昭和の写真が呼び覚ます記憶の断片 写真のなかだけに残る、かつての鉄道沿線風景〔東急線編〕 #鉄道 記事に戻る 改装される前の東横線代官山駅。ミドリ色の電車は、“アオガエル”の愛称で親しまれた5000系で、東横線から引退する頃の姿をとらえたもの=1980年3月、渋谷区代官山町、撮影/山本泰史多摩川園駅(現・多摩川)~新丸子駅間を流れる多摩川に架設される東横線多摩川橋りょう。この鉄橋(ワーレントラス橋)は、1926(大正15)年の東横線開通以来、使われていきたもので、1994(平成6)年に現在の複々線橋梁に架け替えられた=1986年3月、大田区田園調布、撮影/山本泰史東急池上線の洗足池駅~石川台駅の間は、春になると沿線に桜が咲き誇っていた。老木により現在、桜の樹々は伐採されており、このような景色を見ることはできない=1991年4月、大田区東雪谷山に囲まれていた東急田園都市線あざみ野駅~江田駅間をゆく6000系と8090系電車。現在このエリアは再開発によって、住宅街へと生まれ変わっている=1982年2月、横浜市青葉区あざみ野南、撮影/山本泰史再開発中に発見された「赤田古墳群」が画像の右端に見える。ひとつ前の山間部を写した写真は、この画像の左上に写る橋からこちらに向けて撮影したもの=1990年5月、横浜市青葉区あざみ野南1976(昭和51)年10月に田園都市線は、つきみ野駅まで延伸開業した。当時の駅周辺は開発途上にあり、空き地や田畑が多く見られ、駅もホーム1線のみだった=1977年1月、大和市つきみ野、撮影/山本泰史建設中の田園都市線つきみ野駅~中央林間駅間。この周辺には住宅が立ち並び、写真に見るような見通しがきかないほど風景は一変している。写真の右手後方に見えるイトーヨーカドー中央林間店はすでに閉店しており、現在はサミットストア・ラプア中央林間店に変わっている=1983年9月、大和市つきみ野つきみ野駅~中央林間駅までの建設予定地には、昭和50年代前半には運輸省の主体で行っていた低公害鉄道「磁気浮上式リニアモーターカー」の実験線が設置されていた。中央後方の建物が田園都市線つきみ野駅=1976年ごろ、大和市つきみ野、撮影/山本泰史多くの来園者で賑わいを見せるこどもの国線「こどもの国駅」に停車する8500系電車。通常期は2両編成で運行していたが、行楽期になると田園都市線から5両編成の電車が応援に駆り出されることもあった=1978年5月、青葉区奈良町、撮影/山本泰史 記事に戻る 昭和の写真が呼び覚ます記憶の断片 写真のなかだけに残る、かつての鉄道沿線風景〔東急線編〕