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むき身のオリンピアガキ

お目当てのオリンピアガキがありません。娘を呼び寄せて、オリンピアはないのか聞いてもらいました。

するとプラスチックの小さな容器を氷の中から掘り出し、「オリンピア・オイスター・プリーズ(オリンピアガキをどうぞ)」と手渡されました。殻付きで販売されていると思っていたのですが、むき身で売られているのです。小さい殻をむくのは技術がいりますからね。

娘に聞いてもらうと、1ガロン(約3.49リットル)のむき身をつくるのに、パシフィック・オイスターは60~180個。それに比べてオリンピアは、2000~2500個だそうです。

食べてみると確かにオリンピアガキの味ですが、塩っ気が足りません。三陸で食べると甘みを強く感じるのは、塩っ気の問題だと気がつきました。スイカに塩をふると甘みが増すのと同じです。

ふたのラベルに生産者の住所が記してありました。「Olympia Oyster Co./創立1878年」と記されているではありませんか。新昌が渡米したのは1905年ごろです。年代も合っている。ここに間違いない。

地図を見ると、その場所は入り組んだ湾の奥の奥です。ピュージェット(Puget)湾は、この湾を探検したイギリス海軍の艦長、バンクーバーが、部下のピーター・ピュージェットの名にちなんで、1972年に命名しました。

オイスター・ベイとかオイスター・ベイ・ロードなど、カキにちなんだ入り江がやたらと多い。ここはやはりカキの聖地なのです。まずはオイスター・ベイ・ロードを走ってみることにしました。静かな内湾沿いの道が続きます。

宮城新昌が修業したオリンピア・オイスター・カンパニー

ハマナスの花が咲き乱れていました。

視野が開けたところで、海辺に下りてみました。ちょうど満ち潮でヒタヒタ潮が上がってきています。どこに行ってもそうしているように、海水を手ですくって口に含んでみました。気仙沼湾の大雨の後のように塩分濃度がかなり薄いのです。文字通り汽水域です。

一見して大きな川は見当たらないのですが、背景は有名なオリンピック国立公園です。伏流水が海底から湧いているのです。ベトナム戦争で心が傷ついた兵士が、この森に籠もり、いやしを求めたという大森林地帯です。冬は雪も多いのです。巨大な「森は海の恋人」ワールドです。

浜辺の小石には小さなフジツボが無数についていました。さっき売っていたカキにも同じものが付着していました。きっとあれもこの湾で養殖されているに違いないと思いました。顕微鏡でプランクトンを観察したいところですが、持参していないのが残念です。

地図で湾の名前を確かめると、Oyster Bayと出ています。対岸には緑色の建物が見えます。周りの岸が白く見えるのはカキの殻でしょう。もしかすると、あれがオリンピア・オイスター・カンパニーではないでしょうか。

妻が言いました。

「お父さんの勘は必ず当たるから」

奇跡はやはり起こりました。オイスター・ベイ・ロードにもどり、見当をつけながら海沿いの細い道に入ると、30メートルはある太い丸太にOlympia Oyster Co.と彫られた巨大な看板が出現したのです。

…つづく「こんなうまいものがあるのか」…20歳の青年が、オホーツクの旅で《ホタテ貝の刺し身》に感動、その後はじめた「意外な商売」では、かきじいさんが青年だったころのお話にさかのぼります。

連載カキじいさん、世界へ行く!第10回
構成/高木香織

●プロフィール
畠山重篤(はたけやま・しげあつ)

1943年、中国・上海生まれ。宮城県でカキ・ホタテの養殖業を営む。「牡蠣の森を慕う会」代表。1989年より「海は森の恋人」を合い言葉に植林活動を続ける。一方、子どもたちを海に招き、体験学習を行っている。『漁師さんの森づくり』(講談社)で小学館児童出版文化賞・産経児童出版文化賞JR賞、『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋)で日本エッセイスト・クラブ賞、『鉄は魔法つかい:命と地球をはぐくむ「鉄」物語』(小学館)で産経児童出版文化賞産経新聞社賞を受賞。その他の著書に『森は海の恋人』(北斗出版)、『リアスの海辺から』『牡蠣礼讃』(ともに文藝春秋)などがある。

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高木 香織
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