沼津からの転地疎開が記された当時の宮内省文書。沼津から東京を経て日光へ移られることは、すでに決定事項だった。「一般ニ発表セス、極秘扱トス」の文字が読み取れる=「行啓録(沼津之部)」昭和19年、宮内公文書館蔵
上皇ご夫妻が訪れた「日光田母沢御用邸記念公園」。正門前には奉迎者の姿はなく、ひっそりと静まり返っていた=2024年5月28日、日光市本町
東武鉄道の浅草駅へ到着された上皇ご夫妻=2024年5月28日、東京都台東区
乗り込まれた車両で、東武鉄道から車内設備のご説明をお聞きになる上皇ご夫妻=2024年5月28日、浅草駅
座席は、普通車グレードの「スタンダードシート」をご利用になった=2024年5月28日、浅草駅
上皇ご夫妻が使用されたスタンダードシート。普通車に相当する座席だった。このほかにグリーン車に相当する「プレミアムシート」や、「コックピットスイート」「コンパートメント」「ボックスシート」といった個室も用意されていたが、いずれも使用されることはなかった=2023年7月2日(東武鉄道南栗橋車両管区春日部支所)
“お召列車”として使用された東武鉄道の最新型特急「スペーシアX」N100系。車体塗色は、日光東照宮陽明門に塗られた「胡粉(ごふん)」に着想した「白」で、光線の具合により青白く見える=2023年7月2日(東武鉄道南栗橋車両管区春日部支所)
日光田母沢御用邸記念公園をあとにする上皇ご夫妻が乗られた御料車。正門の周囲に奉迎者の姿はなかった=2024年5月28日、日光市本町
奥日光のシンボルである「中禅寺湖大鳥居」を通過する上皇ご夫妻のお車列=2024年5月28日、日光市(中禅寺湖東岸)
降りしきる雨の中、御料車の窓を開けて出迎えた住民にお応えになる上皇ご夫妻=2024年5月28日、日光市(中禅寺湖東岸)