洗濯機につけた小さな機能が「誰かの偏愛」に届く時 【シャープさんの「家電としあわせ」第2回】

■他愛ないと思っていた機能が、誰かの偏愛に辿り着く  だからつくづく私も飽きていたのだと思う。あまりに飽きたから、ある時たわむれに、ポイントともいえないポイントで、アピールともつかないアピールをやってみようと考えたのだ。…

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 洗濯機のことをしばしば考える。くわしく言えば、洗濯機の広告をしばしば考える。それが仕事だからだ。広告とはすなわち「あっちよりウチを選んで」と促すものだから、つまるところは自己アピールである。家電だから自社アピールというべきだろうか。

 あなたが洗濯機を買おうと考えているかは定かではないが、ウチの洗濯機はたいへん優秀ですから、とにかくその点をご承知おきくださいと迫るわけである。

■「なんかいつも同じこと言ってるな」という印象は、正しい

 当然のことながらアピールには根拠がいる。エビデンスなき自己アピールなど、就活で連呼されるガクチカ同様、上滑りするだけの音声にすぎない。ましてや自社アピールともなれば、そこに根拠がなければ詐欺だ虚偽だと言われかねないのである。

 そうやって考えると、広告で胸を張ってアピールできるポイントなど、さほど多くないのかもしれない。なにしろ洗濯機である。現代において、まともに洗えない洗濯機などないだろう。どれを選んでもそこそこどころか、それなりに満足といえる、最低限の働きは担保された時代なのだ。

 だから広告を作るにあたり、ウチの洗濯機がアピールすべきポイントを、私があれこれ探す必要もない。なにしろこっちは「あっちよりウチ」を選んでもらうのが商売の必要条件なのだから、あっちを比較研究し尽くした上で作られている。あっちよりウチが優れたポイントは、広告を考えるころにはとっくに出揃っているのだ。それらを眺めながら、どのポイントをアピールしようかを考えるのが、私の仕事のほぼすべてである。

 そのポイントもとりわけ目新しいものではない。たいていは、さらに汚れが落ちるようになったとか、よりふんわり乾くようになったとか、あるいは数分時短になったとか数%省エネになったとかいうものである。なんせあっちやそっちをライバルに長年同じ競技を切磋琢磨してきたのだ。その競技にもはや目新しさはないものの、毎年記録は更新される。

 だからもしあなたが広告に「なんかいつも同じこと言ってるな」という印象を持っていたとしてもまちがいではない。多くの家電はいつも同じことを、根拠となる数字が更新された事実をニュースに、自社アピールを繰り返しているだけなのだ。それは私も同じである。私も「なんかいつも同じこと言ってるな」と思いながら、洗濯機の広告を作っている。

■他愛ないと思っていた機能が、誰かの偏愛に辿り着く

 だからつくづく私も飽きていたのだと思う。あまりに飽きたから、ある時たわむれに、ポイントともいえないポイントで、アピールともつかないアピールをやってみようと考えたのだ。

 洗濯の話でもなく乾燥の話でもなく、ましてや電気代や効率の話でもなく、ただ「洗濯槽の回る様子が見える」ことをアピールした投稿をSNSで行った。縦型の洗濯機にもかかわらず、フタが半透明で槽内にライトがあるから「ぐるぐる回るのが見えるよ」と、他愛のない、かつ誰が得するのかというアピールをしたのだ。

 そこから起こった不思議な現象に、私は心底おどろいたのを覚えている。その投稿へ、次々と「私のための洗濯機だ」という声が寄せられたのだ。

 そして見る見るうちに「回る洗濯機を眺めるのが好き」と告白する人々がやってきた。告白どころか、ぐるぐる回る洗濯機を見ながらのむ酒のうまさを力説する人まで現れた。

 ただの広告がまるで、同好の士が恥ずかしそうに出会う部屋のようになっていったのだ。

 同時に私は、いかに多くの人が(おそらくはドラム式洗濯機の)回る様子をぼーっと眺めることで、日々の精神的な平穏や内省的な時間を得ているのかを知った。それはソロキャンプがブームになり、焚き火を眺めるのが好きな人の存在が可視化された時と似ていたかもしれない。

 実はこの時、私は二度おどろいていた。なぜなら、回る洗濯機を密かに愛好していた士こそ、私だったのだ。私はぐるぐる回る様子を見たくて、ドラム式洗濯機の前に夜な夜な立つ人間だった。

 もちろんそんな癖をだれに言ったこともなかったし、言おうと考えたこともなかった。だから「私だけじゃなかったんだ」と知っておどろいたのだ。そのおどろきは孤独を慰撫されたとさえ感じるものだった。

「洗濯機がぐるぐる回るのを存分に見えますよ」なんて、「あっちよりウチ」を考えるかぎり、ぜったいに浮上するアピールポイントではない。100回会議したって出てこない案だろう。おそらく私はあの時、ライバル製品ばかりを見る広告にうんざりして、自分を見て広告をしようとしたのだ。

 そうしたら自分は自分だけじゃないことを知った。洗濯機の他愛もない機能が本質をほったらかしにして、だれかの偏愛や執着にまで届くことを知ったのだ。貴重なエビデンスを得た私は、それから嬉々として小さな小さな機能をためらいなく推すようになった。

 ウチの洗濯機は衣服をきれいにし、ふんわり乾燥させながらなお、ある種の人々と私に穏やかな時間を提供できるのだ。その小さな自信にこそ、私は胸を張ることにしている。

文・山本隆博(シャープ公式Twitter(X)運用者)
テレビCMなどのマス広告を担当後、流れ流れてSNSへ。ときにゆるいと称されるツイートで、企業コミュニケーションと広告の新しいあり方を模索している。2018年東京コピーライターズクラブ新人賞、2021ACCブロンズ。2019年には『フォーブスジャパン』によるトップインフルエンサー50人に選ばれたことも。近著『スマホ片手に、しんどい夜に。』(講談社ビーシー)

まんが・松井雪子
漫画家、小説家。『スピカにおまかせ』(角川書店)、『家庭科のじかん』(祥伝社)、『犬と遊ぼ!』(講談社)、『イエロー』(講談社)、『肉と衣のあいだに神は宿る』(文藝春秋)、『ベストカー』(講談社ビーシー)にて「松井くるまりこ」名義で4コママンガ連載中

■シャープさんの「家電としあわせ」シリーズ

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