浜からはじまる、鯖寿司づくり 金沢文庫から、赤坂へ。高橋さんはこれまで手掛けてきた鯖寿司を、さらなる高みへとブラッシュアップした。 高橋さんの鯖棒寿司へのこだわりは並々ならぬもの。目指すのは、おもてなしやお持たせにふさわ…
画像ギャラリー「全日本さば連合会」広報担当サバジェンヌこと池田陽子さんによる「サバジェンヌが行く〜至福の鯖百選〜」第88回目となる今回は、東京・赤坂にある高級鯖寿司専門店をご紹介。なんと1本7800円の鯖寿司があるというのです。その実力は如何ほどか。サバジェンヌが実食してきました。
和食ひと筋30年の料理人が手掛ける渾身鯖寿司専門店
最近、東京・赤坂で話題を呼んでいる「鯖寿司専門店」がある。その名は『赤坂 一颯(いぶき)』。2022年オープン、日本料理の道30年の店主・高橋弘祥さんによる渾身の鯖寿司は、舌の肥えた食通をうならせている。
もともとは、神奈川県金沢文庫で日本料理店を営んでいた高橋さん。相模湾の海の幸を使った料理も多く提供し、そのなかでも鯖棒寿司が大好評だった。
じつは、高橋さんの料理人人生において、鯖寿司の存在は大きなものだった。
高橋さんは、学校卒業後日本料理の名店、大阪・北新地の『神田川本店』で修業ののち、ドイツへ。世界のセレブリティが訪れるという、ドイツきっての日本料理店でさらなる修業を重ねた。
店で料理を手掛けるのは、日本の高級ホテルで腕を振るってきた和食料理人たち。「日本では、見習いとして数年間皿洗いなど下積みが必要ですが、ドイツでは現場ですぐに数々の調理経験をすることができました」と高橋さん。がむしゃらに学び、おもに寿司、天ぷらの技を磨いた。
そのころ気になっていたのが、親方が特別なお客にだけふるまう「鯖棒寿司」。「あんなふうに、鯖棒寿司を提供できたら……、と思うようになりました」。
その後、日本へ戻り愛知県蒲郡の日本料理店で、寿司担当として腕を振るうことになった高橋さん。そこでもまた地魚を使った「鯖棒寿司」に遭遇。ここでは自ら、調理も手掛けるようになった。
「そもそも東京出身のわたしにとっては、関西が主流の鯖棒寿司はそれまであまり馴染みがないものでした」と高橋さん。しかし、もともと無類のサバ好き。工夫を重ね、至高の鯖棒寿司づくりに邁進した。
そして、縁あって若干25歳にして、金沢文庫に本格的な日本料理店をオープン。こだわりを尽くした料理は人気をよび、地元では晴れの日に欠かせないお店として愛されるように。もちろん、お店では鯖棒寿司を提供。名物として人気を博していた。
しかし2022年、コロナ渦の影響は高橋さんのお店にも押し寄せた。原点に立ち戻り、寿司店を……と考えたときに、ただの寿司店ではなく、やるならば情熱を燃やしてきた「鯖寿司の専門店がいいのでは」と閃いた。
「最高の鯖寿司を提供するお店を開こう」。決意した高橋さんは、自慢の鯖棒寿司を携えて赤坂で勝負することを決意した。
浜からはじまる、鯖寿司づくり
金沢文庫から、赤坂へ。高橋さんはこれまで手掛けてきた鯖寿司を、さらなる高みへとブラッシュアップした。
高橋さんの鯖棒寿司へのこだわりは並々ならぬもの。目指すのは、おもてなしやお持たせにふさわしく、ひと口食べて感動していただける「一流の高級鯖寿司」。
そのためには一切妥協は許さない。
「とことんサバにこだわりたい。モノの良し悪しがもっともわかりやすいのがサバだと思うんです」
そんな高橋さんがメインの鯖寿司に使うのは、神奈川県横須賀市「佐島漁港」水揚げの「佐島のサバ」。高橋さんが金沢文庫のお店時代から、日々買い付けに通って仕入れ、とことんほれ込んできたサバだ。
