駅前ビルの一階に、見慣れない名前の食堂が繁盛していることはままあることだった。安価で味良く、サッと食べて次の仕事先に向かうのに丁度いい、知る人ぞ知る大衆レストラン。都会ではめっきり減ってしまったそんな店を思い出させるのが、長崎港ターミナル内『南蛮亭』の五色うどん(税込470円)だ。高速船で離島に渡る前に、サッと腹ごしらえができる。
画像ギャラリー駅前ビルの一階に、見慣れない名前の食堂が繁盛していることはままあることだった。安価で味良く、サッと食べて次の仕事先に向かうのに丁度いい、知る人ぞ知る大衆レストラン。都会ではめっきり減ってしまったそんな店を思い出させるのが、長崎港ターミナル内『南蛮亭』の五色うどん(税込470円)だ。高速船で離島に渡る前に、サッと腹ごしらえができる。
その店はターミナルの1階、フロアの中央にあった
駅のプラットホームに立ち食いうどん屋が普通にあったころ、特定の駅の特定のホームが美味いと評判になることがあった。関東で関西風だしのうどんはまだ珍しく、用のないはずのホームに降りて、口コミで人気の店に並んで食券を買う人もいた。
長崎港ターミナル内にある『南蛮亭』は、そんな昔の景色を思い出すロケーションだ。駅ビルならぬ『港ビル』で、船が出るまでにはちょっと時間がある、そんなときに丁度いい選択肢になっている。
情報によると1階にあるはずだが、いったいどこに……と探すことしばし。見つけた店は、エスカレーター脇の奥まったロケーションで、人間心理の盲点をつくような位置にあった。
ターミナル1階の一番良い位置の店構えなのだが、ちょっと引っ込んでいるせいで周囲から切り離された雰囲気になっている。おかげで静かな佇まいになっていて、建築設計者にしてみれば狙い通りの優れた仕上がりなのだろうが、客引きの面ではマイナスだ。店も気にしているのか『南蛮亭』の移動式看板を、ぐっと手前に押し出して自己主張している。
『五色うどん』の五色とは?
食券の券売機をみると、メニューの選択肢の多さに驚かされる。細かなバリエーションは、高速道路のSAよりも豊かだ。
そして安い。なかでも、この店名物だという『五色うどん』は、税込470円。かけうどんでもおかしくないほどに安価だ。五色とは、天かす、ネギ、おぼろ昆布、ちくわ、ナルトのことを指し、半世紀前の開店当時からの看板メニューなのだという。
店内の雰囲気は立ち食いうどんに近いが、テーブル席がいくつもあり、空いていれば落ち着いて食事もできる。昼飯時を外れていたこともあって、腰を据えて味わうことができた。
食券を渡して待つことしばし。運ばれてきたどんぶりには透き通ったつゆが満たされ、細めのうどんと5種類の具が彩り豊かに並んでいる。そして熱い。好ましい熱さだ。蒸し暑い日だったが、空調が効いているのでつゆの熱さも気にならない。
つゆの色は薄いがダシが強く、上品な後味がしっかりと舌の上に残る。関東生まれの筆者には馴染みが薄いが、これがあご出汁(トビウオ出汁)の特長なのだろう。塩味は控えめで旨味が強く、品の良い後味が舌の上に残る。
そして、めんは細くてやわらかい。連絡船の出発まで時間がない状況で、急いで啜っても腹痛を起こさない柔らかさだ。少ない量ではないが、小腹が空いたときに掻き込むのに丁度いい程度。成人男性がガッツリ食うなら、トッピングやミニ丼の追加を考えたい。数多くの選択肢が用意されている。
生活密着型の老舗の味
この南蛮亭、創業は昭和44年(西暦1969年)だというから、今年で55周年を迎えることになる。
店の正面の桟橋には、高速船(ジェットフォイルと呼ばれる水中翼船)が静かに乗客を待っている。背後にはターミナルの出入り口があり、その外にはタワー型の広大な駐車場がある。長崎港ターミナルは離島の生活を繋ぐ、交通の要衝なのだ。
毎日、数多くの人たちに愛され磨かれ続けてきた南蛮亭のうどんは、地元の人々の標準となる味なのだろう。そう読み解くと腑に落ちる、深い味わいでありました。
文・写真/深澤紳一(ふかさわ しんいち):PCゲーム雑誌から文芸誌、サブカルチャー誌まで幅広い寄稿歴をもつライター。レーシングスクールインストラクターなども務めつつ、飼犬のために日々働く愛犬家。