皇室に関するニュース映像を見ていると、皇室の方々が新幹線などに乗車しているシーンが映し出されることがある。そんな時、「きっぷはどのようにして購入されているのか?」「お乗りになる電車はどんな車両なのか?」といった疑問を抱いたことはないだろうか。皇室と鉄道の関わりは、はじめて日本に鉄道が開業した1872(明治5)年から始まり、今年で152年にもなる。皇室にとっての鉄道とはどんなものなのか。その裏側を紐解いてみたい。
画像ギャラリー皇室に関するニュース映像を見ていると、皇室の方々が新幹線などに乗車しているシーンが映し出されることがある。そんな時、「きっぷはどのようにして購入されているのか?」「お乗りになる電車はどんな車両なのか?」といった疑問を抱いたことはないだろうか。皇室と鉄道の関わりは、はじめて日本に鉄道が開業した1872(明治5)年から始まり、今年で152年にもなる。皇室にとっての鉄道とはどんなものなのか。その裏側を紐解いてみたい。
“満員電車”に乗られることはない
皇室の方々にはご公務があり、未成年皇族であれば通学や旅行といった機会に鉄道をご利用になられている。とはいえ、身辺警護や護衛上の理由から我々が普段乗るような“満員電車”に乗られることはない。
たとえば、天皇家の長女、愛子さまが学習院初等科当時のこと、下校される際に皇后雅子さまが付き添われて、JR山手線に乗られたことがあった。普段は宮内庁の公用車で送り迎えという環境の中で、社会教育の一環なのか、それともクラスメイトとの会話の中で体験なさりたいと希望されたのかまではわからないが、交通系ICカードで自動改札機を通られて、少々込み合う昼下がりの山手線に乗られたのだ。同じような話では、高校生だった紀宮さま(現在の黒田清子さん)が、当時お住まいだった東宮御所の最寄り駅であるJR四ツ谷駅から秋葉原まで、ご友人数名と電車に乗ってお出かけになられたこともあった。今でも、宮家の若き女性皇族方が、通勤やプライベートでバスや電車、地下鉄に乗ってお出かけになることも稀にあるとか、ないとか……。
しかし、ご公務での鉄道利用ともなれば、都内近郊の場合、やはり警護、護衛上の理由から公用車の利用がほとんどであるため、鉄道を利用されることは少ない。昭和の終わり頃になるが、皇太子時代の上皇陛下と美智子さまが、都内近郊でのご公務の際に“地下鉄や私鉄”をご利用になられたことがあった。これは、交通渋滞や道路網が今ほど整備されていなかったことによる「代替策」という一面もあったが、当時は「皇族方も通勤型の電車に乗られるのか……」と、話題になった。
皇室用の特別車両とは?
歴代の皇室、皇族方の中で、歴史上で最初に鉄道を利用されたのは明治天皇である。日本で最初の鉄道は、1872年10月に新橋から横浜間が開業するが、明治天皇はそれよりも前の同年7月に横浜(当時は野毛山下といい、現在の桜木町駅にあたる)から品川まで、言わば、“フライング乗車”していたのだ。
当時、すでに天皇専用の車両があったとする説もあるが、確証のある記録はない。天皇の所有品のことを「御物(ぎょぶつ)」といい、すなわち天皇の車両ということで「御料車(ごりょうしゃ)」という用語が誕生するのは明治中期になってからのことであった。それまでは、天皇が座る椅子=玉座(ぎょくざ)から派生した「玉車(ぎょくしゃ)」という名で呼ばれていた。
以来、天皇の車両は代々「御料車」とされてきたが、それまでの御料車が老朽化したことから2007年にJRが皇室専用の車両を新製することになった。このことに対して、一つ疑問符が付いたことがあった。「御料車=天皇の所有物」を民間企業であるJRが所有するのはいかがなものか。それまでは、長年にわたり国鉄が管理・所有し、つまりは国鉄=国=天皇という認識が強かったため、何ら疑問視されることはなかったからだ。
