2024年12月9日、雅子さまは61歳のお誕生日を迎えられた。今年はコロナ禍で控えられていたさまざまな催しがかつてのように行われた年であった。秋の園遊会でも、和服姿の雅子さまは招待客一人ひとりとゆっくり歓談されている。お相手のことをよく学び、当日までにしっかりご準備される姿勢は天皇家に入られる前からのもの。天皇家には欠かせない宮中晩餐会で必要なテーブルマナーについても、雅子さまは外務省時代から勉強されていたという。それはご結婚早々に数日間続いた「宮中饗宴の儀」でさっそく役立つことになる。今回は、宮中晩餐会にともなうテーブルマナーの物語である。
画像ギャラリー2024年12月9日、雅子さまは61歳のお誕生日を迎えられた。今年はコロナ禍で控えられていたさまざまな催しがかつてのように行われた年であった。秋の園遊会でも、和服姿の雅子さまは招待客一人ひとりとゆっくり歓談されている。お相手のことをよく学び、当日までにしっかりご準備される姿勢は天皇家に入られる前からのもの。天皇家には欠かせない宮中晩餐会で必要なテーブルマナーについても、雅子さまは外務省時代から勉強されていたという。それはご結婚早々に数日間続いた「宮中饗宴の儀」でさっそく役立つことになる。今回は、宮中晩餐会にともなうテーブルマナーの物語である。
お相手をよく知って向き合われる雅子さまの姿勢
今年の秋の園遊会には、夏に行われたパリオリンピックとパラリンピックの選手たちも招待されていた。その一人ひとりにていねいに向き合われた雅子さまは、
「みごとに最後決められて、ほんとうによかったです。すばらしい」
「私も子どものころにスケートボードを滑るだけは滑ったことがあるんです。友だちが持っていて、家の前が坂になっていたので。そこでこういうふうに滑っただけなんですけど、何回か、楽しくて」
などと、競技を見ていなければ気づかないような質問や感想をいかにも楽しそうにやり取りされていた。お忙しいご公務の合間に、オリンピックの競技をつぶさにご覧になっていることに驚かされた。お相手の活躍する姿をしっかりご覧になってからお会いになること、それこそが人をお招きする側の真心であろう。
春に行われた園遊会でも、あらかじめご準備されていたシーンがあった。現代美術家の横尾忠則氏と会われたときに、バッグから飼い猫の「みー」と「セブン」の写真を取り出して懇談されたのだ。横尾氏の愛猫「タマ」を描いた画集をご覧になっていたことからの発案であった。周囲の人々は、その心配りに感動したという。
外務省時代から海外に通用するテーブルマナーを勉強
雅子さまの事前準備は、今に始まったことではなかった。かつて外務省に勤務されていたころ、海外の要人たちと関わるためにはどうしても必要なマナーを独学で学ばれていたのだ。
1993(平成5)年6月9日、皇太子浩宮さまと雅子さまはご結婚された。朝からの雨はパレードの直前にやみ、天がお二人の幸せを祝うかのように青空が広がった。パレードの沿道は、美しい皇太子妃を一目見たいという国民で埋め尽くされた。
そののち6月15日からの3日間、昼は午餐会、夜は晩餐会と、毎日2回ずつ計6回にわたり「宮中饗宴の儀」が行われた。国内の要人をはじめ、世界各国の駐日大使たちを招いて行われた一般の披露宴にあたるものであった。
その後も各方面へのご挨拶などが続いた。ひと月ほどがたち、ようやく少し落ち着いて東宮御所での生活がスタートしたころ、東宮付きの食事を担当する大膳は浩宮さまと雅子さまに初めてのご挨拶する機会を持った。
このとき雅子さまは、東宮職として西洋料理を担当していた渡辺誠氏に、
「渡辺さんのご著書『西洋食作法』は、外務省時代から拝読しています」
と伝えられたという。
『西洋食作法』は、昭和天皇から上皇陛下、皇太子浩宮さまの3代に渡って大膳を務めた渡辺氏が、さまざまな文献を調べ、自身が体験したことを積み重ねていくうちにたどりついた西洋のテーブルマナーについて記した本である。食器やカトラリーをはじめ食材の歴史と文化的背景などを織り交ぜながら、写真をふんだんに使って「テーブルマナーとは何か」を分かりやすく説明している。
