1955(昭和30)年当時に描かれた東急会館(東急百貨店東横店があったビル)附近の将来図。東急会館工事報告(1955年)より=資料/筆者所蔵
渋谷ターミナルの空中写真。かまぼこ状の屋根をした東横線渋谷駅はひと際目立つ。東京急行電鉄50年史(1972年)より=資料/筆者所蔵
昭和の渋谷駅竣工を記念した景品引換券(1964年)=資料/筆者所蔵
令和の再開発がはじまる前の渋谷駅東口=2004年1月29日、渋谷区渋谷
37年前の東横線渋谷駅(改札内)=1988年8月8日、渋谷区渋谷
高架にあった渋谷駅が廃止にされる前日のプラットホーム風景。アーチを描く天井(屋根)が印象的だった=2013年3月14日、渋谷区渋谷
渋谷ストリームへとつながる国道246号線(玉川通り)に架かる連絡橋は、かつての東横線渋谷駅を模しているが、当時の構造物を再利用したものではない=2025年11月27日、渋谷区渋谷
旧駅舎があったころの田園調布駅(西口)=1981年12月20日、大田区田園調布
東横線の上りホーム(渋谷方面)の最高部に西口駅舎は面していた。短い階段をのぼると改札口があった=1981年12月20日、大田区田園調布
1982(昭和57)年まで運行されていた東急電鉄の荷物輸送用電車。田園調布駅には荷物を取り扱う専用のホームが駅のはずれ(写真に見る荷物電車の奥)に設けられていた=1981年12月20日、大田区田園調布
地下化工事がはじまる前の田園調布駅。みどり色の目蒲線もなつかしい=1989年2月26日、大田区田園調布
田園調布駅の東横線上りホームに停車中の日比谷線直通電車。電車の左後方に赤い屋根の旧駅舎が見える=1984年6月16日、大田区田園調布
地下化工事が真っ最中の田園調布駅。東横線の仮設ホームと仮設跨線橋が見える=1993年8月7日、大田区田園調布
街のシンボルとして復元された旧田園調布駅の西口駅舎。実際の駅舎としては機能していない=2025年11月27日、大田区田園調布
新丸子駅の改札口には「当駅は新丸子駅です」と書かれた案内があり、”下丸子”駅と勘違いする人への注意喚起が行われている=2025年11月27日、川崎市中原区
新丸子駅付近の立体交差工事の説明用パンフレット。写真に示される黄色い点線で囲まれている場所が、高架化工事の対象エリアだ=資料/筆者所蔵
高架化工事がはじまる前の新丸子駅。多摩川園3号踏切から武蔵小杉駅方向を見たところ=1983年、写真提供/山本泰史
新丸子駅の上り線側から見た駅周辺の風景=1983年、写真提供/山本泰史
上の写真とほぼ同じ位置から撮影した現況写真。当時の面影はなにもない=2025年11月27日、川崎市中原区
新鞠子駅周辺の高架化計画図。立体交差工事の説明用パンフレットより=資料/筆者所蔵
工事がはじまったころの新丸子駅。中央に見えるのが新設される高架橋の柱。下りホームから武蔵小杉駅方向を見る=1983年11月10日、川崎市中原区
高架になった下り(横浜方面)ホームから多摩川(渋谷)方向を見る。左下を走るのが上り(渋谷方向)の電車=1985年8月10日、川崎市中原区
高架化された新丸子駅下り線ホーム=1985年8月10日、川崎市中原区
高架になった下りホームから武蔵小杉方向を見た風景。右下を走るのが地上を走る上り線の電車(急行・渋谷ゆき)=1985年8月10日、川崎市中原区