結果、JRが新たに所有する皇室用車両は「特別車両」と呼ばれるようになった。この特別車両は、JRだからといって6社ある旅客会社のすべてが所有しているわけではない。新製したのはJR東日本だけで、これは国鉄当時からの御料車を継承して所有、管理していたことに関係する。
特別車両は、天皇、皇后両陛下をはじめ、皇族方、国賓等の外国賓客の公務や行事で使用することを想定して製作されたものだ。この特別車両と編成を組む車両は、ハイグレード車両と呼ばれる5両編成の電車で、お召列車として使用しない時に限り、高級志向の団体ツアー専用列車として運行されることもあり、誰もが乗車することができる(特別車両はツアー列車には編成されない)。
御身位で異なる列車の名前
皇室が鉄道を利用する場合、御身位(身分と地位)によってその扱い方には独特のルールが存在する。これは、明治以降から脈々と受け継がれてきたもので、時代の流れに合わせて見直しが行われているものだ。天皇、皇后両陛下がご乗車になる列車は「お召列車(おめしれっしゃ)」と呼ばれ、専用の車両を使用することもあれば、通常の列車(車両)を使用することもある。
ところで、「お召列車」は「お召し列車」ではないのか、と思われた読者もおられることだろう。そもそも「お召」とは、所作に対する尊敬語(召し上がる等)を列車名に冠したもので、宮廷用語たる「お召」には送りがなの「(お召)し」は用いない。これは、明治時代から続く「送りがなの省略の慣用」が伝統として踏襲されているからである。お召列車は基本、臨時に仕立てた列車であり、いわゆる時刻表に掲載されている通常の列車とは一線を画す列車という位置づけになっている。
では、秋篠宮皇嗣家はどうであろうか。皇太子の御身位ではない皇嗣という身分であるため、特に列車名に「別名」を冠することはしていない。お乗りになる列車は、臨時に仕立てるものではなく、通常の営業列車に連結する車両の一部(随行員を含めた人数分の座席だけ)を借り上げられている。
過去のケースでは、皇太子の御身位だった場合、お乗りになる列車は「御乗用列車」と呼び、臨時に仕立てた列車の場合もあれば、通常の営業列車に連結する車両を1両だけ貸し切りにすることもあった。宮家皇族方の場合は、通常の営業列車へ必要な座席数を確保して乗車されている。
「きっぷ」は購入する?
JRになる前の国鉄の時代は、天皇、皇后、皇太子、同妃、子孫殿下とその随行者は、運賃と料金ともに無賃(無料)とされていた。もっともこれは国鉄に限った話であり、私鉄はといえば皇室のすべての方々は実費精算により運賃と料金を支払っていた。
では、現在はというと運賃と料金は当然のごとく支払われている。ただ、皇室の場合は一般の利用者とは異なり、旅客営業規則といった運送約款が存在しないため、年度ごとに鉄道事業者と宮内庁とで契約書を取り交わして、支払いに関する協定を結んでいる。ゆえに、一般の利用者に適用される往復割引や団体割引などの制度は、皇室の方々には適用されない。なお、支払いは鉄道事業者からの請求書による後払いとなっており、乗車券などの「きっぷ」のやり取りは行われない。ただし、このローカルルールは公務に関連した鉄道利用を前提としており、プライベートでのご利用や交通系ICカードによる決済に関しては、一般の利用規則に準じて扱われている。
一例として、皇室専用車両を連結したお召列車6両編成の運賃・料金体系は、運賃(乗車券)+特急料金+グリーン料金をベースに、乗車人数を掛けた金額が算出される。
文・写真/工藤直通
くどう・なおみち。日本地方新聞協会皇室担当写真記者。1970年、東京都生まれ。10歳から始めた鉄道写真をきっかけに、中学生の頃より特別列車(お召列車)の撮影を通じて皇室に関心をもつようになる。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物を通じた皇室取材を重ねる。著書に「天皇陛下と皇族方と乗り物と」(講談社ビーシー/講談社)、「天皇陛下と鉄道」(交通新聞社)など。