佐島近海は相模湾の入江に面し、暖流と寒流が混合する黒潮の分岐流といったおいしい魚が育つ好条件に恵まれた豊饒の海。そこで漁獲されたサバは、さわやかな脂のり、ほどよい食感が魅力。あまり市場に流通することはなく知る人ぞ知る絶品のサバだ。
「サイズが小さくてもしっかりした味わいがあって、調理のしがいがあるサバです」と高橋さん。ちなみに、佐島のサバを使った鯖寿司はジェンヌが知る限り、日本中で一颯のみだ。
そして、高橋さんが佐島のサバを使うもうひとつの理由は「現地で買い付け後、『自ら』現場で『即座』に、下処理ができるから」。
一颯の鯖寿司づくりは、なんと「浜からスタート」するのだ。
「最高の鯖寿司を作るためには、なんといってもサバの鮮度保持が決め手です」と高橋さん。
佐島から水揚げがあったと連絡があればすぐさま東京から現地へ向かい、水揚げ後すぐに最高品質のサバを厳選して買い付け。そしてその場ですぐに、包丁とまな板を借りて内臓処理、血抜きを行う。
「サバの繊細な旨みを残し、臭みを出さないためには短時間での下処理が重要。現地で自ら行います」と高橋さん。
内臓処理を終えたサバはすぐに、赤坂の店舗に持ち帰り、鮮度維持のために冷やしながらスピーディにおろす。「時間との勝負です」と長年の経験をいかして極めて迅速に処理!
そして〆作業。塩と砂糖で半日間〆てから、酢に約3時間漬けこむ。
この工程で高橋さんが目指すのは「締める」というより、「サバに『味をつける』」ことだそう。
「うちの鯖寿司のサバは、刺身をのせたのかといわれるほど、〆加減は浅く感じられます。むしろ、ここではシャリとのバランスを考えて醤油をつけなくてもおいしい鯖寿司に仕上げるために、しっかりサバの旨みをたたせて、味をつける重要な工程と考えています」と高橋さん。
締めたサバは、マイナス40度の急速冷凍機で瞬間冷凍。さらに、マイナス60度の超低温冷凍庫で冷凍。とれたてのおいしさをベストコンディションでキープする。
高橋さんの話を聞いていると、漁協か鮮魚店か卸か市場関係者と話しているような気持ちになってくる。浜からお店まで。自力で「珠玉のサバ」の最高の状態を維持する「鮮度の鬼」である。
一颯オープンにあたって、とくに高橋さんが試行錯誤を重ねたのが「シャリ」だった。
「米マイスター麹町」の代表でありお米マイスターの福士修三氏のサポートを得て、山形の「つや姫」をベースに数種ブレンド。ネタの旨みを引き出し、時間をおいてもおいしさが変わらず、かたくならない。なおかつ、米の甘みと旨みもしっかり感じられる「サバ棒寿司専用米」を開発した。
こだわりぬいた米を炊き、やや甘めの酢を加え、刻んだガリ、赤じそを混ぜこむ。
成型は、巻きすを使う。「押し固めることなく均等に形を整えていきます」と説明しながら、手際よく形を作る高橋さん。
カンタンなように見えるが「米の隙間をうめるように、ギュッとではなくホワッとした加減」は長年の経験で「手が覚えた感覚」によるものだ。
仕上げは昆布を巻く。看板メニューの「いぶき棒」(2人前 10切 4800円)は透明感がありながら味わい深い「白板昆布」を。そして「龍皮棒」は、肉厚の真昆布を蒸して味付けした「龍皮昆布」を巻いて完成。
料理人人生をかけた、鯖寿司、お味はいかに!?
もはや刺身状態のサバに衝撃!
今回は、「いぶき棒」(イートイン 8切 2800円)と「龍皮棒」(テイクアウト、イートインともに10切 5500円)を特別に盛り合わせにしていただいた。
「いぶき棒」を食べてみる。
わ。サバ、限りなく刺身に近いというか、刺身状態!