当時の東宮侍従長が「国際的なプロトコルに携わる外務省の職員たちにも、ぜひ読んでもらいたい」と推奨して外務省の売店に置かれていたのが、外務省勤務の雅子さまの目に留まったもののようだった。
雅子さまは、外務省勤務のころから国際的なプロトコルにのっとったテーブルマナーを研究されていたのだ。それが本格的に生かされたのは、ご自分の結婚披露宴「宮中饗宴の儀」においてだったのである。
オバマ&トランプ大統領にも食べた「富士山アイスクリーム」
そもそも、宮中で行われる午餐会や晩餐会は、いつから始まったのだろうか。
宮中晩餐会は、1873(明治6)年、イタリア皇帝の甥であるゼーン公が訪日された際に、明治天皇が初めてフランス料理でもてなされたのが始まりとされている。以後、宮中晩餐で供されるのは、正式な献立による料理を意味する「正餐」で、プロトコル(国際儀礼)にのっとったフランス料理のフルコースとなった。
洋食器は、当初は外国からの輸入品が使用されていたが、1879(明治12)年頃からは、国産の洋食器を使用するようになった。飾りつけは基本的にシンプルな白を基調とする。テーブルクロスは主に純白で、柄が入ったとしても天皇家の菊の御紋や皇族のお印が織り込まれたもの。プロトコル(国際儀礼)のもとでは、クロスの垂らす長さやテーブルに飾るフラワーアレンジメントの高さもすべて決められているという。
金菊御紋付パルメット文様の皿は、フランスの有名陶磁器メーカーであるセーブル製の食器を見本として作られた。また、御旗御紋入りのグラス類は、明治前期に製作されたイギリス製と伝わっている。
メニューは賓客の好みや宗教上の理由で出すことのできない食べ物があるかを充分に考慮したうえで決められ、御料牧場産を中心とした極上の食材が使われる。テーブルにはあらかじめパンがセットされていて、スープ、魚料理、肉料理、サラダ、アイスクリーム、デザート(果物)が順に出される。
宮中晩餐で出される富士山型のアイスクリームは、大正時代に考案されて現在まで伝わっているもの。実はかなり大きくて、一つで約9人分もあり、ナイフで切ってそれぞれのお皿に取り分ける。
さらに、形は日本の象徴である富士山だが、季節によって色や味が少しずつ変えられる。例えば、春は富士山の裾野を抹茶で緑にして花をあしらう、秋は裾野をイチゴで紅葉の赤のように色付けし、山頂をマロン味にするといった具合である。
2014(平成26)年4月に来日したオバマ大統領(当時)は抹茶アイスが好物で、宮中晩餐会の帰り際に天皇陛下(今の上皇陛下)と美智子さまに「特に抹茶アイスをありがとうございました」と、ユーモアたっぷりにお礼を述べたという。
2019(令和元)年、今の天皇陛下が即位後に陛下と雅子さまが初めて国賓として米国のトランプ大統領(当時)を招いて行われた宮中晩餐会でも、富士山型のアイスクリームが出されている。ときがたち、米国の次期大統領はトランプ氏と決まった。もし再びトランプ大統領が来日するなら、陛下と雅子さまはどのようなおもてなしをされるのだろうか。(連載「天皇家の食卓」第28回)
参考文献/『宮中 季節のお料理』(宮内庁監修、扶桑社)、『殿下の料理番 皇太子夫妻にお仕えして』(渡辺誠著、小学館文庫)、『皇室ファッション大全 素敵な装いルールBOOK』(渡邉みどり監修、宝島社)、宮内庁公式ホームページ
文/高木香織
たかぎ・かおり。出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから眞子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、『日めくり31日カレンダー 永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅―未来へー』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。