと四季を通して温暖なので、シャワーで汗を流せば充分、ということらしい。

こんなに素敵なお湯があるのに、とお湯をすくって見つめてしまった。

店主の息子さんによると、地下350メートルから汲み上げられた地下水を利用した、肌あたりも柔らかなお湯

ボイラー室 撮影/Hiroshi Ema

銭湯としても工夫を重ねるさまが実り、Facebookでは「中乃湯(沖縄唯一の銭湯)応援団」という全国600人強のコミュニティが見守るなか、沖縄のゆんたくを守り続けるシゲさんの笑顔も、長らく続きますように。

名残惜しさを感じながら湯を上がり、服を身に付けてのれんをくぐり出る。見上げれば、まだ夜というには浅い空だ。

ああ、むしょうに、ビールが飲みたい。

■『中乃湯』
[住所]沖縄県沖縄市安慶田1-5-2
[電話番号]なし
[営業時間]14時~18時(昼の部)、18時~21時(夜の部)
[休日]木・日
[料金]370円
[交通]「那覇空港国内線ターミナル」から琉球バス具志川空港線「安慶田」まで58分、「安慶田」から徒歩2分

取材/森田幸江

旅と銭湯をこよなく愛する、温泉ソムリエ&熱波師のライター。講談社の雑誌編集者、アメリカ大使館ライターを経て現職。趣味のプロ野球遠征からひと足伸ばし、ローカルな温浴施設の湯と人情、お風呂上がりの「ちょっと一杯」を求めて今日もどこかを股旅します。

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