口に入れたとたん、サバの身は躍動する食感、爽やかでみずみずしい脂が清流のように広がっていく。良質なサバの刺身を食べたときのようなフレッシュ感にあふれ、そこに少し甘めでやさしい味わいのシャリが寄り添い、ガリと赤じそがなんともいいアクセント。白板昆布の旨みも軽やかだ。
あのですね。これ、いうならば「生きている鯖棒寿司」ですよ! 鮮度にこだわった「とれとれピチピチ感」がシャリの上ではずむ! もういくらでも食べられるほど軽い軽い!
そして「ベストバランス」なので醤油、不要!
「龍皮棒」は、昆布の旨みがじっくりと染みて、清々しい味わいのサバにほどよいコクがグルーブのように響く。日本酒、いただけますか……という味わい(涙)。
オープン以降、たちまち味にうるさい地元・赤坂の食通も一度食べると一颯ファンに。「一颯の鯖寿司があるから、京都の『かの名店』の『鯖寿司』はもう買わなくていいわ」とおっしゃっていただいたこともありました(笑)。うれしいですね」と高橋さんが笑顔で語る。
日本橋三越の催事にも出店し、これまた「本物を知る」舌の肥えたお客からも大好評! 本気の鯖寿司は、次々とファンを獲得していった。
国内最高のサバを使った日本一高い鯖寿司
そして、一颯にはさらなる極みを目指したとんでもない鯖寿司がある。
「プラチナ棒」だ。
こちらは、時期に応じて豊洲市場から仕入れた「日本国内最高」のサバを使った棒寿司だ。「高くてもいいから最高のものを、と懇意にしている業者から仕入れています」と高橋さん。
よってお値段は「7800円」!。ジェンヌが知る限り、おそらく「日本一高い鯖寿司」である。けれどお値段は「高橋さんの自信の証」だ。
サバは北海道・羅臼、京都・舞鶴など時期によって変わるが、この日は長崎のものを使用。「長崎・対馬沖、1キロアップ」のサバ。
サバファンなら悶絶するパワーワード。ジェンヌも聞いただけでうっとりだ(涙)。
こちらももちろん、高橋さんの技で丁寧に仕上げる。
こちらも、特別に白板昆布と龍皮昆布で仕上げていただいた。
美しい……もはや「ジュエリー」!
見るだけで固唾をのむ脂がテリっとした肉厚のサバは、意外なほどキリッとスッキリ、シャープな仕上がり。コリッとした食感、サバのもつ甘みだけが豊かに感じられて、なめらかなとろけ方。
切れ味のよい後味。そこに、ほどよく柔らかくほどけるシャリがなんともよい加減の「座布団」に。
うーん、これを幸せといわずして何を幸せという(涙)。
棒寿司以外の鯖寿司も必食!
一颯の鯖寿司のラインナップは「専門店」だけあって、ほかにもいろいろ。脂のり最高のノルウェーサバを焼き上げた「焼き鯖寿司」、スライスしたすだち入りの「すだち棒」、ありそうでない「鯖ちらし」も!
今後は寿司以外のサバメニューを増やしていきたい、とランチでは「焼き鯖のり弁当」(1100円)も提供。赤坂の「絶品ランチメニュー」として人気急上昇中! 好評を博している。
高橋さんの「魂がこもった」鯖寿司は、もはや「ジュエリー」! ぜひ、心行くまでジュエリーな鯖寿司を堪能していただきたい。
■『赤坂 一颯(いぶき)』
[住所]東京都港区赤坂4-1-4 堀江ビル1階
[電話番号]03-5544-9638
[営業時間]11時〜20時
[休み]日
[席数]全7席
[交通]地下鉄丸ノ内線赤坂見附駅A出口から徒歩2分
取材・撮影/池田陽子
全日本さば連合会広報担当 サバジェンヌ/薬膳アテンダント。サバを愛する消費者の集まりである「全日本さば連合会」(全さば連)の広報を担当。日本各地のサバ情報の発信、サバ商品のPR、商品開発等を行う。北京中医薬大学日本校を卒業、国際中医薬膳師資格を持ち、薬膳アテンダントとしても活動。水産庁「海の宝!水産女子の元気プロジェクト」認定メンバー。著書に『サバが好き!~旨すぎる国民的青魚のすべて』(山と渓谷社)、『ゆる薬膳。』(日本文芸社)など。全さば連HP:http://all38.com/